2015年8月30日日曜日

主日礼拝「キリストが歩まれたように」

礼拝メッセージ「キリストが歩まれたように」ヨハネの第一の手紙2章1~6節


長谷川和雄師


神との光の中の交わりをすることによって、私たち兄弟姉妹も互いに親しい交わりをもち、喜びに満ち溢れるようになります。しかし、罪は無いとか、神が自分の内にあり、聖霊に満たされ、きよめられたので罪を犯さないという者は、高ぶって自分を神とし、自分を欺き、神を偽り者とし、真理もみ言葉も内にありません。だから、弁解、嘘、責任転嫁、自己憐憫に陥ります。ヨハネは、神の内に留まっているなら、主が歩まれたように歩みなさいと勧めました。

Ⅰ. もし罪を犯す者があれば(1-2)…
1) 永遠の滅びから救われ、永遠の命を与えられ、いのちである神との交わりを継続するのです。聖い神との交わりによって罪が明確に示され、罪の恐ろしさを知り、闇の中を歩めません。
2) 聖い神との交わりを継続するために、御子が遣わされ贖罪のみ業を完成しました。私たちは神に罪を告白し、罪赦され、不義からきよめられ神と交われます。しかし、肉にある私たちは誘惑に負けやすく、誰も罪を犯すことから逃れられません。罪の告白によって簡単に罪の赦しときよめがあたえられ、罪の戦いから開放され義務も免除されたように錯覚し、罪を犯すことはしかたがないと開き直り、罪と戦わないで罪を犯し続けるのです。罪を犯すことへの無関心や罪を犯さないことへの怠慢に陥ってはいけません。ですから、日々主の前に出る必要があるのです。
3) 罪の赦しは、神の慈悲や憐れみによって与えられると考える人がいますが、神の義が全うされることなしに罪の赦しはありません。神は戒めを曲げ、緩め、妥協して罪を赦したのではなく、罪のない「義」である主ご自身が私たちの律法の呪いと刑罰を引き受け、身代わりとなり十字架で死なれたので、神の義が満足されたのです(ピリピ2:8、1コリント1:30、1ペテロ3:18)。この主にある贖罪の御業を信じる信仰によって、義とされ大胆に神に近づくことができるのです(エペソ3:12、ヘブル7:19、ローマ3:23-28)。日々この恵みに生かされ、主は、義なる神の前に弁護してくださいます(ヘブル7:25)。日々、神の光の中に出させていただき、罪を罪として認め、主の十字架の血潮を仰ぎ、贖いの恵みを感謝しつつ歩みましょう。

Ⅱ. 「神を知っている」とは(3-6)…
1) 光である神と交わり、神を知っている人は、神の戒めを知り、光の中を歩みます。しかし、暗闇の中を歩いているなら、神と交わっていることは偽りです。罪深い私たちが神と深く交われば交わるほど、罪深さを知ることができます。そのために、主が贖いの供え物となってくださり、贖罪は「完了した」のです。罪びとの私たちが、光である聖い神と交われるようになるために、交わりを妨げる障害を、十字架の恵みで取り除いてくださったのです。
2) 私たちが尊敬する人に倣おうとするように、キリストに倣い、神のみ心を求め、み言葉に聴き従いましょう。福音書を通し主の歩みを学ぶうちに、主をいよいよ深く知るようになります。口先だけで、み言葉への不従順は、キリストを現せません(テトス1:16)。
3) パウロは、自分は完全な者だと言わず、主との再会を期待し、主を捕えようと日々追求しました(ピリピ3:12)。私たちも飾らず、ありのまま真実に神の前に出て、心の内にあるものを隠さず正直な祈りをしましょう(1コリント13:12)。キリストが神と親しく交わって歩まれたように、私たちも神と親しく交わり、神を深く知る時、益々神の前に真実になることが出来るようになり、益々キリストに似る者となるのです。




教会の各活動


三浦綾子文学講演会の様子
午後は、三浦綾子文学講演会(講師:森下辰衛先生)が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(9月1日)10:30~12:00


聖書:箴言28章1節
題:やましさ
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:427、272



○聖書研究祈祷会 水曜日(9月2日)19:30~21:00


聖書:詩篇21篇1~13節
題:砕かれた魂の喜び
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:263、343、264



○主日礼拝 来週日曜日(9月6日)10:30~12:00


招詞:ヨハネによる福音書15章9-11節
交読文:37  詩篇119篇
聖書:Ⅰヨハネ書2章7-11節
題:光の中の新しい戒め
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:9,215,316

2015年8月24日月曜日

8/30 三浦綾子文学講演会(森下辰衛先生)のご案内

※この記事は、8/30の「初夏のチャペルコンサート」のお知らせです。

京都信愛教会ではこの夏、三浦綾子文学講演会を行います。

今回は三浦綾子読書会より代表の森下辰衛先生をお招きして、三浦綾子の文学についての講演をしていただきます。


どなたでも入場無料です。「教会に一度は足を運びたかった」という方も、ぜひお越しください。

詳しくは、下のチラシをご覧ください。




■日時


2015年8月30日(日) 開場12:30 開演13:00

講演タイトル「三浦綾子の人生で語る愛の軌跡と希望」

■講師: 森下辰衛

1962年岡山県生まれ。1992年から14年間、福岡女学院大学で日本文学やキリスト教文学の授業を担当。
2006年家族と共に『氷点』の舞台本林のある旭川市神楽に移住し、三浦綾子記念文学館特別研究員となる。
現在は全国三浦綾子読書会代表として日本中を駆け回りながら、三浦綾子の心を語り伝えている。
編著に『水野源三精選詩集』、『「氷点」解凍』など。
NHKラジオ深夜便「明日へのことば」、ライフ・ラインなどに出演。


■「三浦綾子」とは…

1922年北海道旭川市生まれの女性作家。
結核の闘病中にキリスト教の洗礼を受けた後、創作に専念。
1963年、朝日新聞社による懸賞小説公募に小説『氷点』を投稿、入選。
大ベストセラーとなり、以後、『塩狩峠』『道ありき』などを発表。
1999年に死去するまで、クリスチャンとしての信仰に根ざした著作を次々と発表した。

■会場・お問い合わせ


日本イエス・キリスト教団 京都信愛教会
京都市北区大将軍坂田町21番地12
TEL(075)461-1938
牧師: 長谷川和雄
副牧師: 長谷川ひさい
※当教会は、伝統的なプロテスタントの流れを汲むキリスト教会です。

2015年8月23日日曜日

主日礼拝「あなたはわたしの神」

礼拝メッセージ「あなたはわたしの神」詩篇22篇1~22節


福井文彦師

詩篇 第22篇 聖歌隊の指揮者によってあけぼののめじかのしらべにあわせてうたわせたダビデの歌
22:1わが神、わが神、
なにゆえわたしを捨てられるのですか。
なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、
わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。
22:2わが神よ、わたしが昼よばわっても、
あなたは答えられず、
夜よばわっても平安を得ません。
22:3しかしイスラエルのさんびの上に座しておられる
あなたは聖なるおかたです。
22:4われらの先祖たちはあなたに信頼しました。
彼らが信頼したので、あなたは彼らを助けられました。
22:5彼らはあなたに呼ばわって救われ、
あなたに信頼して恥をうけなかったのです。
22:6しかし、わたしは虫であって、人ではない。
人にそしられ、民に侮られる。
22:7すべてわたしを見る者は、わたしをあざ笑い、
くちびるを突き出し、かしらを振り動かして言う、
22:8「彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。
主は彼を喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ」と。
22:9しかし、あなたはわたしを生れさせ、
母のふところにわたしを安らかに守られた方です。
22:10わたしは生れた時から、あなたにゆだねられました。
母の胎を出てからこのかた、
あなたはわたしの神でいらせられました。
22:11わたしを遠く離れないでください。
悩みが近づき、助ける者がないのです。
22:12多くの雄牛はわたしを取り巻き、
バシャンの強い雄牛はわたしを囲み、
22:13かき裂き、ほえたけるししのように、
わたしにむかって口を開く。
22:14わたしは水のように注ぎ出され、
わたしの骨はことごとくはずれ、
わたしの心臓は、ろうのように、胸のうちで溶けた。
22:15わたしの力は陶器の破片のようにかわき、
わたしの舌はあごにつく。
あなたはわたしを死のちりに伏させられる。
22:16まことに、犬はわたしをめぐり、
悪を行う者の群れがわたしを囲んで、
わたしの手と足を刺し貫いた。
22:17わたしは自分の骨をことごとく数えることができる。
彼らは目をとめて、わたしを見る。
22:18彼らは互にわたしの衣服を分け、
わたしの着物をくじ引にする。
22:19しかし主よ、遠く離れないでください。
わが力よ、速く来てわたしをお助けください。
22:20わたしの魂をつるぎから、
わたしのいのちを犬の力から助け出してください。
22:21わたしをししの口から、
苦しむわが魂を野牛の角から救い出してください。
22:22わたしはあなたのみ名を兄弟たちに告げ、
会衆の中であなたをほめたたえるでしょう。
この詩篇は、メシヤである主の十字架の苦しみを預言した有名な箇所です(1-18)。しかし、この箇所から、神への信頼、愛の摂理の神、答えてくださる神について学びましょう。

Ⅰ. 神への信頼…
1) 何の心配も無い家庭に育てられましたが、幼い時に人の死を目の当たりに見て、死に対する不安と恐怖を抱くようになりました。中3の時に教会に導かれ、主を信じ、真の神がいつも共にいてくださるのだから、この神についてゆくなら大丈夫だとの確信を与えられ、今日まで神を信頼して歩み、恐れからも開放されて生かされてきました。
2) ヨセフは主の使いから、マリヤに与えられる男の子の名が、「神われらと共にいます」(マタイ1:23)であると言われたのに、「わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか」(1、マタイ27:46)は矛盾するように受け取れます。しかし、主は民に誤解され侮辱されましたが、救い主として全人類の罪を背負い、私たちの罪の刑罰の身代わりとして十字架の上で死の苦しみを受けたのです(6、8)。何よりも神に見捨てられる苦しみを受けたのです。
3) 私たちは主を信頼すればするほど困難に遭うことがあります。しかし、神を信頼する者を見捨てず、受け止め、助け、支えてくださいます(4、5、申命記33:27)。

Ⅱ. あなたは私の神…
1) 神は目に見えませんがいつも共にいて、全てをご存知であり、今に至るまで守り導いてくださるのです(10)。神は、両親を用いて私たちを創ってくださったのです。親は、与えられた子どもを愛して育てたのです。だから、子どもは親を尊敬すべきです(詩篇139:13-16)。
2) 私たちが主の十字架を通して、神がどの様なお方であるかが分かる時、過去がどの様な人生であったとしても、神は人生に解決を与えてくださり、新しい人生が始まるのです(2コリント5:17)。これがイエス・キリストによる救いです。

Ⅲ. 答えてくださる神…
1) 年を重ねるにしたがって、主の十字架の苦しみがより深く悟ることが出来るようになりました。主は、弟子達にも裏切られ、その十字架の苦しみの最中にローマ兵が着物をくじ引きにしたのです(11)。私たちも人との交わりから阻害されるという、苦しみを受けることがありますが、そんな時、主の苦しみを思うとき慰められ励まされ、生きる力を与えられます。
2) その苦しみの中から助けてくださいと祈る時、「あなたは私に答えてくださいます」(21、新改訳)と、神は解決を与えてくださるとの確信を与えてくださるのです。主は、十字架の上で完全に死なれましたが、3日目によみがえられたのです。主の復活こそ、苦しみの中で叫ばれた主への、父なる神の答えだったのです(24)。神学校卒業以来今日まで「自分を喜ばせようとするのでなく、神を喜ばせるように」を目標にし、心がけて歩んできました。しかし、時には自己憐憫に陥ったり、被害者意識になったり、絶望したりしますが、その時その時、必要な励ましのみ言葉を与え、助け支え導いてくださいます(ピリピ1:29)。
3) 私たちが主によって救われたのは、やがて死んで天国において恵みを受けるために救われたのではありません。主にあって救われ、有り余る恵みを受けて歩み、周りの人々に主が生きておられること、主の救いの素晴らしさを、日常の生活を通して証しし、福音を伝えるために生かされているのです。日々の生活の中で困難がある時にも、見捨てることのない主を信頼し、み言葉に生きる者でありましょう。



教会の各活動


午後は、CS教師会と青年会(学び会)が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(8月25日)10:30~12:00


※8月は休会します



○聖書研究祈祷会 水曜日(8月26日)19:30~21:00


聖書:詩篇20篇1~9節
題:王のための執り成しの祈り
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:494、459、196



○主日礼拝 来週日曜日(9月6日)10:30~12:00


招詞:ヨハネによる福音書15章9-11節
交読文:37  詩篇119篇
聖書:Ⅰヨハネ書2章1-6節
題:キリストが歩まれたように
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、300,316