2017年12月11日月曜日

12/23「クリスマスキャンドルライトサービス」のご案内

※この記事は、12/23の「クリスマスキャンドルライトサービス」のお知らせです。

京都信愛教会では今年も、「クリスマスキャンドルライトサービス」を行います。

ろうそく(安全のため LEDでの模擬的なものです)の灯りの下で、クリスマスの賛美をし、聖書の言葉を聞き、クリスマスメッセージを聞きます。


どなたでも入場無料です(信徒かどうかを問いません)。

詳しくは、下のチラシをご覧ください。




■日時


2017年12月23日(土) 19:00~20:30


■内容

  • クリスマスの賛美
  • 聖書の言葉
  • クリスマスメッセージ
  • 献金(自由です) 

 ■会場・お問い合わせ


日本イエス・キリスト教団 京都信愛教会
京都市北区大将軍坂田町21番地12
TEL(075)461-1938
牧師: 長谷川和雄
副牧師: 長谷川ひさい

※当教会は、伝統的なプロテスタントの流れを汲むキリスト教会です。

2017年12月3日日曜日

第1アドベント礼拝「真実な神の言葉」

第1アドベント礼拝メッセージ「真実な神の言葉」イザヤ書55章8~13節


長谷川和雄師


神の約束のことばは真実で、長期的で時には瞬時的です。神を愛する者に最善をなされます。今日の個所で神が人と対比され、超越的で絶対的な事が記されています。真実な神に信頼を置く者には、今たとえ苦難の中にあっても、最終的に神による喜びを手にすることが出来る、との神の約束が、神ご自身のことばとして、美しく詩的に表現されています。

Ⅰ、神と人間(8—9)…

  1. 思いと道。神と人間の思いと道が比較されています。「わが」は神ご自身であり、「思い」は考え、計画、構想です。「道」は思いを実行する時の手段、方法です。その思いと道が、神と人では全く異なります。「あなた」とは、神を畏れ敬う人ですが、それでも神の思いと道は全く異なります。
  2. 違いは、神と人には天地の差があり、神の思いと道を人には理解できません。人が知っていると言う人は、み前で知るべきことも知らない人です。だから、人が神の思いと道の違いを理解し、納得出来ないことを受け入れることは重要です。神の悪人の赦しは人の理に反し、人は悔い改めをためらいます。神は全知全能であり(ルカ1:37)、神を畏れ敬い、信頼し、全てを任せて従う者に神の平安が与えられます。

Ⅱ、神と人の思いと道の相違(10)…

  1. 人の言葉は、人の思想、意思、計画等を明らかにし、人を動かし、出来事を起こし、時には人や事態を混乱させ、破壊し、虚しさを残しやすいです。
  2. 神のことばは、神の思想、意思、計画などを明らかにし、「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」(創1:3)様に、ことばが現実になります。また主が、死んだ者に「起きなさい」(マコ5:41)と言うと生き返りました。ことばのヘブル語の原語の意味は、「ことば・出来事」で、語られた神のことばは必ず現実になります。イスラエルの民が神のことばに聞き従うと神の栄光を拝し、聞き従わないと民は敗北し困難をもたらしました。地に雨を降らせ良きものが生じるように(10)、神のことばには力があり、救いと命を与えます。神のことばは生きており、活動し、力を持っています。これが人の言葉との大きな相違点です。「草は枯れ、花はしぼむ。しかし…神の言葉はとこしえに変ることはない」(イザ40:8)。だから、預言者は神のことばを絶対的に信頼し、聞き従うように、民に常に力強く訴えたのです。

