2018年1月7日日曜日

新年礼拝「新しい人の歩み」

新年礼拝メッセージ「新しい人の歩み」エペソ人への手紙4章25~32節


(長谷川和雄師)


2017年度は「健全な教会を目指して」、エペソ書を学んでいますが、前を振り返ります。十字架の血潮によって罪が赦され救われ、神と和解し、神の家族とされ、教会に加えられ、神の住まいの聖なる宮ですから(2:11—22)、教会の目標を明確にし、主と共に歩もうと勧め、教会のために祈ります(3:14—21)。4章には、具体的な聖い生活を記し、「新しき人を着なさい」と勧めます(4:22—24)。「新しき人」とは、贖い主です。「着る」とは主を受け入れ信じ、主の身体なる教会に連なることです。自分の清さや正しさの小細工を誇るのではなく、主がなされた御業を忠実に信じることです。問題は脱がないで着続ける事です。今日の箇所は、教会の倫理的成長、霊において新しくされた人の具体的な聖い生活が記されています。

Ⅰ. 真実な言葉と歩み(25—29)…


  1. 「嘘をついてはならない」との、単なる道徳訓ではなく、主への真実な信仰、十字架の主の恵みを喜び感謝して応え、真の礼拝者として歩む事を求め、真実な信仰は隣人に真実を語る者とします。自分は真実だと隣人に言えても、神には言えません(箴言20:6)。神の前に「忠実な信仰」を持ち得るでしょうか。私たちは、教会の頭なる主に堅く結ばれ、み言葉に生かされ支えられ導かれた生活をすることによって、主の真実(真実と同義語の真理・21)が生命の幸いに生きる者とし、勇気と平安を与え、「互いに肢体」(25)である隣人に真実を語る力を与えられます。
  2. この確かな祝福の上に26節以下が続きます。「怒る」ことと「罪を犯す」ことを区別します。怒りは罪ではなく、悪には怒りなさいと命じています。神である主も怒ります。しかし、人の怒りは自分の義に頼み、神の正しく公平な義を全うしません(ヤコ1章)。だから怒りを神に任せるのです。続いて憤ったまま翌日を迎えてはいけないと記しますが、それは「悪魔に機会を与えてはいけない」からです(ヘブ12:15、Ⅱコリ2:11、Ⅰペテ5章)。私たちは謙って祈りましょう。
  3. 神のものや教会のものを、盗むようなことをしないで、「正当な働き」(28)をして、骨折って働き人に施すのです。4)人の悪を語らないで(詩篇5:9)、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与え、励まし慰めの言葉を語りましょう(ヤコ3:2—6、詩篇141:3)。

Ⅱ. 聖霊による優しさ(30—32)…

  1. 「神の聖霊を悲しませてはいけない」(30)。聖霊は力でなく、人格の感情があり、神の霊の導きに反することを行なうと、聖霊は悲しみます。私たちは「あがないの日のために、聖霊の証印を受けた」のですが、私たちの体は主の再臨時に完全に贖われ栄光の体に変えられる保証として、聖霊が私たちの証印となり、確かに神の所有の民であることを示し、聖霊の実である愛を結びます。
  2. 聖霊を悲しませるもの。「無慈悲、憤り、怒り、騒ぎ、そしり…いっさいの悪意」(31)、これらは神が主にあって私たちのためになされた事と相容れません。
  3. クリスチャンは、これらの悪と無縁の存在となるために、新しい人を着て、「互に情深く、あわれみ深い者」(32)、「互いに親切にし、心の優しい人」(新改訳)、とされます。忍耐した結果愛が与えられ忍耐強い親切心、相手が主張しても、やり返さない優しく柔和な心が与えられます。
  4.  私たちは互いに罪を犯しますが、その生活の土台は、「互にゆるし合」う(32)ことです。真実な神の赦しの中に生かされ、神との恵みの交わりこそ、私たちを献身に導き、他者に大らかになれる源です。神は返しきれない負債を全て返済されました(マタ18:23~)。このゆえに謙り、憐れむ心を持ち、神の義と聖に形づくられた新しい人の歩みが出来るのです。



教会の各活動


教会役員会が行われました。


今週~来週の予定

 

○婦人祈祷会 火曜日(1月9日)10:30~12:00


聖書:ヤコブ書1章4節
題:その忍耐
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:2、191

○聖書研究祈祷会 水曜日(1月10日)19:30~21:00


聖書:詩篇65篇4節
題:大庭に住む人
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:4、156、201

○主日礼拝 来週日曜日(1月14日)10:30~12:00


招詞:ヨハネの福音書15章9~10節
交読文:57  Ⅰコリント書13章
聖書:エペソ書5章1~7節
題:「神に愛されている者として」説教者:長谷川和雄師
新聖歌:7、216、372