2017年12月31日日曜日

年末感謝礼拝「神の恵みを忘れるな」

年末感謝礼拝メッセージ「神の恵みを忘れるな」詩篇103篇1~5節


(長谷川和雄師)


詩篇103篇は、1~5節までは個人的感謝を、6節以降は民全体への主の恵みと憐みが記されています。感謝は礼拝の重要な要素です。感謝の心は神の恵みを理解し、体験している表れです。この一年、今日に至るまでの守りや、神の祝福を心から感謝しましょう。

Ⅰ. 自分への呼びかけの大切さ…


  1. なぜ、自分の魂(自分自身)に向かって呼びかける必要があるのでしょうか(1)。あるがままの私たちは、神を褒め称えないで自分の功績を褒め称えようとします(ルカ10:25—28)。これが罪の根です。私たちは十字架の血潮のゆえに、主を称えることができるのですから、全存在をかけて主を信じ、十字架の愛を受け入れましょう。
  2. 「聖なるみ名をほめよ」(1)。「聖」とは、罪深く汚れた者が、主の十字架の血潮のゆえに主の所有とされ、主のために用いられ者です。
  3. 「すべてのめぐみを心にとめよ」(2)。ダビデは、主の恵みを忘れやすく、恨み、悪意などは忘れず覚えていて、主の恵みに慣れる事は信仰の危機と感じたのです。だから、「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」(2、新改訳)と、自分や民に言う必要がありました。

Ⅱ. 主の恵みへの感謝の心…


私たちは、主の恵みや神の祝福はすぐに忘れてしまう者です(ルカ17:11—19)。神の恵みや祝福を具体的に記します。

  1. 「すべての不義をゆるし」(3)。強情、ひねくれた心、ゆがんだ心は、自分に与えられたものを感謝せず、いつも他人を比べ、ないものねだりをする心です。罪人で、的外れな事を言ったりやったりし、神に背を向け、永遠のさばきに定められ、神から見捨てられて当然な者を、神は十字架を通して見て全部赦してくださいました。主の忍耐を覚えて感謝します。
  2. 「すべての病をいやし」(3)。各種の痛み、痛烈な痛みを伴う末期ガン。しかし、痛みを伴わない病はそれ以上に怖いです。現代の医療の恩恵にも感謝し、その背後におられる癒しの神に感謝します。
  3. 「いのちを墓からあがないいだし」(4)。「地獄行きの身を身受けし」(リビングB)。愛せず、赦せず、自分を飾り、嘘、偽善、弁解、虚栄に生き、罪によって死んでいた者を、神は愛し、主を信じる者を主と共に生かし救い出し(エペ2:1—8)、絶望に変え、生きる希望を与えてくださったことを感謝します。
  4. 「いつくしみと、あわれみとをあなたにこうむらせ」(4)。「恵みとあわれみとの冠をかぶらせ」(新改訳)。「冠」は、王や勝利者に与えられるものです。神は、私たちを王か罪の勝利者として見てくださるのです。これは、母親にとって我子は、王子が扱われるように大切に扱います。そんな特権に与っていることに感謝しましょう。
  5. 「生きながらえるかぎり、良き物をもって…飽き足らせられる」(5)。主が男5千人の給食をされたように(マタ14:14—21)、神はいつでも、どこでも、誰に対しても、良きものをもって満たします。あらゆる恵みを、溢れるばかりに与える神に心から感謝しましょう(Ⅱコリ9:6—11)。神は良いものしか与えられない方です。その事のゆえに、神に感謝するのです。
  6. 「若返って、わしのように新たになる」(5)。鷲の羽は一年ごとに生え変わり、新しい力を受けるように、主を待ち望む者は新しい力を受けます(イザ40:28—31)。み言葉に生きる者を、神は豊かに祝福し、豊かな実を結ばせ、栄えさせてくださると約束しています(詩篇1:2—3)。そのような人は「年老いても、なお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂り」、感謝な生活ができるのです。主にあって、いつも生き生きとした姿、若返りが約束されているのです。十字架の恵みによって罪の赦しが与えられる約束のゆえに、主に心から感謝する年末でありましょう。