Ⅲ、神のことばの確かさの保証(11)…

  1. 神の保証。神のことばの成就が、人の期待する形、時期、方法、場所等で違う事が多く、直ぐ受け入れられませんが、神ご自身が保証します。
  2. メシヤの現れ。ユダヤ人のメシヤ観は、ローマの属国から解放する強い王であり、主の説く救い、神が人となったこと、誕生の預言の成就、方法、主の御業、十字架、復活等を理解し、信じることが困難でした。神の道は何にも妨げられず、主は十字架の道を自ら進んで歩み、民は主を十字架で処刑しました。
  3. 人の思いと道。人は神から遠く離れ、深く広く高い神の思いと道、神の存在や、神の業が分からず、神を人の道具にして祈りますが、不信仰で神は死んだとさえ言います。しかし、真の預言者も主も、神のことばに堅く立って歩むことが、人の生きる道ですと訴え続けます。

Ⅳ、神のことばに生きる者への約束(12—13)…


神のことばに堅く立って歩み続ける者に与えられるもの。記された喜びは、バビロン捕囚から解放の出来事です。その解放の喜びを、自然の擬人的表現で、役に立たず作物の害になる植物が、有用で薬用になる木が生えると記します。解放の喜びは、平安を永久に満たし続けます。主の再臨の約束を覚え、アドベントの今、み言葉の約束に堅く立って歩み、いつでも神の前に立つ備えをしましょう。



教会の各活動


教会役員会が行われました。


今週~来週の予定

○婦人祈祷会 火曜日(12月5日)10:30~12:00


聖書:創世記1章27節
題:神のかたち
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:1、448

○聖書研究祈祷会 水曜日(12月6日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝20章17~38節
題:ミレトでの決別説教
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、143、385

○第2アドベント礼拝 来週日曜日(10日)10:30~12:00


招詞:マルコによる福音書1章15節
交読文:37  詩篇119篇
聖書:ヨハネの福音書1章1~5節
題:「初めに言があった」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:68、75、361

2017年11月26日日曜日

主日歓迎礼拝「主に感謝せよ」

主日歓迎礼拝メッセージ「主に感謝せよ」詩篇136篇1節


長谷川ひさい師


400年程前、英国からアメリカ大陸に信仰の自由を求めて、約120名の人々がメイ・フラワー号(船)でやって来ました。人々は慣れない土地で、森の木を切り丸太で家を建て、生活を始めますが、多くの人は都会育ちで農業に慣れておらず、約半分の人々が飢えと寒さで死にました。春に親しくなったインディアンから、トウモロコシやえんどう豆、小麦、大麦などの種まきを教えてもらい、2度目の秋には沢山の収穫が与えられ、教会で感謝の礼拝をしました。また、インディアンの友を家庭に招き、パンやケーキを作り、野生の七面鳥やカモの焼き肉を作り感謝しました。これが収穫感謝の始まりですが、米国では毎年11月第4日曜日を収穫感謝の日(祭日)にしました。

日本では11月23日を勤労感謝の日とし、年に一度、収穫や元気で働けたこと、他の方々の苦労を覚えて感謝することは素晴らしい事ですが、年に1度の感謝で終わらず、普段の生活でも感謝することは大切であり必要な事です。自然の恵みを感謝し、親の恩を感謝し、先生や先輩の愛を感謝することも大切であり、これを導き祝福して下さる神に感謝することを忘れてはいけません。

