2013/07/14

主日礼拝「信仰の高嶺に」

礼拝メッセージ 「信仰の高嶺に」 創世記22章1~19節

長谷川和雄師







高嶺の花を自分のものにしたいと考えると、どんな犠牲も惜しみません。高嶺を登るには物質的、肉体的、知的に備え、登山中は声を掛け合い、心を開き、挨拶を交わし、助け合います。アブラハムの復活信仰を通して、互いに助け合い、信仰の高嶺を目指しましょう。

Ⅰ.最大の信仰の試練(1-10)1)アブラハムの試み。悪魔の試みは人から悪いものを引き出すが、神の試練は人の中から良いものを生み出し、信仰の高嶺に導きます。①神との交わり。神と親しい彼は、神の語りかけに対して素直に答えました。②神の命令。イサクの誕生により平穏な生活を送っていた彼に、神からの試練が臨みました。ひとり子を全焼の犠牲として献げよとの命令は、信仰の最大な試練でした。それは神よりも、与えられた恵みに捕らわれる偶像礼拝に対する警告でした。2)アブラハムの信仰。①従順。信仰生活は感情的、瞬間的、感動的ではありません。彼は躊躇せず、すぐ神の言葉(神のみこころ)に従い、イサクと若者と共に出かけます。②確信。アブラハムはイサクと共に帰る(複数形)との信仰に堅く立ち、僕に告げます(5)③信頼と献身。彼は、復活信仰をもって、自ら手を下そうとしました(9)。「彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力がある、と信じていたのです。だから彼は、いわば、イサクを生きかえして渡された(ヘブル11:19)。イサクの従順な姿に、十字架の死に至るまで従順であった主の姿を見ます。④全き者の信仰。弱さに徹し、主に全く頼って従い、自分の命に優るイサクを神に献げきる彼が、神の友と呼ばれる由縁があります。主は私たちを最上のものを神に献げきる者へと変え、私たちを友と呼ばれます(ヨハネ15:15)

Ⅱ.主、備え給う(11-14)①イサクの従順。イサクは自分が全焼のいけにえであることを知らず、父の辛さも知らず質問しましたが、彼の答えは、神が備えて下さるとの信仰告白でした。祭壇を築き、彼はイサクに事実を告げますが、イサクは逃げず素直に従い、祭壇に横たえられました。何という従順さでしょう。イサクにも主に委ねる信仰があったのです。神は私たちのために、愛するひとり子を惜しまずに与えて下さいました。主は神に全く従われ、罪の身代わりに、十字架で贖いを完成されました。②主の承認彼がイサクをほふろうとした時、神は声をかけました。神は彼がどれほど神を愛し、恐れ敬い、イサクよりも神を愛し、神に従うことを喜んでいるかが分かりました。神の求めはイサクの体でなく、彼の信仰でした。③主の備え。神が全焼のいけにえを備えたのでその場所を主の山に備えありと名づけました。子は親を見て育ちます。父の信仰が、息子の信仰になりました。私たちは神から受けた祝福(地位、名誉、財産、家族など)に心を奪われ、神以上のものにならないようにしましょう。
Ⅲ.神の祝福(15-19)①み言葉への従順。み言葉に従う歩みでした。私たちへのみ言葉の語りかけは厳粛なことです。砕かれた器とされ、「主が全て」とされ、苦難・困難の道でも、み言葉に従い、神の祝福を受けられるのです。互いに励ましあい、信仰の高嶺へと導かれましょう。②献げきる。彼が主に献げきった時、祝福を受けました。見返りを期待し、ひも付きの献げ方をし、様々な欲に支配されていると不安に支配されます。主に委ね、献げきり、み言葉に従うならば、主が必要を満たし、祝福の基として下さいます。私たちは、復活信仰をいただき、み言葉に従って歩みましょう。


7/7 聖餐式の様子
教会の各活動


午後はCS教師会が行われました。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(16日)10:30~


聖書:詩篇68篇19節
題:荷を負われる主
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:438、308

■聖書研究祈祷会 水曜日(17日)19:30~


聖書:マルコの福音書1章9~13節
題:主の公生涯のはじめ
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:262、458、427

■主日礼拝 来週日曜日(21日)10:30~


招詞:詩篇103篇1~2節
交読文:39 詩篇122篇
聖書:コロサイ書1章1~2節
題:クリスチャンの祝福
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:8、252、385