教会の各活動


クリスマスの片付けが行われました。


今週~来週の予定

○元旦礼拝 今週月曜日(1月1日)10:30~12:00


招詞:イザヤ書43章19節
交読文:30  詩篇96篇
聖書:詩篇9篇1~6節
題:みわざを宣べ伝えます
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:2、435,429

○聖書研究祈祷会 水曜日(1月3日)19:30~21:00


※休会します(1月10日から再開)

○新年礼拝 来週日曜日(1月7日)10:30~12:00


招詞:Ⅱコリント書5章17節
交読文:1  詩篇1篇
聖書:エペソ書4章25~32節
題:「新しい人の歩み」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:27、374、382

2017年12月24日日曜日

クリスマス礼拝「さあ、ベツレヘムへ」

クリスマス礼拝メッセージ「さあ、ベツレヘムへ」ルカによる福音書2章8~20節


(長谷川和雄師)


神の御子はベツレヘムに生まれ、その様子を燭火礼拝で学びました。生れた所は暗く、汚く、惨めな家畜小屋でしたが、それは、そんな所しか提供できなかった人間の惨めさです。神は、人に見せられない、醜い所を御子の宿り場とされました。人間の暗く、醜くい罪と恥と弱さこそ、最も救い主を必要なところで、救い主に出会える場所です。その暗くて恥じる部分をもって、主の前に立てる事を知らされるのが、本当のクリスマスです。今日はその続きです。この神の御子イエスの誕生を、最初に聞いた人々は羊飼いでした。その羊飼いは、御子の誕生を知り、どのようにしたのか見ましょう。

Ⅰ. 羊飼い…


神が、御子の誕生を最初に知らせたのは、祭司やレビ人、聖書学者や宗教家、エルサレムの議員ではなく、羊飼いでした。
  1. 貧しい羊飼い。神は、羊飼いが動物相手の仕事で、当時は身分が低く、学問も無く、宗教行事に余り参加できず汚れており、罪に満ちた、そんな羊飼いを顧みました。救い主誕生の知らせには、貧しさとの主題があります(イザ61:1、ルカ1:48)。
  2. 他の羊飼いの姿。①ダビデ王は羊飼いであり、主なる神を自分の牧者、羊飼いとして賛美しました (詩篇23:1)。②主は、「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる」(ヨハ10:11)と語りました。これらから、羊を養い導く羊飼いを御子に当てはめ、私たちの魂の牧者の誕生を示しています。

Ⅱ. 羊飼いの反応…


羊飼いは、天の力によってクリスマスの出来事に導かれました。
  1. 生活の場に現れる主。羊飼いは野宿し羊の群れを守る仕事場に、突然主の使いが現れ、救い主誕生の知らせを知らされ、天の軍勢と御使いたちが共に神を賛美する姿を見て驚き恐れました。
  2. 素直な羊飼い。彼らは御使いが離れた時、疑わず素直な心で受け入れました。これこそ信仰の出来事です。彼らは、小さい時から救い主の預言を聞いていたので(教会学校の大切さ)、特別な形で知った救い主誕生の知らせを素直に受け入れ、「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこよう」(15)と、励まし合い、しかも、後でなく直ぐ、「急いで行っ」たので、「マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあて」(16)ました。
  3. み言葉通りを喜ぶ。羊飼いが見聞きしたことは、御使いの言った通りだったので、御子を素直に救い主と受け入れ、人々に救い主誕生を知らせ、神を賛美しつつ、自分の持ち場に帰りました。4)与えられたしるし。地上の事を通し、天的な事を知らせるのがしるしです。洗礼式の水や、聖餐式のパンと葡萄酒はしるしです。羊飼いへのしるしは、救い主と受け入れにくい弱い赤子で、しかも家畜小屋の飼い葉桶に寝ていました。私たちは外見的に判断しやすいですが、救い主に出会うのは、その人の弱く醜く隠したい所で、救い主の印を見るのです。

