2018年1月14日日曜日

主日礼拝「神に愛されている者として」

主日礼拝メッセージ「神に愛されている者として」エペソ人への手紙5章1~7節


(長谷川和雄師)


『十字架の福音に生きる教会』を目指し、神の愛を日々深く覚え、互いに十字架を立、十字架の福音によって一つとされ、神の栄光を拝する教会を目指しましょう。5章の冒頭は、4章最後の言葉に続き、私たちが苦みを捨て、互いに赦し合い、心の優しい人となれる基準は、神の赦しです(32)。だから人ではなく神に倣うように勧めます(1)。「ならう」(1)は「模倣、真似」の意味です。これは、自分が神のようになろうとすることではありません。また、「愛されている子どもらしく」(1)とあり、両親に愛されている子どもは親を真似て生きるように、神に愛され、全ての罪を赦された神の子どもとして、御父を仰ぎ、幼子のように神を真似ます。具体的にはどのようなことを倣うのでしょうか。

Ⅰ. 神に愛されている者 (1—2)…

  1. 「愛のうちを歩きなさい」(1)とあるように、真の神の愛の内を歩むことは大切ですが(ヨハ15:9)、気負い重荷となり疲れてはいけません。クリスチャン生活に順序があります。先ず、神の愛を知って初めて神の愛の内を歩めます。それは、私たちが罪深く神に背く者であった時(ロマ5:8)、神の愛と主の十字架の贖いの御業を充分に知り味わうことです(2)。
  2. 「愛のうちを歩」くとは、主の犠牲的な愛を知って、兄弟のために命を賭けるほどの犠牲を払う者に変えられる歩みです(Ⅰヨハ3:16)。神の愛は、人を人として生かす働きです。それは、多大の時間や犠牲が伴っても、他の人を生かすために祈り、相手を理解し、戒め、本当に必要なことを神の導きを得て、神の最善をすることです。また、「互に愛し合いなさい」(ヨハ15:12)との主の最も大切な戒めを実践することです。

Ⅱ. 聖徒にふさわしい歩み (3—4)…

  1. 「聖徒」とは、「神の専用品として聖別され、神のものとされた人々」であり、私たちは神の専用品にふさわしく、日常生活の中に神の栄光を現す歩みが大切です(Ⅰコリ10:31)。
  2. 3—4節に、口にしてはいけない言葉は、相手の人格を傷つけ、破壊し、自らの品性も損ねます。今は、「セクハラ・パワハラ・モラハラ」など、聖書は言葉による暴力や人格無視や蔑みに注意しています。そのような言葉は、神の聖徒にはふさわしくありません。
  3. 感謝すること(4b)。「感謝」の言葉は、「好意を示す、愛顧を与える」との意味から生まれました。人を蔑み破壊する言葉でなく、主にある者は人の徳を養い、親切でな言葉を語るべきです(4:29、コロ4:6)。人間関係で大切な基は感謝です。感謝は「ありがとう」で、漢字では「有ることが難しい」と書き、無くて当たり前なのに有るから「ありがとう」なのです。神に感謝し(マタ5:45)、互いの存在を感謝し大切に思う時、人の徳を養い生かす言葉を語れます。

Ⅲ. 神の国を継ぐ歩み (5—7)…

  1. 不品行や汚れを行う貪欲な者は、偶像礼拝者です(5)。偶像を拝むことだけでなく、己の欲望に生きる者は偶像礼拝者です。人は礼拝するものに支配され、結果的に自らを滅ぼします。様々な偶像を礼拝する生き方は、神の国から遠く離れます(6—7)。
  2. 「不誠実な言葉」は、「内容のない教え、偽り事、空しい言葉、罪に対する空しい言い訳〈根拠のない議論〉」と訳せますが、人生を台無しにする不誠実な言葉に騙され、主の恵みから離されるなと警告します。言葉巧みに肉の欲望に従うことを正当化し、自らを破壊してしまいます。今日も、色々な教えの風が吹き、人を騙す働きは後を絶ちません。だから、そんな人と交わり仲間にならないように警告します(7)。ですから主は悪しき者からの守りを祈りました(ヨハ17:15)。孤独で寂しいでしょうが、人ではなく愛なる神に目を止めて歩みましょう。



教会の各活動


CS教師会と青年会の各総会が行われました。


今週~来週の予定

 

○婦人祈祷会 火曜日(1月16日)10:30~12:00


聖書:伝道の書7章16節
題:過ぎてはならない
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:19、258

○聖書研究祈祷会 水曜日(1月17日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝21章17~26節
題:信仰の自由と愛
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、224、361

○主日歓迎礼拝 来週日曜日(1月21日)10:30~12:00


招詞:詩篇95篇1~3節
交読文:29  詩篇95篇
聖書:Ⅱコリント書5章17節
題:「新しい出発」
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:18、251、188