2015/08/23

主日礼拝「あなたはわたしの神」

礼拝メッセージ「あなたはわたしの神」詩篇22篇1~22節


福井文彦師

詩篇 第22篇 聖歌隊の指揮者によってあけぼののめじかのしらべにあわせてうたわせたダビデの歌
22:1わが神、わが神、
なにゆえわたしを捨てられるのですか。
なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、
わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。
22:2わが神よ、わたしが昼よばわっても、
あなたは答えられず、
夜よばわっても平安を得ません。
22:3しかしイスラエルのさんびの上に座しておられる
あなたは聖なるおかたです。
22:4われらの先祖たちはあなたに信頼しました。
彼らが信頼したので、あなたは彼らを助けられました。
22:5彼らはあなたに呼ばわって救われ、
あなたに信頼して恥をうけなかったのです。
22:6しかし、わたしは虫であって、人ではない。
人にそしられ、民に侮られる。
22:7すべてわたしを見る者は、わたしをあざ笑い、
くちびるを突き出し、かしらを振り動かして言う、
22:8「彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。
主は彼を喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ」と。
22:9しかし、あなたはわたしを生れさせ、
母のふところにわたしを安らかに守られた方です。
22:10わたしは生れた時から、あなたにゆだねられました。
母の胎を出てからこのかた、
あなたはわたしの神でいらせられました。
22:11わたしを遠く離れないでください。
悩みが近づき、助ける者がないのです。
22:12多くの雄牛はわたしを取り巻き、
バシャンの強い雄牛はわたしを囲み、
22:13かき裂き、ほえたけるししのように、
わたしにむかって口を開く。
22:14わたしは水のように注ぎ出され、
わたしの骨はことごとくはずれ、
わたしの心臓は、ろうのように、胸のうちで溶けた。
22:15わたしの力は陶器の破片のようにかわき、
わたしの舌はあごにつく。
あなたはわたしを死のちりに伏させられる。
22:16まことに、犬はわたしをめぐり、
悪を行う者の群れがわたしを囲んで、
わたしの手と足を刺し貫いた。
22:17わたしは自分の骨をことごとく数えることができる。
彼らは目をとめて、わたしを見る。
22:18彼らは互にわたしの衣服を分け、
わたしの着物をくじ引にする。
22:19しかし主よ、遠く離れないでください。
わが力よ、速く来てわたしをお助けください。
22:20わたしの魂をつるぎから、
わたしのいのちを犬の力から助け出してください。
22:21わたしをししの口から、
苦しむわが魂を野牛の角から救い出してください。
22:22わたしはあなたのみ名を兄弟たちに告げ、
会衆の中であなたをほめたたえるでしょう。
この詩篇は、メシヤである主の十字架の苦しみを預言した有名な箇所です(1-18)。しかし、この箇所から、神への信頼、愛の摂理の神、答えてくださる神について学びましょう。

Ⅰ. 神への信頼…
1) 何の心配も無い家庭に育てられましたが、幼い時に人の死を目の当たりに見て、死に対する不安と恐怖を抱くようになりました。中3の時に教会に導かれ、主を信じ、真の神がいつも共にいてくださるのだから、この神についてゆくなら大丈夫だとの確信を与えられ、今日まで神を信頼して歩み、恐れからも開放されて生かされてきました。
2) ヨセフは主の使いから、マリヤに与えられる男の子の名が、「神われらと共にいます」(マタイ1:23)であると言われたのに、「わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか」(1、マタイ27:46)は矛盾するように受け取れます。しかし、主は民に誤解され侮辱されましたが、救い主として全人類の罪を背負い、私たちの罪の刑罰の身代わりとして十字架の上で死の苦しみを受けたのです(6、8)。何よりも神に見捨てられる苦しみを受けたのです。
3) 私たちは主を信頼すればするほど困難に遭うことがあります。しかし、神を信頼する者を見捨てず、受け止め、助け、支えてくださいます(4、5、申命記33:27)。

Ⅱ. あなたは私の神…
1) 神は目に見えませんがいつも共にいて、全てをご存知であり、今に至るまで守り導いてくださるのです(10)。神は、両親を用いて私たちを創ってくださったのです。親は、与えられた子どもを愛して育てたのです。だから、子どもは親を尊敬すべきです(詩篇139:13-16)。
2) 私たちが主の十字架を通して、神がどの様なお方であるかが分かる時、過去がどの様な人生であったとしても、神は人生に解決を与えてくださり、新しい人生が始まるのです(2コリント5:17)。これがイエス・キリストによる救いです。

Ⅲ. 答えてくださる神…
1) 年を重ねるにしたがって、主の十字架の苦しみがより深く悟ることが出来るようになりました。主は、弟子達にも裏切られ、その十字架の苦しみの最中にローマ兵が着物をくじ引きにしたのです(11)。私たちも人との交わりから阻害されるという、苦しみを受けることがありますが、そんな時、主の苦しみを思うとき慰められ励まされ、生きる力を与えられます。
2) その苦しみの中から助けてくださいと祈る時、「あなたは私に答えてくださいます」(21、新改訳)と、神は解決を与えてくださるとの確信を与えてくださるのです。主は、十字架の上で完全に死なれましたが、3日目によみがえられたのです。主の復活こそ、苦しみの中で叫ばれた主への、父なる神の答えだったのです(24)。神学校卒業以来今日まで「自分を喜ばせようとするのでなく、神を喜ばせるように」を目標にし、心がけて歩んできました。しかし、時には自己憐憫に陥ったり、被害者意識になったり、絶望したりしますが、その時その時、必要な励ましのみ言葉を与え、助け支え導いてくださいます(ピリピ1:29)。
3) 私たちが主によって救われたのは、やがて死んで天国において恵みを受けるために救われたのではありません。主にあって救われ、有り余る恵みを受けて歩み、周りの人々に主が生きておられること、主の救いの素晴らしさを、日常の生活を通して証しし、福音を伝えるために生かされているのです。日々の生活の中で困難がある時にも、見捨てることのない主を信頼し、み言葉に生きる者でありましょう。



教会の各活動


午後は、CS教師会と青年会(学び会)が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(8月25日)10:30~12:00


※8月は休会します



○聖書研究祈祷会 水曜日(8月26日)19:30~21:00


聖書:詩篇20篇1~9節
題:王のための執り成しの祈り
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:494、459、196



○主日礼拝 来週日曜日(9月6日)10:30~12:00


招詞:ヨハネによる福音書15章9-11節
交読文:37  詩篇119篇
聖書:Ⅰヨハネ書2章1-6節
題:キリストが歩まれたように
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、300,316