2013/11/10

主日礼拝「イエスを仰ぎ見つつ」

礼拝メッセージ 「イエスを仰ぎ見つつ」 ヘブル人への手紙12章1~3節

吹上信一師



アメリカ・サンディエゴから吹上信一師をお迎えしました


岡本泰三師が、1947年2月14日に伝道所として教会が創立され、1952年4月27日京都信愛教会が設立されました。1948年12月26日に17歳で5名の方々と共に受洗し、現在82歳です。今日まで信仰の歩みを守られてまいりました。

. わたしたちは多くの証人に囲まれています(1a)・・・今日まで京都信愛教会で多くの方々が救われ、導かれ、信仰の馳せ場を走り抜いて、天国に行かれた多くの方々に見守られ、囲まれて、今日、皆様方が京都信愛教会で教会生活を送らせて頂いておるのです。私たちに残された人生を、死に至るまで忠実に主に仕え、信仰を抱いて歩み続けましょう。米国で、102歳の日野原重明先生の講演を聞き、90歳まで主の御用をしたいと願わされました。私は米国で多くの苦労がありましたが、ヘブルの人々も多くの試練、苦難の中を歩まれました(ヘブル11:35-40)。私たちはこのように苦労された主の証人たちに囲まれ、応援を受けて生かされ、信仰生活をさせて頂いているのです(同12:1)。一人ぼっちで信仰生活を送っているのではありません。

.信仰生活は競争です(1b-3、Ⅰコリント9:24-27)・・・競技者にとって必要なこと。1)身軽になること。まつわりつく着物を着ていたり、人生に重荷を負っていては早く走れません。「人生とは重荷を負って歩むこと」だと言われますが、誰もが重荷を負って歩んでいるのです。そのために信仰が弱り、魂がうなだれるのです。主のもとに重荷を下ろし(マタイ11:28-30)、神に委ねましょう(Ⅰペテロ5:7)。私たちの罪を、罪なきキリストの血によって取り除いて頂きましょう。2)忍耐をもって走り続けること。長距離を走る時は、忍耐をもって走る必要があります。長い信仰生活を最後まで全うするには、焦ったり、人と比較したりしないで、自分に与えられた賜物に従って、コツコツと主に仕えましょう。また、教会には色々な問題がありますが、イエスを仰ぎ見て信仰の歩みを続けましょう。3)主から目を離さないで走ること。湖上を歩くペテロが風を見て怖くなり、波間に沈みそうになりました。しかし、主を見続けることが大切です(マタイ14:28-31)。主は信仰の導き手であり完成者です。大きな船が港に入るときには、船長に代わって水先案内人が舟の舵を握り、安全な水路に導くのです。同じように私たちも、人生の行路を主に委ね、主に導かれて歩むなら、安全に神の御許に導かれます。また、主は「恥をもいとわないで十字架を忍び」(2)、今は、神の右に座し、私たちを執り成しておられるお方です。私たちは、イエス様をよくよく見つめ、じっくりと考えることによって、試練を耐え忍び通すことができます。見続けていると信仰生活において、耐え忍ぶ力を与えられ、勝利することが出来るのです(3)
イエスによって生きる喜びを見出された小学校の教師の証し。11年前、一日で妹の命が奪われ、母が脳梗塞で倒れ、猫も死んでしまいました。母も鬱になり、自分も文字が読めなくなり、決断できず、体が重く、鬱となりました。薬漬けとなり、人生を悲しみ、自殺願望に苦しめられ、絶望の中でもがいていました。ある日、自分がかかわってきた不登校や問題行動を抱える子どもたちが、苦しみながらも立ち上がった子どもたちを思い出し、光を見出しました。そして、主の温かい言葉に導かれ、受洗に至り、孤独から解放され、喜びが湧き上がりました。今も、世の終わりまで常に共にいてくださる主と共に歩んでおられます。



児童祝福式の様子
教会の各活動


午後は、クリスマス委員会と教会役員会が行われました。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(12日)10:30~


聖書:エペソ書4章25節
題:良い会話
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:35、177

■聖書研究祈祷会 水曜日(13日)19:30~


聖書:伝道の書10章1節
題:少しの愚痴
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:264、261、108

■主日礼拝 来週日曜日(17日)10:30~


招詞:イザヤ書43章1節
交読文:7 詩篇23篇
聖書:ヨハネの福音書17章1-5節
題:永遠の命に至る道
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:209、356、243