Ⅲ. 私たちのベツレヘムとは…


神の御子が居られる所です。
  1. ベツレヘムなる教会。ベツレヘムに御子が居られ、教会には見えず隠れた形で主が臨在し、働き続けています。
  2. 神に出会う教会。神のみ前で、人ではなく神を礼拝しているのです。教会で神を知り、信仰を告白し、賛美し、祈り、み言葉を聞き、神に献げものをし、神の守りと導きを信じ、教会から持ち場に遣わされます。
  3. 助け合う教会。ベツレヘムに助けと保護が必要な、幼子イエスがいるように、教会に助けを必要とする人の内に主がおり、助けを待っています。互いに助け合うために教会に集められるのです。「さあ、教会に行こう」と礼拝に出席し、互いに執り成し、互いに助け合う所とさせていただきましょう。

クリスマス祝会の様子
教会の各活動


クリスマス祝会とキャロリングが行われました。


今週~来週の予定

○聖書研究祈祷会 水曜日(12月27日)19:30~21:00


聖書:マタイによる福音書5章9節
題:平和をつくる人
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:190、199、448

○年末感謝礼拝 来週日曜日(12月31日)10:30~12:00


招詞:詩篇95篇1~2節
交読文:31  詩篇100篇
聖書:詩篇103篇1~5節
題:「神の恵みを忘れるな」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:18、172、171

○元旦礼拝 来週月曜日(1月1日)10:30~12:00


招詞:イザヤ書43章19節
交読文:30  詩篇96篇
聖書:詩篇9篇1~6節
題:みわざを宣べ伝えます
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:2、435,429

2017年12月18日月曜日

12/23「クリスマスキャンドルライトサービス」のご案内

※この記事は、12/23の「クリスマスキャンドルライトサービス」のお知らせです。

京都信愛教会では今年も、「クリスマスキャンドルライトサービス」を行います。

ろうそく(安全のため LEDでの模擬的なものです)の灯りの下で、クリスマスの賛美をし、聖書の言葉を聞き、クリスマスメッセージを聞きます。


どなたでも入場無料です(信徒かどうかを問いません)。

詳しくは、下のチラシをご覧ください。




■日時


2017年12月23日(土) 19:00~20:30


■内容

  • クリスマスの賛美
  • 聖書の言葉
  • クリスマスメッセージ
  • 献金(自由です) 

 ■会場・お問い合わせ


日本イエス・キリスト教団 京都信愛教会
京都市北区大将軍坂田町21番地12
TEL(075)461-1938
牧師: 長谷川和雄
副牧師: 長谷川ひさい

※当教会は、伝統的なプロテスタントの流れを汲むキリスト教会です。

2017年12月17日日曜日

アドベント歓迎礼拝「クリスマスの光」

アドベント歓迎礼拝メッセージ「クリスマスの光」ヨハネによる福音書1章9節


長谷川ひさい師


教会では、クリスマスにキャンドル・サービス(燭火礼拝)をします。電気を消しロウソクを点け、静かに賛美し、聖書を読み、祈り、クリスマスの意義をしのびます。信愛教会では、毎年12月23日の夜に行いますが、主が人類の光として世に来てくださったことを、静かに心静め主の誕生の事を思いめぐらし、感謝する時です。

主は約2千年前、私たちの世界に神様の大いなる光を照らすために、ユダヤのベツレヘムに生まれました。今日まで、私たちの世界には多くの立派な宗教家や哲学者が生まれました。インドに釈迦が、中国に孔子、ギリシヤにソクラテス、日本に空海・日蓮・親鸞など素晴しい僧侶が生まれました。主は、人類の光と言われましたが、なぜでしょうか。