  1. 今日の聖句をリビングバイブルでは「絶え間なく恵みを注いでくださる主に感謝しなさい」とありますが、この感謝の心は美しい人格の要素です、とある方が言いましたが、案外私たちは当たり前と思い感謝の心を失っていないでしょうか。朝、目覚めた時から、夜床に就くまでどうでしょうか。いやな出来事や、面白くないことに遭遇したことを思い出し、「今日はついていない」「つまらない」「馬鹿々々しい」と、文句ばかり出て来ていないでしょうか。思いがけない交通事故、商売が失敗したりするとなお感謝できません。農家の方々も、今年のように風水害で作物がダメになると感謝できません。
  2. では私たちは、なぜ日ごろ感謝できないのでしょうか。それは、私たちにわがままな心、自我があるからです。いつも自分が中心で、「私が」「俺が」という自己中心な心があるからです。この自己中心は、感謝な心を失わせ、やがて妬み、恨み、不平不満を言わせます。これが罪です。罪とは、法律に触れることだけではなく、自我を突っ張り、我ままいっぱいに生活する事も罪です。その罪は、自分自身や周りの人々の心を痛め、そして、そのために人々と仲良くできなくなり、争いごとになり、ついには傷害事件や殺人にまでなりかねないのです。
  3. 主は「茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない」(マタ7:16—18)と言われました。わがままで悪い心では、悪い行いや悪い結果しか生まれてきません。しかし主は、こんな私たちを新しく造り変えるために来られました。主は私たちに、新しい心と新しい思いを持つ人に変えてくださいます。主は、その罪を取り除くために十字架にかかり死んでくださり、永遠の命を与えてくださるために3日目によみがえられたのです。「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである」(Ⅱコリ5:17)とあるように、主を信じる時、私たちの心に感謝の心が与えられ、罪の赦しを心から感謝し、喜びに満たされます。そして周りの人々に思いやりのある暖かい愛が生まれてくるのです。私たちも主にあって罪を赦された感謝を新たにしましょう。そして、いつも主を見上げ、感謝の生活を送りましょう。


教会の各活動


会衆賛美の様子
ハンナ会(クリスマス会)、青年会(クリスマス準備)が行われました。


今週~来週の予定

○婦人祈祷会 火曜日(11月28日)10:30~12:00


聖書:マタイの福音書14章18節
題:ここに持って来なさい
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:19、232

○聖書研究祈祷会 水曜日(11月29日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝20章1~16節
題:励ましと慰め
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:201、445、317

○第1アドベント礼拝 来週日曜日(3日)10:30~12:00


招詞:イザヤ書40章4~5節
交読文:49  イザヤ書40章
聖書:イザヤ書55章8~13節
題:「真実な神の言葉」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:9、67、361

2017年11月19日日曜日

主日礼拝「心の深みまで新たに」

主日礼拝メッセージ「心の深みまで新たに」エペソ人への手紙4章17~24節


長谷川和雄師



誰でも孤独と不安と虚しさを感じますが、億万長者でも同じです。主は一人のいのちの尊さ、存在の重さを教えました(マタ16:26)。孤独や不安を解消するために、欲望を満たそうと貪る人生は結局、虚しいままで終わってしまいます。

Ⅰ、神から離れた歩み(17—19)…


真の神を知らず、神から離れて歩む者の心をこの個所に見ます。
  1. むなしい心(17)。その心は、「実を結ばない・無駄・いくら求めても到達できない」心の状態です。もし、人が神の被造物でないなら、偶然の存在で、意味も目的もなく、人生が空しいです。しかし聖書は、神が人間を意味と目的をもって創造したと教えています。その意味や目的は、神は愛そのものの方で愛の対象として人を創造しました(1ヨハ4:8)。ですから、私たちの存在が神の目的であり、神に造られたことを感謝し、神の愛を喜んで生きることが、神の喜びです。愛の神のみこころに生きることが人生の目的であり、神に用いられるとき、私たちの存在の価値が最大限に引き出されます(ロマ12:2)。
  2. 頑なな心(18)。「頑なな心」(新改訳)の原語は「特別に固い石」の意味の派生語で、創造主に背を向け続け、神との関係がズレた状態のままで歩むことです。動脈硬化によって命の危険が迫るように、どんどん頑なとなって神の命から遠く離れる心です。イスラエルの民は、モーセに率いられエジプトを脱出し荒野を旅しますが、神は愛をもって必要を満たしましたが、神の言葉に耳を傾けず、従わず、少しの困難でも、つぶやき、文句を言い、神に背く「強情・頑固・うなじのこわい」民で、「かたくなな民」(出32:9他)と言われました。その頑なな心ゆえ、40年荒野をさ迷い、民の多くは約束の地に入れず、途中で命を失いました。頑なな心にならないために心を点検し、神への信頼や感謝の心を失ってないか、不満・愚痴・妬む心がないか、など不信仰を確認したら、主の十字架の血潮を仰ぎ、み言葉の約束に立ち、神のみこころに従い、主への信仰を告白しましょう。そして、神の愛や恵みや真実や祝福を思い起こし、神との交わりを回復しましょう(ヘブ3:8)。
  3. むさぼりの心(19)。その心は「道徳的に無感覚」(新改訳)となり、自分の欲望が満足されるなら、人の非難を気にかけないという態度で、獣のような心です(詩篇73:22)。「人の心には、神以外には埋め尽くすことの出来ない空洞がある」(パスカル)ともあります。