2013/11/03

主日礼拝「十字架による全き勝利」

礼拝メッセージ 「十字架による全き勝利」 コロサイ人への手紙2章4~7節

長谷川和雄師



10/20 特別礼拝の様子

主にあって救われ、新しい歩みを始めるためには、キリストがどんなお方であるかを知って、その成されたみ業を受け入れて歩む必要があります。

. キリストを知る(8-11)・・・1)世俗的なキリスト理解(8)8節は、16節からの信仰の誤りの要約であり、「注意しなさい」との警告で始まっています。キリストだけでは不十分との考えや思想が教会に入り、「どんな信仰も心の平安を与える」と騙し、救いを不明確にします。16節からは、律法的な信仰:自分の修養や努力によると教え、自分の正しさや信仰深い態度でごまかします。神秘的な信仰:幻、霊的体験、恍惚の状態、癒しを求め、経験を主張します。道徳的な信仰:この世で褒められることを求め、親切な行為で心を満たそうとし、世に目が向いていると記します。8節では、キリストに従わないサタン来の教え、人間が考えた知恵、哲学。世に属する幼稚な教え。人間の考え。これらのものに惑わされないようにと警告しています。2)神とキリストと私たち(9-10a)主が、「わたしを見た者は、父を見た(ヨハネ14:9)と言われましたが、砕かれた魂を通して主の品性を見せます(エペソ3:17-19)。主は優しく、柔和で、罪人と交わり、病を癒し、貧しい人を助け、人を愛し、命までも投げ出したお方です。自分だけの幸せを祈っている者は神を小さくします。自己中心の自分に死んで、主の愛に満たされ、周りの人々にキリストを見せ、救いに導く者であらせて頂きましょう。3)キリストの支配(10b-11)主は、神の国を実現される権威を持ち、人を癒し、平安に満たし、全てを支配し、腐敗・堕落、悪、欲から自分のためにしか生きられない存在を「脱ぎ捨て」させ、全く聖化します(ガラテヤ5:24)頭で受け入れて外見を飾るのでなく、心に受け止め、主にあって変えらた歩みが出来る信仰者にしてくださり、世から召し出し、主に属する者として、主に有用な者へと新創造してくださるのです。

Ⅱ.十字架による勝利(12-15)・・・1)命と罪の赦しを与える十字架。人は欲心、嘘、悪口、怒り、妬み、ひがみなどを止めようと努めても止められません(ヤコブ1:14-15)善行を行って自分の罪を償おうとしても完全に償えません。また、善行を行うことも出来ません。死んだ者と同じであり、永遠の滅びに定められている者です。そんな者を、「キリストと共に生かし」天来のいのちを与え、主はすべての罪を負い、罪深い者のために十字架で死んでくださったのです。私たちは自分の罪を認め、十字架を仰ぐとき、永遠の命と罪の赦しが与えられるのです。十字架信仰の恵みです(エペソ1:20-22)2)律法から解放した十字架。自分中心に物事を考える人は、相手だけでなく自分をも傷ついています。また、神を認めず、自分をも制することが出来ないのに自分が神となり、永遠の滅びの証書を突きつけられています。しかし、借財証書の全てを主は十字架の上で払い終えたのです。主は、人が負うべき律法や呪いを十字架につけられたので、人はそれら全てから解放されているのです。3)サタンに勝利する十字架。サタンは、人間の力で償えると、福音とは違う方向に導きます。しかし、主は、負けにより勝利し、恥じにより誉れを得、冠を剥がれましたが黄金の冠を得、死によって命を得ると、全く逆のことが十字架により実現されるのです。何時でも主の十字架を仰ぎ、み言葉によってサタンに勝利し、主の復活の命に与り、主にあって全くきよめられ、神に喜ばれる歩みを致しましょう。



10/20 特別礼拝の様子
教会の各活動


午後は、教会役員の臨時の打ち合わせが行われました。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(5日)10:30~


聖書:ヘブル書4章16節
題:無力な者を助けて下さる主
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:275,474

■聖書研究祈祷会 水曜日(6日)19:30~


聖書:マルコの福音書4章21~34節
題:神の国の拡大
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:178、268、342

■主日礼拝 来週日曜日(10日)10:30~


招詞:ヘブル書10章19~22節
交読文:14 詩篇37篇
聖書:ヘブル書12章1~3節
題:イエスを仰ぎ見つつ
説教者:吹上信一師
新聖歌:18、203,275

2013/10/27

Bless特別賛美「Someone Is Praying for You」「主の御手の内に生かされて」など


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京都信愛教会の賛美デュオ Blessの二人による会衆賛美リード。

