2016/10/08

ファミリーコンサート(10/30)のご案内

※この記事は、10/30の「ファミリーコンサート」のお知らせです。

昨年好評いただいたファミリーコンサートが帰ってきました!

京都信愛教会の教会員や家族が、それぞれ楽器や声楽で、いろいろな音楽を奏でます。

賛美歌を始め、クラシックや童謡、「花は咲く」まで、いろんな音楽を楽しみましょう♪

ご家族、ご友人の方々もぜひ、お越しください!
詳しくは、下のチラシをご覧ください。




■日時


2016年10月30日(日) 13:30~15:00

■演奏者:京都信愛教会の教会員、家族、友情出演の計9組


賛美歌を始め、クラシックや童謡、「花は咲く」まで、
それぞれの演奏者がどんな思いを持って演奏するのかの紹介を兼ねて、奏でます。

■当日 午前(10:30~12:00) は  【特別歓迎礼拝】  です


メッセージ: 三村百合子師 (西舞鶴教会牧師夫人)

関西聖書神学校卒業後、当教会で伝道師を務められていました



■会場・お問い合わせ


日本イエス・キリスト教団 京都信愛教会
京都市北区大将軍坂田町21番地12
TEL(075)461-1938
牧師: 長谷川和雄
副牧師: 長谷川ひさい
※当教会は、伝統的なプロテスタントの流れを汲むキリスト教会です。

2016/07/03

主日礼拝「神のみこころは聖くなること」

礼拝メッセージ「神のみこころは聖くなること」テサロニケへの第一の手紙4章1~8節


長谷川和雄師



患難の中、恵みの内に成長し、まだ若く欠けがあるテサロニケ教会の群を頭ごなしに叱責しないで、彼らの信仰生活を全面的に容認し、ますます信仰にあふれ、神の臨在を覚え、現状に満足することなく、神を喜ばす生活を勧めます(1、ガラテヤ1:10)。相手を認めない叱責は、落胆と反発を招きますが、受け入れてからする忠告は、人を励まし矯正に導きます。この意味でも使徒は、伝道者であると共に最良の牧会者、教育者でした。

Ⅰ. きよい生活


神は、私たちを「聖徒として召」(1コリ1:2)し、召した聖徒を、「御子のかたちに似たもの」(ロマ8:29)にするために、クリスチャン生活の全てに聖化を勧めました。アテネ市民は、常に目新しい話題を渇望していましたが(使徒17:20)、使徒の勧めは新しい戒めではなく、すでに主の命令として彼らに教えられたものでした(2)。新しい教えは進歩的だと考えられ、色々な神学が次々と登場し、道徳においても状況倫理的発想が教会内にも浸透しています。しかし、クリスチャンが立つべき土台は、変らない主の教えと命令です。

Ⅱ. 聖潔への道


テサロニケ教会は異教社会にあり、クリスチャンになる前の古い性質、融通性や曖昧さ、形にこだわる習慣的な罪に、自覚的に取り組む必要がありました。一度覚えた罪の感覚は、信仰的に低迷すると再びよみがえります。ギリシヤ世界では、性的乱れを避ける罪として捉えない道徳感覚あり、「不品行」(3・性的なあらゆる形の罪)を教会内に持ち込む危険がありました。不品行を避けるだけでなく、「清く尊く保」(4)つ、積極的な勧めに従うことが大切です(1コリ6:18)。私たちの体は禁欲や放縦の対象ではなく、聖潔の対象とすべきです。神を畏れない人は、人間の欲望を全面肯定することこそ(5)、自然で人間本来のあるべき姿であり、活力と魅力に溢れていますと言います。