Ⅰ. 愛の光…


人間は真の神を知らないので、主は真の神の愛を、私たち人間に示しました。格別に日本人は、神といえば神社に祭られている神々を神と思っています。しかし、聖書に「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった」(ヨハ3:16)とあり、また、「神は天と地とを創造された」(創1:1)とあるように、真の神は天地の創造者、保持者であり、全世界の歴史を支配し導いています。また、「わたしは初めであり、わたしは終りである。わたしのほかに神はない」(イザ44:6)とあるように、真の神は全能で霊なる方であり、唯一の神です。そして、「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって…御子をおつかわしになった。ここに愛がある」(Ⅰヨハ4:10)とあるように、神が私たち一人びとりを愛する愛を表し、主をこの世におくり、人類に対する「愛の光」となりました。いつも主は、神の愛を人々に示し、何よりも私たちが互いに愛し合う事の大切さを教えてくださいました。

Ⅱ. 真の光です…


主は真の神の愛だけでなく、私たちに「真理の光」を表しました。神を離れた時、私たちの心は暗くなり、何が真実であり、何が真理であるか分からなくなりました。今日の世界の国々の間に争いがあり、社会に混乱があるのは、この何が真理であるかを見失ったことから起きているのです。私たちの毎日の生活の中でも、色々と意見が違ったり、争い、事件が起きていますが、この真の光が分からないからです。暗い心、暗い生活、それはわびしいものです。しかし、そのような私たちの世界に主は、きよく生きる事、正しく生きる事の幸いを示されました。主は、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつ」(ヨハ8:12)とあるように、私たちは主を救い主と信じる時、罪に汚れた生活から離れて、きよい光の中を歩む生活に変えられるのです。

Ⅲ. 救いの光…


主がこの世に来られたのは、「神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである」(ヨハ3:17)とあるように、罪と汚れから私たちを救うためでした。主は、十字架にかかり私たちの罪のために死なれ、三日目に復活し、救いの道を開かれました。主の十字架は私たちの罪の贖い、罪の身代わりとなり、罪の償いをされたのであり、復活は永遠の命の源泉となったのです。「『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった』という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである」(Ⅰテモ1:15)とありますが、私たちは主を救い主と信じるなら罪が赦され、神の子とされ、永遠の命をいただき、インマヌエルの主が日々共に歩んでくださるのです。今年も皆さんと共に、愛・光・救いである主を心に迎え、主の誕生を心からお祝いするクリスマスとさせていただきましょう。

教会の各活動


CSクリスマス会の様子
CSクリスマス会が行われました。


今週~来週の予定

○婦人祈祷会 火曜日(12月19日)10:30~12:00


※年末は休会し、1月9日から再開します

○聖書研究祈祷会 水曜日(12月20日)19:30~21:00


※休会します(12月27日は実施、1月3日は休会)

○燭火礼拝(キャンドルライトサービス) 土曜日(23日)19:00~20:00


聖書:ルカの福音書2章1~7節
題:救い主を迎え入れるところ
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:78、75、他

○クリスマス礼拝 来週日曜日(24日)10:30~12:00


招詞:ヨハネによる福音書3章16節
交読文:29  詩篇95篇
聖書:ルカの福音書2章8~20節
題:「さあ、ベツレヘムへ」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:76、78、75

2017年12月10日日曜日

第2アドベント礼拝「初めに言があった」

第2アドベント礼拝メッセージ「初めに言があった」ヨハネによる福音書1章1~5節


長谷川和雄師


主イエスの誕生を祝うのはなぜでしょうか。言は初めからある神であり、言である主は神であり、命は人々の光であり、この世の暗闇の中に輝く光として、来てくださった救い主であるからです。クリスマスを迎えるにあたり、この救い主を信じ受け入れ、神に会う備えをしましょう。

Ⅰ.言葉は神です(1)…


1) 主は永遠。
  1. 「初め」とは、全ての時よりも前、宇宙が始まる前を指し、主は天地創造時に創造されていません(17:5)。父なる神と共に栄光をもって存在していました(コロ1:16—17)。
  2. 「言があった」。普通「ことば」は「言葉」と書きますが、漢字一文字の「言」を「ことば」と読むのは、主を指す語として用いたからです(1:14)。なぜなら、神は御自身を示す「ことば」として御子を遣わしました。