Ⅱ、新しい人生(20—24)…


この個所で、真理の主が教えた生き方は、主とくびきを共にし、主から学ぶ事です(マタ11:29)。
  1. 古い人を脱ぎ捨てる(20-22)。「空しく、頑なで、貪る心」のままに生きていた古い人を脱ぎ捨てることは、自分の努力や頑張りではできません。古い人を十字架につけるのです(ガラ5:24)。それは磔殺信仰、神を信じ(2コリ5:17)、明け渡す信仰によってです。信じる時、私たちの内に聖霊が宿り、新しい命に生きる者として新創造されたのです。
  2. 新しい人を着る(23-24)。十字架の恵みによって罪を赦され、きよめられ、「義」とされ、神と正しく、親しい真っ直ぐな関係を持てるのです。主の十字架の贖いは完全です。また、「聖」なる者とされ、神は私たちの本来の価値を引き出し、私たちは「神にかたどって造られた新しい人」を着る者とされます(ロマ13:14)。聖霊は神の御性質である愛、真理、誠実、寛容、忍耐などに与る者とされます。カルバリーとペンテコステ、十字架と聖霊と言われてきた通りです。弱い私たちですが、信仰の創始者・完成者である主を仰ぎましょう(ヘブ12:2)。

今週も、この主に教えられ、支えられ、豊かな恵みと真実の中を歩みましょう。



教会の各活動


本日は転会式も行われました
CS教師会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(11月21日)10:30~12:00


聖書:イザヤ書65章16節
題:神による祝福
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:190、427

○聖書研究祈祷会 水曜日(11月22日)19:30~21:00


聖書:箴言28章13~14節
題:罪を言い表す
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:41、262、266

○主日歓迎礼拝 来週日曜日(11月26日)10:30~12:00


招詞:詩篇100篇1~2節
交読文:43 詩篇136篇
聖書:詩篇136篇1節
題:「主に感謝せよ」
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:7、171、427

2017年11月12日日曜日

主日礼拝「幼児を抱かれる主」

主日礼拝メッセージ「幼児を抱かれる主」マルコによる福音書9章30~37節


長谷川和雄師



児童祝福式の様子
今日、児童祝福式を行いました。この個所からイエスの子どもへの思いを見ます。マルコ8章は大転換点で、ピリポ・カイサリア地方で、主は初めて弟子に自分の受難の死と復活を預言しましたが、弟子や民のメシア理解に大きな相違があり、ご自分がメシアであることを言い広めてはならないと命じました(8:30)。メシアが正しく理解されるためには、主の十字架の死と復活が必要でした。9章に入り変貌の主を弟子が見た後、一行はひたすらエルサレムに向かいます。

Ⅰ、メシア理解の混乱…

  1. 主の一行は、かつて主が洗礼者ヨハネから洗礼を受け活動を開始し、12弟子を選んだカペナウムに到着する前、主は再び受難と復活を預言しました。最初の預言の時に驚いたペテロのメシア理解が、民族解放の英雄なので主の預言を否定し、主から悪魔同然だと叱責されました。ですから、この時も弟子に預言の意味を理解されておらず、怖くて何も聞けなかったのです。
  2. また、弟子の間に主に従うことは一体何か、との疑問がありました。この方はエルサレムに入城した後、天の軍勢の力で占領者と政権を打ち倒し、ユダヤ民族を解放し、真の王として君臨し、諸国に命令する方と信じて従って来たが、主が死んだら民の解放や、弟子の立場はどうなるのか。また、復活後、民族解放運動が新局面に入るのか、とメシアのイメージが混乱していました。メシアに対する正しい意味を理解するためには、十字架と復活の出来事が起きないと無理でした。こんな状況なので、人々に知られないために、前に入った家に入りました(30—33)。