Ⅲ. 聖く生きる3つの理由



  1. 神のさばきがある(6)。不品行の罪が満足や充実感を与えても、その人は神の正しいさばきの前に最終的に必ず引き出されることを覚えるべきです。不品行の罪は相手あってのことなので、相手や家族、社会に連鎖的に多大な不幸をもたらします。聖く、責められない実生活は、神の前での究極的評価を考えることなしにはあり得ません。
  2. 聖潔への召し。神の民として召されたのは、清い生活をする目的のために召されたのです(7)。罪深い人間の親でも、子どもが清く歩めるようにと願うように、完全に聖い神は、神の子どもとされた者の歩みが聖さに歩むことを望んでいます(2ペテ3:11)。
  3. 聖霊の聖めのわざの約束。神は、罪に汚れた人間をむち打ち、聖く歩めと強要する方ではありません。聖い歩みを命令すると共に、実現を可能にする力を私たちに与えられます(8)。不品行、汚れ、好色などの肉の行いを生み出す者が、聖霊に満たされて歩む時、豊かな御霊の実を結ぶ者へと聖められ(ガラ5:22-23)、変えられていくのです。神を喜ばせる良い行いがないにもかかわらず、主の十字架上の贖いのゆえに無条件で罪が赦されるように、何一つ聖い思いや行いができない無力な私たちに、神は聖霊によって聖めの力を常に与え続けます。でも、自分の弱さに甘えて罪を犯し、聖い歩みを軽視することは神に対する最大の侮りであり、聖霊なる神を拒絶することです(8、エペ4:30、マタ12:32)。み言葉を軽んじ、聖霊を拒んで、内外に光を失うことのないように、いつも十字架の福音に生かされ、神の臨在を覚えて歩みましょう。





教会の各活動


午後は、教会役員会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(7月5日)10:30~12:00


※教区婦人部修養会のため休会します

○聖書研究祈祷会 水曜日(7月6日)19:30~21:00


聖書:ヤコブ書5章15節
題:神様の約束に立って
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:195、251、282

○主日礼拝 来週日曜日(7月10日)10:30~12:00


招詞:ヨハネによる福音書15章9-11節
交読文:36  詩篇116篇
聖書:第1テサロニケ書4章9-12節
題:落ち着いた生活
説教者:長谷川和雄師

新聖歌:27、104、385

2016/06/26

主日礼拝「主にあって堅く立つ者」

礼拝メッセージ「主にあって堅く立つ者」テサロニケへの第一の手紙3章6~13節


長谷川和雄師



有志の特別賛美の様子
悪い知らせは心に痛みと悲しみを与えますが、良い知らせは喜びと感謝と励ましを与えます。迫害下のテサロニケの信者の信仰や相互愛が冷え、サタンの誘惑に敗北していないか不安でした。しかし、帰ってきたテモテの知らせは吉報でした(6)。その吉報の内容、効果、更なる祈りを学びましょう。

Ⅰ. テモテの吉報


パウロは吉報をコリントで聞きましたが(使徒18:1,5)、実に喜ばしい内容でした。


  1. 信仰。テサロニケの信者は主にあって固く信仰に立っていました。信仰とは、神に対する当然の態度で、神を知り、神を愛し、信頼し、従うことを含む言葉です。彼らの信仰は、次々と襲う艱難の中でも揺るぐことなく、試みる者から守られ(5)、信仰を勝ち取り、信仰の火は燃えており、感謝で喜ばしい吉報でした。
  2. 愛。その愛は、兄弟のために重荷を負い、犠牲を払い、労苦をいとわず、自分を与える愛です(1:3)。また、迫害する同国人の救いのために熱心に祈り、諸教会への兄弟愛を持ち続け(2コリ8:1-5)、神を愛し、隣人愛であふれていました。
  3. 再会を熱望。パウロは再会を熱望していましたが、テサロニケの信者は、周りの人々がパウロへの中傷や非難を聞いても、信仰と愛の指導者への好意、親切、尊敬と信頼は揺るぎなく、いつもパウロのことを覚え、彼に会いたがっていたというのです。


Ⅱ. テモテの吉報の効果


吉報との言葉は、主の救いだけに使う福音との原語を用いて表現しました。テサロニケの教会の人々が困難に囲まれ、艱難に耐え、神への信仰、兄弟愛、み言葉への尊敬と従順を堅く堅持していたのは、選びの民への約束を果たし、神が守り、支え、導き、養い、神の恵みの真実ゆえでしたから吉報だったのです。


  1. 慰め。コリントにいたパウロは苦難と艱難の中にあり(使徒18:8-11)、神の励ましが必要でした。しかし、苦難と艱難の中にあるテサロニケの信者の神に対する信仰、兄弟愛、み言葉への尊敬と従順を堅く堅持しているとの事実は、み言葉を伝えるパウロにとって福音であり、慰めであり、純粋な励ましを与えられ、生きがいを覚え、伝道への力と勇気と希望をもてたのです(8、ピリピ1:21-22、1コリ15:31-32)。
  2. 神への感謝。テサロニケの信者の信仰の堅持は、人間的な見方ではパウロの働きの結果です。しかし、パウロの見方はまったく異なります。彼らの信仰の堅持は、御子の贖いのみ業によって、神の国を成就するという、救いのご計画の遂行以外の何ものでもないので、神に感謝するのです(9)。神のみ業の器である人間を褒め、神の栄光を奪ってはいけません。


Ⅲ. 吉報からさらなる祈り


パウロはこの吉報で有頂天にならず、彼らのために執り成しました。


  1. 神による再会。パウロは再会を切望しましたが、自分の願いや努力、考えや計画ではなく、神の導きと支配に全く委ねて祈った(2:17、3:6、10-11)。「道を開く」のは人間業ですが、神が開く道は最善の道です。
  2. 愛の増加。神の愛にますます満たされ、自己愛の除去を祈りました(11-12)。兄弟相互の愛は一致を生み出し、信仰が堅持され、教会外の人への愛が生まれます(ルカ6:27-28)。
  3. 再臨の備え。再臨に備えて、世の試みや惑わしに動じず、堅く立ち続ける様に祈りました(13)。終末の前兆として、多くの人たちの愛が冷え(マタイ24:12)、道徳的荒廃が予告されています(2テモテ3:2-5)。愛と聖さが急速に喪失されていく中で、主の再臨の希望に満たされ、追い求めていく者であらせていただきましょう。





ボウリング大会の様子

教会の各活動


午後は、CS初夏のレクリエーション(ボウリング大会)が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(6月28日)10:30~12:00


聖書:ピリピ書1章20節
説教者:長谷川ひさい師
題:キリストがあがめられること
新聖歌:190、428

○聖書研究祈祷会 水曜日(6月29日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝9章1-9節
題:ダマスコ途上のサウロ
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:258、428、429

○主日礼拝 来週日曜日(7月3日)10:30~12:00


招詞:ヘブル書10章19-22節
交読文:19  詩篇51篇
聖書:第1テサロニケ書4章1-8節
題:神のみこころは聖くなること 説教者:長谷川和雄師

新聖歌:264、372、379

2016/06/19

主日礼拝「神の訓練と父の訓練」

礼拝メッセージ「神の訓練と父の訓練」ヘブル人への手紙12章1~13節


長谷川和雄師



父の日(父に感謝する日)は、1909年に米国ワシントン州のJ.B.ドット夫人が、男手で自分を育てた父に感謝し、牧師に願い、父の誕生月の6月に行った記念礼拝がきっかけで、1916年米国28代大統領ウィルソンの時に父の日が認知され、1972年米国で国民の祝日に制定されました。日本では1950年代頃から知られるようになりました。父と子の関係が悪いと非道徳的で、反抗的な子どもになると言われますが、父として、どうあるべきかを聖書から学びましょう。

Ⅰ.神の勧めの言(1-6)


  1. 私たちは罪と取り組み闘う時、血を流す程に抵抗せずに負けています。しかし、私はできないが、主の十字架は自分の罪の贖いと認め、信じる時、罪から救われます。主が十字架の辱め、苦しみに絶えたことを思う時、また、多くの聖徒たちの証が、私たちも絶えられるようにしてくれます。このことから、父と子のことを考えましょう。
  2. 神のみ手は喜ばしい時だけでなく、困難な時、苦しい時も働いておられます。しかし、私たちはそのことを忘れ、本気で受け止めないで、苦難が襲うと神に見捨てられたと考え、意気消沈し、主の訓練を無視し、自己憐憫、不平不満、怒り、反抗、諦め、神との関係が崩れます。主はみ言葉と聖霊により罪を示し、訓練し、主の下に帰るように導きます。私たちは主の愛の懲らしめ(訓練、鍛錬、教え)を受ける時、弱り力を落とさず、深く心に留め、主の喜ばれる正しい道に導いていただきましょう。

Ⅱ.肉の父と霊の父の訓練(7-10)


  1. 肉の父としての訓練は難しく、厳しく叱り過ぎれば虐待となりますが、祭司エリのように、子どもたちを甘やかしてはいけません(サムエル上2章)。悪は悪と教え諭し訓練するなら、子どもたちはすぐ切れたり、何でも拒んだり、飽きやすくはならないでしょう(巨人の星の話)。また、親になった時に、子どもを怖がったり、何もできないと怒り狂う人にならないでしょう。
  2. 父は、愛する我が子を罪の道に行かないように訓練します。神は、父が子どもを育て、教育し、訓練する義務を与えています。しかし、訓練(懲らしめ)の後が重要で、子どもが謝ったら赦し、共に涙し、スキンシップが大切です。主は神を父と慕い訓練を受け、従順を学ばれました(ヘブル5:7-10)。ソロモンは、その子レハベアムを箴言で教えましたが、自らの晩年は不敬虔であり、レハベアムは父を無視しました。私たちは死に至るまで、主の臨在を覚え、神を畏れる者であらせていただきましょう。
  3. 私たちは、主にあって神の相続人なのですから(ガラテヤ4:6-7)、神の前から逃げたり、自己憐憫しないで、愛の神の訓練と罰と受けとめ、「神よ、憐れんでください」と、常に主により頼みましょう。患難は錬られた品性を生み出します(ローマ5:3-4)。父として主の薫陶(主の徳で人を感化し教育する)と、訓戒(み言葉から善悪を説き教える)によって、子どもを育てましょう(エペソ6:4)。

Ⅲ.訓練の実(10-13)


神は愛する魂の霊的形成に時をかけて、3つの実を結ばせてくださいます。

  1. 主の訓練を通して、最善をなし、主の聖さに与らせてくださいます。
  2. 「…する方法」でテクニックを学ぶのではなく、み言葉と深く対座し、祈りによって十字架を仰ぎ、魂が砕かれ、心に平安を得、神のみこころを知って、みこころに従い平安な義の実を結び、神の臨在の前に正しい道を歩ませてくださいます。
  3. 訓練は苦しいが、その実は甘いものです。愛するがゆえの主の訓練と受けとめ、誠実・忠実に主に従い、キリストのかおりを放つ者とならせていただきましょう。



父の日 中高科特別賛美の様子

教会の各活動


午後は、会場係/受付/誘導/音響奉仕者の合同の打ち合わせ、CS教師会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(6月21日)10:30~12:00


※教団牧師夫人研修会のため休会します



○聖書研究祈祷会 水曜日(6月22日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝8章26-40節
題:聖霊の導きに従う
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:361、357、416



○主日礼拝 来週日曜日(6月26日)10:30~12:00


招詞:ヘブル書10章19-22節
交読文:58  第1コリント書15章
聖書:第1テサロニケ書3章6-13節
(中心聖句:3章8節)
題:主にあって堅く立つ者
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、196、390

2016/06/12

主日歓迎礼拝「キリストのかおり」

礼拝メッセージ「キリストのかおり」コリント人への第二の手紙2章14~15節


長谷川ひさい師



今日は花の日です。160年前、米国の牧師が少年少女を信仰に導くための宗教教育を強調するために、6月第2日曜日に特別礼拝を行った事が起源です。教会に花を飾り、神を賛美し感謝することを教える花の日としました。1866年メソジストの年会で子どもの日として教会行事として制定し、病院や警察や社会施設を慰問するようになり、私たちもCSの子どもたちと、今朝、介護施設を慰問しました。今朝のテキストから神のみこころを教えていただきましょう。

Ⅰ. 主の勝利



  1. 勝利の凱旋。パウロは当時、ローマの凱旋将軍が戦利品とともに帰還行進する時、民衆は月桂樹や花の枝をかざして出迎え、祭司たちは行列に加わり香炉で香を焚きました。
  2. かおり。かおりの語源は「ユーオディア」で、「最高・最上のかおり」という意味です。「キリストの香ばしいかおり」とは、主の十字架の死、十字架上で流された血潮を示しています(エペソ5:2)。


Ⅱ. 人間の創造



  1. 神による創造。創世記1章に、全てのものが神によって創造され、最終の目的である人間が創造されたことが記されています。同志社大学創設者である新島襄は、この神による人間の創造のみ業を知ってから人生が変えられました。私という存在は、神によって創造されたとのみ言葉に立つ時、人間の神の創造の意図や目的を知りますが、自然発生的で偶然の産物と考えると人生は目的も意味もなくなり、全く違う人生観になります。
  2. 神に愛されている人間。私たちを創造した神は、他人や私たちがどのように言い、感じ、思っても、常に私たちを守り導き(詩篇22:9-10)、憐れみ(詩篇103:13)、私たちを高価で尊い存在として、大切にし、愛してくださる(イザヤ43:4)と、神のラブレターである聖書は記しています。
  3. 神に背いた人間。神に創造された人間が、サタンの誘惑に負けて神の命令に背き罪を犯し、神との愛の関係を壊し、神を捨て、神から離れてしまい、神は嘆き悲しみ、人間の心を捜し求めました(創世記3:9)。神は人間を愛されますが、罪は嫌いなので罪を見過ごしにされません。罪を裁きますが、人間を救う道を予告しました(創世記3:15)。


Ⅲ. 人間の救い



  1. 人間を救う道。神は人間の罪を裁くために、神のひとり子の主イエスをこの世に送り、人間の罪の身代わりに裁き、辱め、苦しめ、殴り、鞭打ち、釘で十字架に打ち付け、野ざらしにし、槍で刺し、神に見捨てられました。神は、私たちが当然受けなければならない刑罰を、尊い神のひとり子のイエス様のいのちによって完全に贖われました。私たちの代価は主の命でした。何と大きな愛であり、これ以上の代価は他にありません。主は3日目に死からよみがえり、主の贖いのみ業を信じる者を死の呪いから解放し、永遠のいのちを与えてくださるのです(ヨハネ3:16)。
  2. キリストのかおり。主の贖いのみ業によって、主の最上の愛の香ばしいかおりが立ち上りました。このことをパウロは「キリストのかおり」と表現し、このかおりは主を救い主と信じ受け入れた人々の内にかおりとなり、救われる者や滅びる者が起こされるのです(15)。何と光栄なことで、責任が問われることでしょうか。私も宣教師や多くのクリスチャンの「キリストのかおり」が、み言葉の証拠となりました。私たちも日々の生活を通して、いつでも「キリストのかおり」とされ、主の愛と希望を満たせるように、主にしっかり繋がり、日々十字架を仰ぎつつ、日々のデボーションを保ち、主に頼りつつ、み言葉に生かされて歩みましょう。




教会の各活動


午後は、会堂大掃除(壮年会、婦人会、青年会合同)が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(6月14日)10:30~12:00


※会堂外壁塗装工事のため休会します

○聖書研究祈祷会 水曜日(6月15日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝8章14-25節
題:神のみ前に正しい心
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:450、369、104

○主日礼拝 [父の日] 来週日曜日(19日)10:30~12:00


招詞:申命記6章4-5節
交読文:32  詩篇103篇
聖書:ヘブル書12章1-13節
(中心聖句:12章11節)
題:神の訓練と父の訓練
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、303、102

2016/04/23

チャペルコンサート(アンサンブルグレース)のご案内

※この記事は、5/22の「チャペルコンサート」のお知らせです。

京都信愛教会ではこの5月、恒例のチャペルコンサートを行います。

今回は京都福音自由教会のメンバーを中心に結成された音楽グループ「アンサンブルグレース」をお招きして、ヘルマンハープの演奏をしていただきます。

どなたでも入場無料です。「教会に一度は足を運びたかった」という方も、ぜひお越しください。

詳しくは、下のチラシをご覧ください。




■日時


2016年5月22日(日) 13:30~15:00

■音楽ゲスト:アンサンブルグレース


京都福音自由教会の教会員を中心に2007年に結成。
2012年2月の「東日本大震災復興祈念コンサートin京都」などに出演。
「老いてもなお気品溢れ、置かれたところで美しく咲く」をモットーに、病院・介護施設などでボランティア演奏を積極的に実施。
ヘルマンハープを用いての心温まる演奏が高く評価されている。

■「ヘルマンハープ」とは?


ドイツ・バイエルン州の農場主、ヘルマン・フェー氏によって1987年にダウン症の息子のために開発されたドイツ製ハンドメイドの弦楽器。
音色の美しいヘルマンハープの噂は、口コミで、オースリアやスイスへも広がっていきました。
障がい者も健常者も、また、音楽経験の有無を越えて、誰もが共に素晴らしい音色で演奏を楽しめる世界が誕生しました。


■曲目(予定)

モルダウ、アメイジング・グレイス、海の見える街、愛の挨拶、など


■会場・お問い合わせ


日本イエス・キリスト教団 京都信愛教会
京都市北区大将軍坂田町21番地12
TEL(075)461-1938
牧師: 長谷川和雄
副牧師: 長谷川ひさい
※当教会は、伝統的なプロテスタントの流れを汲むキリスト教会です。

2016/04/17

主日礼拝「信仰と愛と希望に生きる」

礼拝メッセージ「信仰と愛と希望に生きる」テサロニケへの第一の手紙1章1~3節


長谷川和雄師


Ⅰ. テサロニケの概要


パウロたちの第2次伝道旅行の時、「マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」との幻を見て(使徒16:9)、ピリピ、テサロニケ、ベレヤ、アテネ、コリントを伝道した時の実です。この書簡の簡潔な挨拶の言葉は、パウロの言葉を神の言葉として受け入れ(2:13)、神とキリストとしっかり結ばれたテサロニケ教会は、彼からも信頼され親しい関係にあることを示し、私たちの望みの中心である主の再臨を待望し、困難な中でも永遠に勝利するのです。

Ⅱ. 絶えない感謝と祈り


  1. パウロは父なる神と主が与える「恵みと平安」を祈ります。受けるに値しない者に示される神の一方的な愛である主の十字架の救いにおいて、罪人に示されたものが「恵み」です。贖いのみ業により罪を赦され、神との敵対関係が解消され、神との平和が与えられ、魂に「平安」が与えられるのです。
  2. パウロの祈りと感謝の表現は、「いつも」「すべて」(新改訳)「絶えず」です(参照5:16-18)。主もパウロも、祈りに十分な時を持っていたのです。

Ⅲ. 感謝の内容


パウロがテサロニケ教会のことで感謝する時、思い起したことは、彼らの「信仰・愛・望み」(3)であり、クリスチャンの最も優れた徳性です。パウロは、3つの徳性に具体的な内容を付け加え、信仰には「働き」、愛には「労苦」、望みには「忍耐」と、彼らの信仰が上辺だけではないことを示します。

  1. 信仰。テサロニケの教会の信仰は生きて働く信仰であり、行動に至る信仰でした。空しい口先の観念だけにとどまる信仰ではなく、み言葉に生きました(ヤコブ2:26、テトス1:16)。神に全く拠り頼む心から神のみこころを求め、示されたなら無理なく従って働きが伴い、祈りを積み主にあって一致の心が生まれます。私たちは日々のデボーションよって、働きの伴った信仰を養いましょう。
  2. 愛。テサロニケの人々の愛は、労苦を伴う愛であり、喜んで他人の重荷を取り除き、助ける苦労をいといませんでした。笹尾鉄三郎師は、「あなたの動機は愛か欲か」と言いました。主の十字架こそ愛の労苦の結晶です。教会の十字架は単なるシンボルではなく、主の愛を覚え、その愛に生きることを勧めています。自分の楽しみや自分の勢力拡大、目の保養のためにお金や時を用いるのではなく、主に喜んでいただける奉仕や献金は、何と麗しいことでしょうか。
  3. 希望。彼らの希望には忍耐が伴いました。その忍耐は「主イエス・キリストに対する望み」であり、私たちの内面に練られた品性を生み出し(ローマ5:4)、どんな情況下でも望みを失わずに歩み続ける勇気が与えられます。しかし、私たちの最終的希望は主の再臨です。その時、栄化され、神の怒りから救われ、神のみこころがなされることに目を留めるので、この世に希望を抱かず、主の来臨と未来の栄光の望みに向かって忍耐するのです。よく思われること、偉くなること、得をすることなどは糞土のように思います。しかし、この望みに生きると妨害が起こりやすいのですが、賢い乙女を思い起こしましょう(マタイ25:1-13)。この忍耐の希望は、どんな時代でも有能なクリスチャンのしるしです。テサロニケの教会は、迫害や困難の中にありながら、信仰、愛、望みの実を豊かに結びました。そして、パウロたちはそのことを絶えず思い起し、祈りの度に神への感謝で満たされていたのです。

私たちはしっかりと望みの基である主を仰ぎつつ信仰の歩みを続け、主の十字架を仰ぎつつ、愛の労苦を惜しまずにささげる者とされたいものです。



京都聖会祈祷会の様子

教会の各活動


午後は、京都聖会祈祷会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(4月19日)10:30~12:00


聖書:詩篇30篇5節
題:待つ
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:218、177



○聖書研究祈祷会 水曜日(4月20日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝7章17-43節①
題:モーセとイエスの共通点
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:263、371、316



○主日礼拝 来週日曜日(4月24日)10:30~12:00


招詞:ローマ書12章1-2節
交読文:3 詩篇16篇
聖書:第1テサロニケ書1章4-10節
題:模範的な教会
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、464、102