2)神と共にある方。

「言は神と共にあった」。このことは、
  1. 主イエスは被造物ではなく、創造者であり、神と共におられる方です。
  2. 主は神と共にあり、永遠にある方です。
  3. 主は全ての時間よりも前からある方です。

3)神である主。

「言は神であった」と記し、主は神ご自身だと宣言します(1:14新改訳)。主は被造物の天使や神より劣るものだから、罪を贖うため神から権能を受けた方でなく、主は御父と同質の神で、世の存在前に居た方です。私たちを、神ご自身の血で買い取った神の教会(使徒20:28)に加えてくださり、主が天の窓を開き、真の神を見せてくださるのです。

Ⅱ.創造者の主イエス(2—3)…


この個所は、父なる神と御子は一つであり、万物を主が創造したことを告げ、神は御子を通して、天地創造の働きに係わったのです。ある異端者は、イエスは神の被造物であると主張していますが偽りです。主は万物の創造者です(詩篇148:4—5)。

Ⅲ.いのちと光の源(4—5)…

  1. いのち(4)。主こそが「全ての霊的生命と霊的光の源泉」であり、永遠のいのちです。人は、主から常にいのちを頂いて来ました(詩篇104:29)。主は、創造された全てのものの命の源であり、全ての命は主によって維持されています。御父である神は、御子を通し私たちに永遠の命をくださり、この命によって神と交われます。この与えられた命は光、知性の光を宿しています。この知性の光は、主がくださったもので、この知性の光によって神を知り、神の愛を知って、主の栄光を表すことができます。
  2. 光(5)。光の反対は闇です。闇は悪魔の力、悪、愛の無さ、罪を象徴します。神から見た私たちの世界は闇の世界です。世界の始まりの時、神が創造した世界は完全で、素晴らしいものでしたが、人間が罪を犯し、堕落し、神から離れ、呪いの中に生きるものとなりました。「やみはこれに勝たなかった」。他の訳は、「暗闇は光を理解しなかった」(新共同訳)、「光を受け入れなかった」(詳訳)。相手の考えを理解出来たら勝ったも同然です。「理解する」は「捕える、支配する」ことを意味します。聖書は光と暗闇の関係を示し、人間の知性が閉ざされたことを明確にします。神に背を向けた人間は、与えられた知性の光を暗くし、暗闇の中に閉ざされました。こうして人間は、神を知ることもできなくなり、知性の光によって主の栄光を表せなくなりました。神は、暗闇に閉ざされた人間を救うために、命と光の源である御子を、最も高いところから、最も低い死と暗闇のどん底の、この世に遣わし、命と光をもたらしました。このことを喜ぶのが、クリスマスを祝う意味です。私たちはこの命と光の中にあって、真の霊的生命と光を持ち続けることができるように、命の光である主を信じ、主に依り頼み、真の光の内を歩み輝かせていただきましょう。



教会の各活動


青年学生クリスマス会とCS教師会が行われました。


今週~来週の予定

○婦人祈祷会 火曜日(12月12日)10:30~12:00


聖書:詩篇69篇26節
題:傷と痛み
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:67、38

○聖書研究祈祷会 水曜日(12月13日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝21章1~16節
題:エルサレムを目指して
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:88、207、428

○主日歓迎礼拝 来週日曜日(12月17日)10:30~12:00


招詞:イザヤ書60章1-2節
交読文:46  詩篇148篇
聖書:ヨハネの福音書1章9節
題:「クリスマスの光」
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:8、68、73

2017年12月3日日曜日

第1アドベント礼拝「真実な神の言葉」

第1アドベント礼拝メッセージ「真実な神の言葉」イザヤ書55章8~13節


長谷川和雄師


神の約束のことばは真実で、長期的で時には瞬時的です。神を愛する者に最善をなされます。今日の個所で神が人と対比され、超越的で絶対的な事が記されています。真実な神に信頼を置く者には、今たとえ苦難の中にあっても、最終的に神による喜びを手にすることが出来る、との神の約束が、神ご自身のことばとして、美しく詩的に表現されています。