Ⅱ.仕える者になる事…


カペルナウムで家に入った主は、弟子に道中で何を話していたのか聞きますが、「だれが一ばん偉いか」(34)との話しを誰も言えません。主は全てをお見通しです。人でなく神の目で見て最も偉く、神のみこころに適う偉大な者は、「一ばんあとになり、みんなに仕える者とならねばならない」(35)と教えます。これは、主が行ったことでした。主は神の栄光に包まれていましたが、神への不従順と罪ゆえに神との親しい交わりを失った人間の回復ために、人類の全ての刑罰の身代わりに十字架で死んだ主を救い主と信じるなら神は赦しを与え、永遠の命を与え永遠に神と親しい交わりができるようになったのです。正に、全ての人の後になって全ての人に仕え、一番先の者になったのです(ピリ2:6—11)。ここで、主は心を低くし、僕のように皆に仕える人が、実は一番偉いということでした。また、本当に偉い人は人の評価を気にしませんが、中身のない人は自信がないので、人目や世の評価を気にするのです。

Ⅲ.幼な子を受け入れる…


「一ばんあとになり、みんなに仕える者」(35)ということについて、主は言葉と行為をもって教えました。主と弟子が車座に座り、子どもの立場が全く弱い時代に、幼な子の手を取り真ん中に立たせ、「抱き上げて」 (36.新共同訳)、主は「わたしの名のゆえに」(37)、世話を焼かせ、手がかかり、時間をとられる子どもを、あたかも主ご自身であるかのように幼な子受け入れることが、主を受け入れられない「みんなに仕える」(35)ことです。幼な子には、大人同様に救いと永遠の命の道が開かれていることを認めて、幼な子を受け入れることは、主と父なる神を受け入れることです。この十字架の福音を受け取っていない大人や幼な子は、世に大勢います。今日、信仰継承を考える時、幼い魂の祝福と守りを毎日祈り、幼な子の素直な心に信仰を継承し、幼な子を通して大人への信仰継承がなされ、いよいよ神のみ名が崇められる事をお祈りしましょう。



教会の各活動


会堂大掃除(壮年会、ハンナ会、青年会合同)が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(11月14日)10:30~12:00


聖書:2コリント書7章5~6節
題:慰める神
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:41、251


○聖書研究祈祷会 水曜日(11月15日)19:30~21:00


聖書:詩篇32篇1~8節
題:罪が赦される
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:191、264、266


○主日礼拝 来週日曜日(11月12日)10:30~12:00


招詞:イザヤ書57章15節
交読文:19 詩篇51篇
聖書:エペソ書4章17~24節
題:「心の深みまで新たに」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:224、369、428

2017年11月5日日曜日

主日礼拝「愛のうちに育つ」

主日礼拝メッセージ「愛のうちに育つ」エペソ人への手紙4章14~16節


長谷川和雄師



最高の賜物、主イエスさえ惜しまず私たちに与えた神は、無条件に無限の恵みを下さいます。主は、神の栄光を捨てて人となり最も低いところまで降り、人の弱さや痛み、苦しみを理解し、身をもって生き方を示し、罪を負い十字架で死なれて罪を赦し神との和解の道を開き、復活し死に勝利しました。主は全てに打ち勝つ力と権威を持ち、主に信頼する者を様々な束縛から解放し、豊かな恵みを与える勝利の王で、天に上りました。主を、聖書を通して知り、私たちを整え互いに仕える心を与え、主のからだなる教会を建て上げます。だから、健全な信仰生活とは健全な教会生活です。続きを学びます。

Ⅰ、波風に翻弄されず(14)…


この世には、色々な教えの風が吹き、人生を台無にする宗教的な悪巧みや策略が多くあります。当時も色々な間違った教えの風が吹き、今も吹いています。

  1. 「救いには努力が必要」という条件付きの教え。主の十字架と復活によって永遠の命が与えられました。神の賜物であり恵みの救いを受け取り、主を救い主として信じ受け入れる信仰だけで救われます(2:8、ヨハ1:12—13)。しかし、信じるだけでは不十分で、戒めと儀式を守り、善行が必要、という教えは説得力があります。なぜなら、私たちは努力して何かを得る生き方に慣れていて、疲れる修行努力を好みます。異端やカルトは、救われるためにもっと伝道と献金をすべきです、と教え人々を縛り操ります。赤子は自分の努力で生まれてきません。
  2. 「特定の人間に権威がある」という教え。聖職者を階級に分け、階級が上ほど大きな権威と権力を持ち、聖書の権威を越え、神になってしまい、信徒は神に親しく祈れません。聖書は、神と私たちの仲保者は主だけです(1テモテ2:5)。
  3. 「自由だから何をしてもかまわない」という節度がなく気ままな教え。主は自由を与えてくださったのだから(ガラテヤ5:1)、欲望の赴くまま罪と快楽を経験しつつ、魂を清く保つのが鍛錬だ、などと考えます。しかし、聖書は、私たちには、全てのことを「する自由としない自由」があり、無益で徳を高めず人を支配し縛ってはいけないと教えます(1コリ10:23)。次に健全な歩みを学びます。

Ⅱ、愛を持って真理を語る(15)…


主ご自身が真理です(ヨハ14:6)。真理を語るとは、主が愛と恵みと祝福を豊かに与える方だと語ることです。愛のない者に神は分かりません(1ヨハ4:7—9)。神は愛そのもので、主は神の愛を具体的に表した方です。主を語るとき愛がなければ、本当に真理を語っていません。エペソ教会は「初めの愛から離れ…た」(2:4)とあり、彼らは正当性を守ろうとするあまり、大切な愛を失ったのです。私たちに弱さや欠点、間違いや失敗があっても、主は愛し、赦し、導き、成長させ、キリストご自身に似た者へと変えてくださいます。愛と真実に満ちた主をいつも見上げ、主の愛をもって真理を語りましょう。

Ⅲ、愛のうちに育つ(16)…


教会は主のからだであり、私たちはからだではなく器官です。自分の正しさを捨て、「キリストを基とし」、主のみこころのみ言葉と、同じ信仰に立つ時、教会は健全に成長します。主が私たちを愛の絆で組み合わせ、結び合わせ、成長させ、建て上げてくださいます。その愛は、神・キリスト・聖霊が与えてくださる愛、神の愛に支配され、愛を豊かに受けて、その愛に応える者とされ、主にある者同士、互いに愛し合って結ばれるのです。今週も、キリストの豊かな愛の中に育てられ、恵みと真の中に必要が満たされ、日々主にある平安に生かされ、主に似た者とされていることを覚えつつ歩みましょう。




教会の各活動


教会役員会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(11月7日)10:30~12:00


聖書:エレミヤ31章16節
題:わざに報いがある
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:285、183

○聖書研究祈祷会 水曜日(11月8日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝19章21-41節
題:異教文化の反応
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:267、458、460

○主日礼拝 来週日曜日(11月12日)10:30~12:00


招詞:ヘブル書4章14-16節
交読文:41 詩篇127篇
聖書:マルコによる福音書9章30—37節
題:「幼児を抱かれる主」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:2、483、聖歌490

2017年10月29日日曜日

創立70周年記念礼拝「生きている教会」

創立70周年記念礼拝メッセージ「生きている教会」ヨハネの黙示録1章9~20節


北尾欣三師(当教会出身、教団引退牧師)



教会創立70周年記念礼拝に招かれ感謝している。1947年に京都信愛教会として発足、日本キリスト教団の教会となり、1952年に日本イエス・キリスト教団に加入した。私は、北野に会堂があった頃導かれた。1960年に献身し、皆さんの祈りによって今日あることを感謝している。教会が、今日まで守られ導かれたことを感謝したい。キリストが主として治めておられることを信じて歩んでいただきたい。教会が最初からきびしい状況にさらされてきたことを忘れてはならない。しかし、天地の主、教会の主に信頼して,信仰の火を燃やし続け、前進したい。

