2023/01/09

礼拝メッセージ「さばきを下さない神」ヨハネの福音書7章53-8章11節 大頭眞一牧師 2023/01/08


今日の説教題は「さばきを下さない神」。十年ほど前のことです。明野にはじめてやって来た近所の小学生が言いました。「ぼく知っとるで。イエスさま信じたら天国行くんやろ。信じなかったら地獄なんやろ」と。この少年にとって神さまは、地獄で脅かして信じさせようとする神、だったようです。この少年だけではないでしょう。多くの人が神はさばきの神だと思っています。けれども主イエスは「わたしもあなたにさばきを下さない。」(11e)と語りました。今日もこの個所からか、神さまのおこころを聴きたいと思います。

【捕らえられた女】

姦淫の現場で捕らえられた女性。どういう状況であったのかは不明ですが、結婚生活に問題や痛みを抱えていたのでしょう。民を指導する立場の律法学者やパリサイ人たちは、ほんとうならこの女性に寄り添い、彼女の問題の解決を助けるべきだと思います。けれども、彼らはこの女性を、イエスを告発するための道具としてしか見ていません。痛みがないのです。告発するというのは、(1)もしイエスがこの女性を赦せと言ったら、律法に違反することを教えたとして、ユダヤの最高法院に告発する(2)もしイエスがこの女性を石で打ち殺せと言ったら、ローマ帝国の許可なしに死刑を命じたとして、ローマに訴える、という手の込んだ謀略でした。

【第七誡】

そもそも「姦淫してはならない」という第七誡は、姦淫すると石打ちにされる、それが怖いから姦淫しない、そんなことのためではありません。私の説教集「選べ、いのちを」では、第七誡の説教題を「結婚をたいせつに生きる」としました。なぜなら結婚とは二人の人が、神さまの胸の中で、たがいに向かい合い、見つめ合い、愛し合うこと。姦淫とは、向かい合うことをやめること。神さまが与えてくださったかけがえのないパートナーから目をそらして、ほかの人を慕うこと。そうすることによって。パートナーとの関係に大きな痛みをもたらし、自分自身の人生にも痛みをもたらし、そして何より神さまにだれよりも大きな痛みを与えてしまうのです。ですから、神さまが「姦淫してはならない」と言うとき、そのお心は結婚したカップルだけに向けられているのではありません。これから結婚する人も、結婚しない人も、すべての人に、「わたし(神さま)があなたに与えている人びとと向かい合って生きなさい。自分の好きなように、モノのように、it(イット)のように扱うことがないように」と願っておられるのです。

ユダヤ人哲学者のブーバーという人が書いた「汝と我」という本があります。二種類の関係がある。ひとつは、「汝(you)と我」、たがいに向き合う人格と人格との関係です。もうひとつは「それ(it)と我」、これは相手を自分の欲望を満たすためのモノと見てしまう関係。かけがえのないパートナーを取り換えのきくモノ(it)とみなすとき、神さまを自分の願いをかなえてくれるモノ(it)とみなすとき、私たちの生涯は痛みに満ちたものとなってしまうのです。

【うつむく主イエス】

律法学者やパリサイ人たちとちがって主イエスは心を痛めておられました。この女性の破れてしまった結婚のために、群衆の前に引き出された恥と恐怖のために、主イエスは痛んでおられました。そして主イエスは、彼女を責める律法学者とパリサイ人のためにも痛んでおられました。ほんとうだったら、この女性を痛み、この女性と共に嘆くべき彼らが、この女性をさげすみ、主イエスを告発するために利用しているのです。主イエスが指で地面に何を書いておられたかはわかりません。しかしそのお姿は、イエスが味わっておられた痛みを雄弁に語っています。そしてそれは父なる神の痛みと同じひとつの痛みでした。

【身を起して】

やがて女性と二人になったときに、主イエスは身を起して、「わたしもあなたにさばきを下さない。」(11e)と言われました。女性への赦しの宣言です。この赦しは来るべき十字架によって成し遂げられます。主イエスの赦しはご自分を与える覚悟の宣言でした。さらに「行きなさい。これからは、決して罪を犯してはなりません。」(11f,g)が続きます。死を覚悟した女性に主イエスは「生きろ」と語りました。「新しいいのちの中を、まわりの人びとと向かい合い、大切にし合って」と。同じ言葉が今も、私たちに響いています。


   (礼拝プログラムはこの後、または「続きを読む」の中に記されています)


 礼拝プログラム

■教会学校(9:30-10:15)

  • 「キリストによる新創造」コリント人への手紙第二5:13~19

■主日礼拝(10:30-11:45)

  • 前奏:(奏楽の内に主を待ち望みましょう)
  • 招詞:イザヤ章60章2節
  • 賛美:2①②
  • 交読文:41 詩篇127篇(新聖歌 P.861)
  • 牧会祈祷:大頭眞一牧師
  • 主の祈り:新聖歌 P.826
  • 賛美:260①③
  • 信仰告白:使徒信条(新聖歌 P.826)
  • 聖書:ヨハネの福音書7章53-8章11節(新約 P.195)
  • 説教:「さばきを下さない神」大頭眞一牧師 ※信愛より
  • 賛美・献金:239①②④
  • 感謝祈祷:
  • 頌栄:讃美歌21「27番」(曲は新聖歌63)
  • 「父・子・聖霊の ひとりの主よ 栄えと力は ただ主にあれ とこしえまで アーメン」
  • 祝祷:大頭眞一牧師
  • カテキズム:(左上に掲載)大頭眞一牧師 と 報告:(裏面に掲載)司会者
  • 祈祷: