2014年9月14日日曜日

主日礼拝「己が日を数えよ」

礼拝メッセージ 「己が日を数えよ」 詩篇90篇1~17節

長谷川和雄師

高齢化の進む中、高齢者の孤独死や交通事故死が報じられ、また、余命が計算され、発表されています。そのような中にあってどのように生きたらよいか、「朽ちる人によって書かれた、不朽の詩篇」と言われる詩篇から学びましょう。

Ⅰ. 人の命のはかなさ(1-6)…
1) 毎日が繰り返されるように、誕生があれば死があります。「会者定離、生者必滅」(出会った人とは必ず別離の時があり、生あるものは必ず滅びる。仏教の言葉)は、淋しく暗い言葉ですが、現実です。神の永遠性に対し、人間の命のもろさを知ります(Ⅱペテロ3:8)。人生は、洪水がすべてを飲み込んで海に流れるようなものです。寝た時間が8時間でも、ひと時のようであるのと同じです。豊臣秀吉は晩年に、「悲しい、悲しい」と言い、「浪速のことは夢のまた夢」と辞世の句を残しました。人生は、朝に咲き、夕方に枯れる朝顔に似ています。
2) しかし、私たちの神は永遠であり、主を信じる私たちの内におられることを御霊によって知ることができます(Ⅰヨハネ3:24)。3)人の生き方には、①快楽主義、②物質中心主義、③自己中心の三つがあります。しかし、キリストを救い主と信じる者の人生は、神を我が家としてくつろぎ、心を開いて何でも語り、み言葉に生きる幸いを知ることができるのです。

Ⅱ. 人の罪に対する神の怒り(7-12)…
1) 民数記はイスラエルの民の不信仰と不従順、呟きなどに対する神のさばきの歴史が記され、私たちもその歴史から学ぶことができます。
他人に知られる罪と知られない罪がありますが、神はすべてをご存知です。
命のはかなさを知らされます(Ⅱペテロ3:8)。墓を見て謙りましょう。人は神の御業を初めから終わりまで見きわめられません。友や親しい者との別れがあり、私たちも忘れ去られることは淋しいことです。しかし、神は私たちひとりびとりを覚えておられます(詩編8:4、イザヤ49:15)。
2) クリスチャンの喜び。たとえ罪を犯しても、御子による血の贖いを信じ、罪なき者とされるので、自分の正しさではなく、主の血潮のゆえに神の前に立てるのです(Ⅰヨハネ1:7)。神の前に立つ時はヒゼキヤ王のように、ただ憐れみを求めるのみです(イザヤ38:1-5、詩編130篇)。
3) 神は私たちに永遠への思いを与えられました(伝道の書3:11)。多くの人々は神に生かされている日々を、罪に罪を重ね、肉欲の欲するままに生き、空しく生きています。しかし、主にあって罪の世から救われた私たちは、生かされている日々を大切にする知恵の心をいただき、神を畏れ、神に喜んでいただける歩みをさせていただきましょう。

Ⅲ. 朽ちる人の祈り(13-17)…
1) 人生の様々な試みに対し、神の大きな喜びを受けるに相応しい者に変えられたことを覚え、神に期待して祈り待ち望み、乗り越えましょう。しかし、人の不信仰と忍耐の足らなさを覚え、悔い改めて神に帰る時、真っ先に祈り求めるのは、神の憐れみです。
2) ビ・ゴッドフレー・バックストン師は、「私たちの働きの中で最も大切なことは、私たちの生涯がキリストのごとくなることです。ホーリネスということは単に心が清いということだけではありません。私たちの日常生活、品性、性格、行為がホーリネスでなければなりません」と言われました。人間は無力ですが、神を畏れる者は主の祝福に与り、勝利することができます(ローマ8:37)。私たちの業が祝福されて子孫が救われ、神に栄光を帰することができるのです。

教会の各活動



9/15 大塚国際美術館見学ツアー
午後は、CS教師会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(9月16日)10:30~


聖書:マルコによる福音書10章45節
題:仕えるため
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:267、38



○聖書研究祈祷会 水曜日(9月17日)19:30~


聖書:マルコによる福音書11章27-12章12節
題:何の権威によって
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:100、206、446



○主日歓迎礼拝 来週日曜日(9月21日)10:30~


招詞:ヘブル書4章14-16節
交読文:24  詩篇67篇
聖書:ルカによる福音書18章9-14節
題:神に受け入れられる祈り
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:18、190、198