2016年4月23日土曜日

チャペルコンサート(アンサンブルグレース)のご案内

※この記事は、5/22の「チャペルコンサート」のお知らせです。

京都信愛教会ではこの5月、恒例のチャペルコンサートを行います。

今回は京都福音自由教会のメンバーを中心に結成された音楽グループ「アンサンブルグレース」をお招きして、ヘルマンハープの演奏をしていただきます。

どなたでも入場無料です。「教会に一度は足を運びたかった」という方も、ぜひお越しください。

詳しくは、下のチラシをご覧ください。




■日時


2016年5月22日(日) 13:30~15:00

■音楽ゲスト:アンサンブルグレース


京都福音自由教会の教会員を中心に2007年に結成。
2012年2月の「東日本大震災復興祈念コンサートin京都」などに出演。
「老いてもなお気品溢れ、置かれたところで美しく咲く」をモットーに、病院・介護施設などでボランティア演奏を積極的に実施。
ヘルマンハープを用いての心温まる演奏が高く評価されている。

■「ヘルマンハープ」とは?


ドイツ・バイエルン州の農場主、ヘルマン・フェー氏によって1987年にダウン症の息子のために開発されたドイツ製ハンドメイドの弦楽器。
音色の美しいヘルマンハープの噂は、口コミで、オースリアやスイスへも広がっていきました。
障がい者も健常者も、また、音楽経験の有無を越えて、誰もが共に素晴らしい音色で演奏を楽しめる世界が誕生しました。


■曲目(予定)

モルダウ、アメイジング・グレイス、海の見える街、愛の挨拶、など


■会場・お問い合わせ


日本イエス・キリスト教団 京都信愛教会
京都市北区大将軍坂田町21番地12
TEL(075)461-1938
牧師: 長谷川和雄
副牧師: 長谷川ひさい
※当教会は、伝統的なプロテスタントの流れを汲むキリスト教会です。

2016年4月17日日曜日

主日礼拝「信仰と愛と希望に生きる」

礼拝メッセージ「信仰と愛と希望に生きる」テサロニケへの第一の手紙1章1~3節


長谷川和雄師


Ⅰ. テサロニケの概要


パウロたちの第2次伝道旅行の時、「マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」との幻を見て(使徒16:9)、ピリピ、テサロニケ、ベレヤ、アテネ、コリントを伝道した時の実です。この書簡の簡潔な挨拶の言葉は、パウロの言葉を神の言葉として受け入れ(2:13)、神とキリストとしっかり結ばれたテサロニケ教会は、彼からも信頼され親しい関係にあることを示し、私たちの望みの中心である主の再臨を待望し、困難な中でも永遠に勝利するのです。

Ⅱ. 絶えない感謝と祈り


  1. パウロは父なる神と主が与える「恵みと平安」を祈ります。受けるに値しない者に示される神の一方的な愛である主の十字架の救いにおいて、罪人に示されたものが「恵み」です。贖いのみ業により罪を赦され、神との敵対関係が解消され、神との平和が与えられ、魂に「平安」が与えられるのです。
  2. パウロの祈りと感謝の表現は、「いつも」「すべて」(新改訳)「絶えず」です(参照5:16-18)。主もパウロも、祈りに十分な時を持っていたのです。

Ⅲ. 感謝の内容


パウロがテサロニケ教会のことで感謝する時、思い起したことは、彼らの「信仰・愛・望み」(3)であり、クリスチャンの最も優れた徳性です。パウロは、3つの徳性に具体的な内容を付け加え、信仰には「働き」、愛には「労苦」、望みには「忍耐」と、彼らの信仰が上辺だけではないことを示します。

  1. 信仰。テサロニケの教会の信仰は生きて働く信仰であり、行動に至る信仰でした。空しい口先の観念だけにとどまる信仰ではなく、み言葉に生きました(ヤコブ2:26、テトス1:16)。神に全く拠り頼む心から神のみこころを求め、示されたなら無理なく従って働きが伴い、祈りを積み主にあって一致の心が生まれます。私たちは日々のデボーションよって、働きの伴った信仰を養いましょう。
  2. 愛。テサロニケの人々の愛は、労苦を伴う愛であり、喜んで他人の重荷を取り除き、助ける苦労をいといませんでした。笹尾鉄三郎師は、「あなたの動機は愛か欲か」と言いました。主の十字架こそ愛の労苦の結晶です。教会の十字架は単なるシンボルではなく、主の愛を覚え、その愛に生きることを勧めています。自分の楽しみや自分の勢力拡大、目の保養のためにお金や時を用いるのではなく、主に喜んでいただける奉仕や献金は、何と麗しいことでしょうか。
  3. 希望。彼らの希望には忍耐が伴いました。その忍耐は「主イエス・キリストに対する望み」であり、私たちの内面に練られた品性を生み出し(ローマ5:4)、どんな情況下でも望みを失わずに歩み続ける勇気が与えられます。しかし、私たちの最終的希望は主の再臨です。その時、栄化され、神の怒りから救われ、神のみこころがなされることに目を留めるので、この世に希望を抱かず、主の来臨と未来の栄光の望みに向かって忍耐するのです。よく思われること、偉くなること、得をすることなどは糞土のように思います。しかし、この望みに生きると妨害が起こりやすいのですが、賢い乙女を思い起こしましょう(マタイ25:1-13)。この忍耐の希望は、どんな時代でも有能なクリスチャンのしるしです。テサロニケの教会は、迫害や困難の中にありながら、信仰、愛、望みの実を豊かに結びました。そして、パウロたちはそのことを絶えず思い起し、祈りの度に神への感謝で満たされていたのです。