    1. 「Someone Is Praying for You」 詞・曲: Lanny Wolfe
    2. 「主の御手の内に生かされて」 詞: 松本艶子, 曲: Bless
    3. 「キリストにより」 詞・曲: Bless

    京都信愛教会では、毎週第2日曜日の礼拝で Blessが会衆賛美のリードをしています。

    また、毎月第4日曜日の礼拝では青年会、婦人会、教会学校、有志月替わりで特別賛美をしています。

    どなたでも、どうぞ礼拝にお越しください。

    主日礼拝「主にある新しい歩み」

    礼拝メッセージ 「主にある新しい歩み」 コロサイ人への手紙2章4~7節

    長谷川和雄師





    10/20 特別礼拝の様子
    イエスから離れ意気消沈している者がいるが、正しい信仰に堅く立ってほしいと、牢獄のパウロは涙を流して祈り、新しい生き方を勧めます。

    Ⅰ.迷わされない生き方(4)・・・人を欺き過ちに導く、巧みな言葉に惑わされないようにと記しています。自己中心な者は、楽で得すること、世の慰めや誉れ、目に見えるもの(奇跡、あらゆる数や力など)を求めて選びます。正しい道を見極めましょう(エレミヤ6:16)。現代の教会に不健全な信仰が入り込んでいます。温故知新、かって伝えられた十字架の福音、救いの確信、自我の拓殺、聖霊の満たし、聖化の恵み、臨在信仰、内住のキリスト、これらに堅く立つ健全な信仰が、現代あまり語られなくなりました。虚偽を巧みに語る言葉に、騙されないようにしましょう。言葉と生活が一致し、日々、神の御前を歩む生活ができるために、表面上の信仰の歩みに惑わされず、真理の道を見極めて歩みましょう。

    Ⅱ.秩序正しい生き方(5)・・・秩序・規律を守っていない教会、主の十字架は私の罪のためですと告白していながら、その恵みに生きていない教会が現実にあると、パウロは(なげ)いています。少しでも、恵みの信仰に立っている人がいることを喜んでいますが、多くの人はそうではないのです。心から救い主を賛美していますか。神を畏れ、見上げる生活を送っていますか。救いの確信や救い主への信仰を失っていませんか。見せかけや強がりの信仰生活ではありませんか。パウロはこのひとつひとつを歎き、涙を流し、そのような人がキリストのもとへ立ち返り、キリストにあって生きるようにと祈りました。では、どうすればよいのでしょうか。

    Ⅲ.キリストにある生き方(6~7)・・・秩序から外れ教会を乱す者が、主にあって神に喜ばれるために生きるには、どうすればよいのでしょうか。1)キリストにあって歩む。イエスを受けいれたのだから」。自分に何か力があるとか、強がりをいうことではありません。主の十字架を仰がずに神の前に出ることができず、生きることはできません。だから、「彼にあって歩きなさい」。主を救い主として心にお迎えし、人生の主として受け入れたのだから、生活のど真ん中で、主に頼って生きることです。自分の正しさ、強さ、清さ、信仰深さ、忠実さ、成功、行いにたつのでなく、ただ主にお頼りし、主よ憐れんでください、助けてください、支えて下さいと、日々、祈りの祭壇を築き、十字架信仰に生きることです(ガラテヤ2:19-20)。2)キリストに根ざし、建てられる。主イエスにしっかりとつながることです(ヨハネ15:5)彼にあって建てられ」。岩の上に建てられた家の譬えのように(マタイ7:24-27)、日々、み言葉に生きる信仰の歩みを致しましょう。「教えられたように、信仰が確立されて」。み言葉の約束にしっかり立って信仰生活をするときに、祝福の基とされ、一切の必要が満たされるのです。3)キリストにあって感謝にあふれる。あふれるばかり感謝しなさい」。感謝できるようなことを感謝するのではなく、どんなことでも、主にあって感謝しなさいとの命令です。受身や結果の感謝ではありません。私たちが自分の弱さを認めて、主を見上げてお頼りし、み言葉にかけて生きるなら、必ず、主の勝利が与えられます。「わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである(Ⅱコリント12:10)お互い弱い者です、励ましあって、み言葉に生きましょう。神は真実です。人に頼るのではなく、この方にお頼りして歩みましょう。