Ⅰ、神と人間(8—9)…

  1. 思いと道。神と人間の思いと道が比較されています。「わが」は神ご自身であり、「思い」は考え、計画、構想です。「道」は思いを実行する時の手段、方法です。その思いと道が、神と人では全く異なります。「あなた」とは、神を畏れ敬う人ですが、それでも神の思いと道は全く異なります。
  2. 違いは、神と人には天地の差があり、神の思いと道を人には理解できません。人が知っていると言う人は、み前で知るべきことも知らない人です。だから、人が神の思いと道の違いを理解し、納得出来ないことを受け入れることは重要です。神の悪人の赦しは人の理に反し、人は悔い改めをためらいます。神は全知全能であり(ルカ1:37)、神を畏れ敬い、信頼し、全てを任せて従う者に神の平安が与えられます。

Ⅱ、神と人の思いと道の相違(10)…

  1. 人の言葉は、人の思想、意思、計画等を明らかにし、人を動かし、出来事を起こし、時には人や事態を混乱させ、破壊し、虚しさを残しやすいです。
  2. 神のことばは、神の思想、意思、計画などを明らかにし、「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」(創1:3)様に、ことばが現実になります。また主が、死んだ者に「起きなさい」(マコ5:41)と言うと生き返りました。ことばのヘブル語の原語の意味は、「ことば・出来事」で、語られた神のことばは必ず現実になります。イスラエルの民が神のことばに聞き従うと神の栄光を拝し、聞き従わないと民は敗北し困難をもたらしました。地に雨を降らせ良きものが生じるように(10)、神のことばには力があり、救いと命を与えます。神のことばは生きており、活動し、力を持っています。これが人の言葉との大きな相違点です。「草は枯れ、花はしぼむ。しかし…神の言葉はとこしえに変ることはない」(イザ40:8)。だから、預言者は神のことばを絶対的に信頼し、聞き従うように、民に常に力強く訴えたのです。

Ⅲ、神のことばの確かさの保証(11)…

  1. 神の保証。神のことばの成就が、人の期待する形、時期、方法、場所等で違う事が多く、直ぐ受け入れられませんが、神ご自身が保証します。
  2. メシヤの現れ。ユダヤ人のメシヤ観は、ローマの属国から解放する強い王であり、主の説く救い、神が人となったこと、誕生の預言の成就、方法、主の御業、十字架、復活等を理解し、信じることが困難でした。神の道は何にも妨げられず、主は十字架の道を自ら進んで歩み、民は主を十字架で処刑しました。
  3. 人の思いと道。人は神から遠く離れ、深く広く高い神の思いと道、神の存在や、神の業が分からず、神を人の道具にして祈りますが、不信仰で神は死んだとさえ言います。しかし、真の預言者も主も、神のことばに堅く立って歩むことが、人の生きる道ですと訴え続けます。

Ⅳ、神のことばに生きる者への約束(12—13)…


神のことばに堅く立って歩み続ける者に与えられるもの。記された喜びは、バビロン捕囚から解放の出来事です。その解放の喜びを、自然の擬人的表現で、役に立たず作物の害になる植物が、有用で薬用になる木が生えると記します。解放の喜びは、平安を永久に満たし続けます。主の再臨の約束を覚え、アドベントの今、み言葉の約束に堅く立って歩み、いつでも神の前に立つ備えをしましょう。



教会の各活動


教会役員会が行われました。


今週~来週の予定

○婦人祈祷会 火曜日(12月5日)10:30~12:00


聖書:創世記1章27節
題:神のかたち
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:1、448

○聖書研究祈祷会 水曜日(12月6日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝20章17~38節
題:ミレトでの決別説教
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、143、385

○第2アドベント礼拝 来週日曜日(10日)10:30~12:00


招詞:マルコによる福音書1章15節
交読文:37  詩篇119篇
聖書:ヨハネの福音書1章1~5節
題:「初めに言があった」
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:68、75、361