  1. 黙示録は、紀元80年頃、ローマ帝国に迫害されたヨハネが福音のためにパトモスに流された時に見たキリストとメッセージが記されている。帝国は彼を捕らえたが、神の言葉を島流しにできなかった。主は黙示を与え、教会の隠された栄光を教会に示した。彼と信徒たちは、石切の強制労働前に早朝礼拝をし、彼がアジアの諸教会を想いつつ礼拝していた時、彼は「大きな声」(10)で、「あなたが見ていることを書きものにして…七つの教会に送りなさい」(11)と力ある明確な声を聞き振り向くと、「七つの金の燭台」(12)の間に「人の子のような者」(13)が見えた。私たちは礼拝堂で礼拝しているが、信仰の目は誰に向けられ、誰の声を聞いているか。「七つの金の燭台」は、火皿のある一つの燭台(神殿のメノーラ)で教会を表し、燭台には灯がともり赤々と暗闇を照らしていた。当時の教会は洞窟の教会でしたが、激しい迫害の嵐が吹いても燭台の火は消えなかった。教会に「人の子のような者」が無限の供給者としておられる。私たちは教会の頭として、無限の供給者の臨在を見失わず、生き生きとした信仰を持っている限り、灯は決して消えない。
  2. 「人の子はどんな方か」。ヨハネは大祭司(13)により神に近付き、聖なる神を知った(14a)。私たちは主から聖なる者とされた。燃えるような熱い目を持って見つめ(14b)、全てを知り守り導く方である。私たちは弱く疲れ果てることがあるが、彼は決して弱り疲れない方である(15a)。狭い会堂で、少数の人に語っているようであるが世界に届く(15b)。「聖書人生相談」(you tube)は、日本各地で聞かれている。私たちは小さく弱いが、御使を遣わし教会を守り、導くことを信じよう。
  3. 「右手を置かれた方」。栄光に圧倒され倒れ平伏しているヨハネに右手を置き、「恐れるな」(17)と言われた。命の主、恵みの主が右の手を置かれ、恐れは確信と平安に変わる。今朝、私たちは主が右の手を置いて「恐れるな」と言われたことを信じて帰ろう。主は、私たちに手を置いて言われる。

  • 「わたしは初めであり、終り」(17)。永遠におられ、天地の創造者で完成者、教会の初めで完成者、信仰生活の初めで完成者が、自分の修行や努力で信仰生活を全うできない者に手を置き救いの完成を宣言された(ヘブ12:1)。主の御手を信じて信仰生活に励みたい。
  • 「世々限りなく生きている」(18a)。主は死んだ者の神でなく生ける神であり、歴史を支配し、私たちを聖霊により生かし、支え、守り、必要を満たす方である。全ての人は死に勝てないが、主は、復活により永遠の勝利者となった。世々の教会は.この勝利を信じ続け、困難を乗り越えてきた。
  • 「死と黄泉とのかぎを持っている」(18b)。主は、死と陰府を支配する権威を持つ方である。私たちは、「あなたの命はわたしにある」と主に言われ恐れはない。主を見上げて、できる奉仕をしていきたい(2:10)。ポリカープ(150年頃スミルナの監督)に倣い、静まって、主の御手があることを受け取ろうではないか。




教会の各活動


ファミリーコンサートが行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(10月31日)10:30~12:00


聖書:詩篇27篇3節
題:頼むところ
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:260、280

○聖書研究祈祷会 水曜日(11月1日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝19章8-20節
題:主のみ言葉の力
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:42、183、361

○主日礼拝 来週日曜日(11月5日)10:30~12:00


招詞:ヨハネの福音書15章9-10節
交読文:57  1コリント書13章
聖書:エペソ書4章14~16節
題:愛のうちに育つ
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:2、341、349