    10/20 特別礼拝の様子
    教会の各活動


    午後は、青年会(クリスマス準備)が行われました。

    今週~来週の予定


    ■婦人祈祷会 火曜日(29日)10:30~


    ※29日は休会です

    ■聖書研究祈祷会 水曜日(30日)19:30~


    聖書:マルコの福音書4章1~20節
    題:神の国の奥義
    説教者:長谷川和雄師
    新聖歌:261、324、361

    ■主日礼拝 来週日曜日(11月3日)10:30~


    招詞:ヘブル書10章19~22節
    交読文:50 イザヤ書53章
    聖書:コロサイ書2章8~15節
    題:十字架による全き勝利
    説教者:長谷川和雄師
    新聖歌:154、428、456

    2013/10/20

    主日特別礼拝「私たちは神の最高傑作」

    主日特別礼拝メッセージ 「私たちは神の最高傑作」 エペソ人への手紙2章1~10節

    斎藤 亘師





    日本人には「神は私たちの作品です」との言葉は受け入れやすいのですが、「私たちは神の手作りの作品です」との言葉は素直に受け入れられません。しかし、誰でも「人間が作った神」と「人間を造った神」では、後者が本物の神だと分ります。新島譲先生は、「はじめに神は天と地とを創造された」とのみ言葉にとらえられ、「私たちは神の作品」との人生観や価値観を与えられました。

    私が青年の時、教会に出席しましたら、品行方正で出来の良い人が多く、色々と豊な所である事に惹かれました。しかし、優柔不断な私は良い行いをしなければだめだと、片意地を張って受洗を先延ばしにしました。全てのものには作った方があります。人は自分の目的のために作ります。私たちは偶然に存在しているのではなく、神の目的の下に造られたのです。でも、自分を見たら良い行いを行えず、罪を犯していました。しかし、神の作品である私たちの全てを知り、守られます(詩篇139:1-3)。そして、神は、私たちをかけがえのない愛の対象として受け入れ、神の力によって良い行いをすることが出来るように造り変えて下さいます。そのために、私たちを罪から救い、神の責任において良い作品としてくださるのです。ここに神の恵みである神の愛があります。良い行いをしたという基準で救われるのでなく、主イエスが、全人類の罪の身代わりとなって十字架で死に、罪を赦してくださったことを信じる信仰により救われるのです。これが憐れみ深い神の、主にある救いであり、最高の祝福です。

    主日特別集会メッセージ 「私たちを守られる神」 ルカによる福音書12章1~8節

    斎藤 亘師





    人の噂話ほど楽しいものは無いと言われますが、聖書は陰で言うこともすべて神はご存知であると記されています。陰口をする人にとっては都合の悪い聖書の言葉です。どんなに表面が良くても、陰で人を傷つける言葉を語りますと、何でもご存知の神の前に明らかにされます。表も裏もなく、元気で明るい教会でありたいものです。

    すずめの譬え(6)。マタイの10章29節と比較しますと、ここの一羽は「おまけ」のようなものです。そんな「おまけ」や「ネズミのしっぽ」のような存在であっても、神は大切で掛け替えのない者として覚えていてくださるのです。たとえ欠点が多く、失敗ばかりするような者でも、神はそれらを良く知っていても、決して見捨てる方ではありません。

    ルカ15章に3つの失われたものの譬えが記されていますが、そのうちの一つ放蕩息子の譬えの最後に「いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである(32)とあります。一度教会を離れると帰りづらく勇気がいるものですが、放蕩息子の父親が息子の帰りを待っているように、神は教会に帰って来るのを待っておられます。そればかりか、帰ってきた息子を見つけると父親の方から駆け寄ったように、神の方から私たちの方に来てくださったのがクリスマスの出来事です。イザヤ書43章に、神は私たちが尊い者であることを記しています。そして、豊な恵みを注ぎ、愛してくださるのです。
    Iヨハネ4章8~10節には、神の独り子を世に遣わし、罪の身代わりとなって死んで下さるほどに私たちを愛し、守っていてくださると記しています。この恵みを心から感謝して受け入れましょう。

    今週~来週の予定


    ■婦人祈祷会 火曜日(22日)10:30~


    ※22日、29日は休会です

    ■聖書研究祈祷会 水曜日(23日)19:30~


    聖書:マルコの福音書3章31~35節
    題:主にある家族
    説教者:長谷川和雄師
    新聖歌:2、143、316

    ■主日礼拝 来週日曜日(27日)10:30~


    招詞:詩篇100篇1~5節
    交読文:1 詩篇1篇
    聖書:コロサイ書2章4~7節
    題:主にある新しい歩み
    説教者:長谷川和雄師
    新聖歌:178,206、363