2018年1月21日日曜日

主日歓迎礼拝「新しい出発」

主日歓迎礼拝メッセージ「新しい出発」エペソ人への手紙5章1~7節


(長谷川ひさい師)


「1年の計は元旦にあり」と誰もが心に思い、2018年、新しいカレンダー、新しい日記、新しい服装と、新年は新しい心で始めます。しかし、正月も3日4日と過ぎますと、新しい決意も吹き飛び、2月には少しも変わってない自分に気付き弱さを認識します。「新しい」との言葉には時間の新しさと、性質の新しさの意味があります。新年はカレンダーによる時間の新しさを感じますが、心の新しさや精神の新しさを与えないことがあります。多くの人たちは年頭に、神社やお寺に参拝し、一年の祝福と心の新しい決意を祈願しています。それが、どの程度に人の心を新しくするかは問題です。

今朝のみ言葉「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである」とありますが、主を信じる者は、誰でも新しくなることを体験します。主は、天地を創造した真の神のひとり子です。人類を救うために人となり、私たちの罪の身代わりとして十字架で死なれ、3日目に復活し、救いの道を開きました。この主を救い主と信じ心に受け入れる時、私たちの罪は赦され、罪の性質はきよめられ、新しい命、永遠の命を持つことが出来るのです。これは全人格の変革であり、新しい生まれ変わりなのです。それはどのような事が起こるのでしょうか。

Ⅰ. 知性の変革…


人間は神によって造られたと聖書は記しますが、人間が神を忘れ、神を離れた時に、人間の知性や理性は暗くなってしまったのです。医学や経済の事は理解することはできるのですが、真の神について、主のことについて、永遠の命について、人生の目的や意義について、全くといってよいほど知りません。ですが、主を救い主と信じる時、主は私たちの知性を明らかにし、神が天の父であることを示し、人生の目的を示し、永遠の命が本当にある事を心に知らせてくださるのです。

Ⅱ. 愛情の変革…


私たちが、神から離れた時愛情は乱れてしまいました。神や人を愛する事を忘れ、愛してはならない者を愛して、自己中心になり、エゴの塊のようになってしまったのです。罪の意味の一つに、愛すべきものを愛さない事があります。自己中心が原因で親子がうまくゆかなくなり、夫婦間の争いが起こり、離婚に至るのです。また兄弟同士においても同じです。しかし、救い主を信じる時、主の十字架によって罪赦された者として、互いに赦し合う事が分かり、愛することが出来るようにしていただけるのです。何と感謝な事でしょうか。

Ⅲ. 意思の更生…


更生の意味は、生き返る事、すっかり変わる事、生活を新たにするという事です。人が神を忘れ、神から離れた時に、幹から離れた枝の様に、意思は本当に弱くなります。善い事と知ってもできない。また、悪い事と気付いていても止められない。「わたしの肉の内には、善なるものが宿っていないことを、わたしは知っている…善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がないから」(ロマ7:18)とある通りです。神から離れた時、様々な欲望や悪い習慣の奴隷になってしまいます。しかし、主は十字架の愛とよみがえりの力によって、意志を強くし、新しい命と勇気を与え、人生を輝きで満たし、喜びと希望を与えてくださいます。主を信じ、今までの犯した罪を認めると、きよく新しくしてくださいます。「自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる」(Ⅰヨハ1:9)との約束があります。悔い改め、口と心を一つにして主を救い主と信じ頼るなら、その時から新しい出発が始まります。



教会の各活動


壮年会とハンナ会の各総会が行われました。


今週~来週の予定

 

○婦人祈祷会 火曜日(1月23日)10:30~12:00


聖書:Ⅰコリント書1章18節
題:十字架のことば
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:9、182

○聖書研究祈祷会 水曜日(1月24日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝21章27~40節
題:パウロの逮捕と弁明準備
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:257、390、429

○主日礼拝 来週日曜日(1月28日)10:30~12:00


招詞:エペソ書5章13~14節
交読文:14 詩篇37篇
聖書:エペソ書5章8~14節
題:「光の子らしき歩み」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌: 264、425、393