2013/09/01

主日礼拝「神との和解」

礼拝メッセージ 「神との和解」 コロサイ人への手紙1章20~23節

長谷川和雄師




和解とは、「互いに気持ちが和らいで仲良くなること」(国語辞典)、互いが譲り合い、争いをやめると約束すること(民法695条)であり、契約です。聖書では神との和解が記されています。

Ⅰ.神との和解がない状態・・・1)心で神に敵対。神との関係では「心」が重要です(マタイ15:18-20)。心の中で神に敵対していては、真の和解がありません(21)。アダムとエバが神に背いたため、人類は罪に支配され、エデンの園から追放されました。そして、神との親しい関係が断たれ、自分の判断と意志で行動し、神に聴き従う聖い生活、愛と喜びと希望に溢れた生活からは程遠くなり、不平、不満、偽り、弁解、苦しみに満ち、罪の生活を喜び、空しい生活をし、感謝や平安を失いました。2)神から離れ、罪を犯す歩み。アダムの家庭は罪のゆえに崩壊し息子カインは弟アベルを妬み敵意を抱き続け、ついに殺しました。罪に支配された人は神に逆らい続け、自分が神であるかのように思ってしまうのです。そのように、選民イスラエルも神の恵みから離れました。現代の人も愛が冷え、罪を罪と思わず、自分中心になり、欲望を追求し、家庭崩壊、妬み、憎しみ、怒り、呪い、盗み、いじめ、殺人、戦争が起きています(ローマ3:10-18)。ですから、神の怒りと呪いを受け、神から追放されても仕方が無い者でした。

Ⅱ.十字架による神との和解・・・1)人を見捨てない神。神は罪の中にある選民を見捨てず愛を注ぎ、戒めに従う者を祝福し、恵みの約束を与えました。しかし、彼らは神に背き、戒めに従わず、神にさばかれました。けれども神は人類を見捨てませんでした。2)自ら罪の罰を受けられた神。神は、最初の約束、すなわち、人を罪から救い出し、神との関係を回復するために、神ご自身が人となってこの世に来られ、人の罪の刑罰を受けるみ業をなされました(創世記3:15)。それが、十字架の福音です。人は罪ゆえに神との和解が失われ、永遠の滅びに定められました。しかし、人と神との和解のために、人が刑罰を受けたのでなく、神の御子が人の受けるべき恥、苦しみを、自ら進んで負ってくださり(ヨハネ18:11)身代わりとなって十字架で刑罰を受け、人を執り成されました(ルカ23:34)。そして神に見捨てられるという最大の苦しみも受けてくださいました(マタイ27:46)。神がその贖いのみ業を受け入れてくださったので、御子なる主は甦られ、人と神との和解が成就し、神との交わりが回復しました。3)例話。ハワイ・カウアイ島のおばあさんが孫の盗み癖を止めさせたいと真っ赤な火箸を孫の手に突き刺そうとしました。しかし、おばあさんは孫の身代わりとなり、自分の手に火箸を刺し通しました。それ以後、孫は決して盗みませんでした。もし、私たちが主の身代わりの死を知っていながらまだ神に背き罪を犯すなら、神はどれほど悲しまれることでしょう。

Ⅲ.神との和解を受ける条件・・・1)真の悔い改め。自分の力で罪を犯さないと頑張るのではなく、神の前に自らの罪を認め、神が変えて下さると愛の神に依り頼み、神を信じて歩むことです。2)神のみ業神は私たちに聖霊を与え神を愛し、神のみこころを知り、み言葉を行う者(ヨハネ14:21)、聖い神の前に立てる者に変えてくださいます。ですから、良い者に変えられても、何も誇るものはありません。誇れるものは神とキリストの十字架以外にありません(ガラテヤ6:14)。み言葉に聞き従って歩みましょう(マタイ7:24-27)3)神の豊かな祝福。神との和解が与えられ、聖霊により歩み続けるならば、パウロの祈り(エペソ3:16-19)にあるように、真の平安、真の愛、真の輝きが増し加えられ、神が聖霊の実を豊かに結ばせて下さるのです。私たちはこの恵みの福音に生かされましょう。そして、福音宣教に献身しましょう(Iコリント9:1623)

8/25 CS特別賛美の様子
教会の各活動


午後は、教会役員会が行われました。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(3日)10:30~


聖書:ヨブ記19章17~18節
題:試練のわけ
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:248、358

■聖書研究祈祷会 水曜日(4日)19:30~


聖書:マルコの福音書2章23~3章6節
題:安息日の主
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:1、253、102

■主日礼拝 来週日曜日(8日)10:30~


招詞:マタイの福音書11章28-30節
交読文:18 詩篇50篇
聖書:コロサイ書1章24~25節
題:教会のための苦難
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:2、303、385