私たちはしっかりと望みの基である主を仰ぎつつ信仰の歩みを続け、主の十字架を仰ぎつつ、愛の労苦を惜しまずにささげる者とされたいものです。



京都聖会祈祷会の様子

教会の各活動


午後は、京都聖会祈祷会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(4月19日)10:30~12:00


聖書:詩篇30篇5節
題:待つ
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:218、177



○聖書研究祈祷会 水曜日(4月20日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝7章17-43節①
題:モーセとイエスの共通点
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:263、371、316



○主日礼拝 来週日曜日(4月24日)10:30~12:00


招詞:ローマ書12章1-2節
交読文:3 詩篇16篇
聖書:第1テサロニケ書1章4-10節
題:模範的な教会
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、464、102

2016年4月10日日曜日

主日歓迎礼拝「新しく造られた者」

礼拝メッセージ「新しく造られた者」コリント人への第二の手紙5章15~21節


長谷川ひさい師


今朝のみ言葉から新しく造られた者とは、どういうことなのかを学びましょう。今日の中心聖句は、誰でも主を信じるならば、マンネリの人生でなく新しい人生が始まる事が記されています。新しくなるとはどのような事でしょうか。

Ⅰ.生きる目的が新しくなる


  1. 主のために生きる。「生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きる」(15)。自分のために生きる自己中心の生活から、主のために生きるイエス様中心の生活に変えられます。
  2. ある方が、主を信じるまでは自分のことしか考えない生活をしていました。自分の得するための生活は、幸せそうに見えても心の中はわびしいものでした。しかし、今は違います。主のために生きることが喜びとなり、他の人の救いのために祈り労することが喜びとなりましたと証ししています。
  3. パウロは主の復活を信じられませんでしたが、復活の主に声をかけられ、主に出会い、今まで自分がしてきたことはどんなにひどいことであり、自己満足のためでしかないことを知らされ、主のために生きる生活に変えられたのです。

Ⅱ. 価値観が新しくなる


主を知ることが最高です。「世間の評判や、外見の良し悪しで、クリスチャンを評価するのはやめなさい。以前、私は、その誤った考え方で、キリスト様のことを、単に自分と同じ人間とみなしていました。しかし今では、その考えは一変しました」(16・リビングB)。主を知るまでのパウロは、この世の知識や学歴、血筋や地位などに最大の価値を認めていました。ところが、主のすばらしさを知ってからは、今まで価値があると思い込んでいたものが、何もかもみなつまらないものへと価値観が変えられました。「主であるキリスト・イエスを知っているという、途方もなくすばらしい特権と比べれば、ほかのものはみな、色あせて見えるのです。私は、キリスト様以外のものは、がらくた同然にみなし、全部捨ててしまいました。それは、キリスト様を自分のものとするためであり、また、もはや、良い人間になろうとか、おきてに従って救われようとか考えるのはやめて、ただキリスト様を信じることによって救われ、キリスト様と結ばれるためです。神様が、私たちを正しい者と認めてくださるのは、信仰―ただキリスト様だけに頼ること―を持っているかどうかで、決まるからです」(ピリピ3:8-9・リビングB)。

Ⅲ.神との関係が新しくなる


  1. 神との和解が成立した(18)。救われる以前の私たちは、神に対して不敬虔な罪人であり、神に敵対する者でした(ローマ8:7)。そんな者のために主は十字架の上で「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ23:34)と執り成し、いのちを投げ出し贖い、その贖いのみ業を信じる者は神との和解が成立するのです(ローマ5:1)。また、罪の代償は主ご自身の血潮によって全て解決され、神との交わりが回復し、何でも自由に祈れるのです。
  2. 神の子とされました。「受け入れた人はみな、この方から、神の子供となる特権をいただきました」(ヨハネ1:12・リビングB)。

Ⅳ.主とつながることによる新生


人は生まれ変わりたいと願っても変われません。渋柿が甘い実を実らせるには甘柿に渋柿の木を接木するほかないように、私たち人間も渋く苦い、罪の実しか結べない者が、主につながることによって喜びと賛美の甘い実を結ぶように成れるのです。主の十字架の傷口に、私たちの悔い改める心で結ばれる時、主の復活の力が内側から働き、全く新しい実を結ぶ者に変えられるのです。主にしっかりつながれましょう。




教会の各活動


午後は、教会役員会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(4月12日)10:30~12:00


聖書:マタイによる福音書18章33節
題:あわれみ
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:190、356



○聖書研究祈祷会 水曜日(4月13日)19:30~21:00


聖書:エゼキエル書37章7-10節
題:リバイバル
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:195,276,419



○主日礼拝 来週日曜日(4月17日)10:30~12:00


招詞:ヘブル書4章14-16節
交読文:21 詩篇62篇
聖書:1テサロニケ書1章1-3節
題:信仰と愛と希望に生きる
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:9、358、465