2014年2月23日日曜日

特別賛美「谷の白百合」「主イエスの十字架の血で」など

京都信愛教会の賛美デュオ Blessの二人による特別賛美。

  • 「谷の白百合」 詞・曲: Bless (オリジナル)
  • 「主イエスの十字架の血で」 詞・曲: Martin Nystrom, 訳: 安田 諭
  • 「安けさは川のごとく」 詞: Horatio G. Spafford, 曲: Philip P. Buss (新聖歌252番) # 中途終了しています

京都信愛教会では、毎週第2日曜日の礼拝で Blessが会衆賛美のリードをしています。

また、毎月第4日曜日の礼拝では青年会、婦人会、教会学校、有志月替わりで特別賛美をしています。

どなたでも、どうぞ礼拝にお越しください。

主日礼拝「主は私の牧者です」

礼拝メッセージ 「主は私の牧者です」 詩篇23篇1節

長谷川和雄師

 

良く知られ暗唱されている詩篇23篇は、良き牧者であり、獅子をも倒す強さを持った羊飼いであったダビデ王の作詩です。この詩篇は今日も多くの悩める人々や死の床にある者に、慰めと励まし、癒しや勇気を与え、神への信頼を与える詩篇です。

Ⅰ.主は私の牧者です…
1) 羊の弱さ。羊は強い近視で、臆病であり、足が遅く戦う武器がありません。自分で毛並みを整えることが出来ず、仰向けに倒れたら自分で起き上がれないなどの弱さをもっていますから、羊を守り養う良き牧者がいないと生き延びることができない動物です。
2) 人間の弱さ。羊と同様に、人間も弱い存在です。目先のことしか見えず未来が分かりません。臆病で、孤独を嫌い、大衆心理に流されやすい存在です。そして、罪の誘惑に負けやすく、この世に於ける競争などに敗れると、絶望し立ち直れなくなったり、迷いやすい弱さをもっています(イザヤ53:6a)。
3) 私の良き牧者。神は、神に逆らう者をも名指しで呼び、選び、自分のものにして下さいます。しかし、何でも自分のものにするには代価が必要です。そのために、神は私たちの罪を負われ(イザヤ53:6b)、良き牧者であられた主が十字架の上で死んで下さいました(ヨハネ10:11)。
4) 牧者に逆らう者。聖書には、主を信じたのに、全く回心をしないでこの世を愛し、み言葉に従わないで逆らう者は山羊に譬えられています(マタイ25:33)。また、神を畏れず、自分を正しいとし、貪欲な者は狼のようです(マタイ7:15)。
5) 主は良い牧者です。良い牧者は、羊の餌である牧草を良く管理し、冬の餌や寒さにも備えます。また、きれいな水を羊たちに用意します。私たちは良き牧者である主を信じて従うとき、「主は私の牧者です」と告白することができます。

Ⅱ.乏しいことがない…
1) 乏しいことがない。「乏しいことがない」とは、牧者が適切な配慮を忠実に行い、あらゆる管理が良く行き届いており、全ての点で落ち度がなく、欠けや欠陥がないということです。そのような状況を保つ為に徹夜をいとわず見回り(詩篇12l:3)、個々の羊の必要を覚えて勤勉に世話を行ない、しかも、私心がなく、いのちを投げ出して、献身的に労する牧者のゆえに(ヨハネ10:11)、羊は豊な命を与えられているのです(ヨハネ10:10b)。
2) 物質的繁栄。柵の向こうが自由であり、草が良く茂っているように見え、柵の穴から迷い出て行く羊がいると、他の羊に悪い影響を与えてしまいます。その羊に何度注意しても繰り返し、他の羊に悪影響を与えてしまう羊は処分するほかないのです。人間も、この世が良く見える多くの人々は、人が物質的に繁栄(成功など)しているなら、神の祝福の中にいると考えています。それは霊的なことに盲目になった結果であり(黙示録3:17)、天に宝を積むことや(マタイ10:21)、永遠のいのちのことを忘れてしまっているのです。
3) 欲望からの開放。欲に目がくらんでいる者は、「もっと…早く、薄く、軽く、簡単で、楽に、元気で、美味しく、美しく」と求めます。しかし、今あなたの持っているものは、全てあなたのものではありません(伝道の書5:15)。また、今もっているものはあなた自身と関係が薄いものです(ルカ12:15)。主は外側でなく、心を見られます(Iサムエル16:7)。あなたの思いやり、ひたむきさ、優しさ、素直さを見られます。私たちは永遠の命を失わないように、また、私たちに与えられた信仰を失わないようにしましょう(Iテモテ6:6)。


教会の各活動

午前の礼拝の様子


午後から、大阪ケズイック・コンベンション京都大会(京都復興教会)が行われました。

今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(25日)10:30~


聖書:ヨハネによる福音書11章25節
題:よみがえり
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:359、343


○聖書研究祈祷会 水曜日(26日)19:30~


聖書:マルコによる福音書6章14~29節
題:受難と宣教
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:156、359、396


○主日礼拝 来週日曜日(3月2日)10:30~


招詞:詩篇100篇1-5節
交読文:7 詩篇23篇
聖書:詩篇23篇2節
題:主にある平安
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:8、251、252

2014年2月16日日曜日

主日礼拝「主にある奉仕」

礼拝メッセージ 「主にある奉仕」 コロサイ人への手紙4章2~6節

長谷川和雄師

 

手紙の結びでは、確実に伝えたいこと、念を押しておきたいと願う内容を記します。それは「祈りなさい」ということです。私も、年を重ねた方々に祈りこそ最高の奉仕ですと伝えています。

Ⅰ.祈りの奉仕(2)…
祈りで大切なこと三つ。
1) 目をさまして祈る(2)。横になって祈ってはいけないとか、目を開けて祈りなさいということではありません。主がゲッセマネの園で弟子に、「誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい」(マルコ14:38)と言われました。それは祈ることを妨げる誘惑に陥らないようにということです。それは眠気や疲れ、忙しさや不信仰、諦めが祈りの妨げであり、祈らないことを仕方がないと正当化し、自己弁護します。その誘惑に打ち勝って祈ることが、目を覚まして祈ることです。祈りは意志と力だけでなく、祈れるように神に頼ることです。
2) 感謝のうちに祈る。世と罪から救われ、支えられて生きている私たちの祈りが「自己中心」の願いばかりになっていないでしょうか。願ったようにならなければ、神への不満を生み祈りを妨げ、信仰をだめにします。神がみこころのままに、救いの計画に沿って、私を最善に導いてくださるとの信仰で自分の生活と人生を見直すときに感謝が生まれます。
3) ひたすら祈る。信仰は、毎日の信仰生活の積み重ねです。継続は力です。み言葉にたった祈りによって、聖霊が働き、人生を支える信仰の力が養われます。神は真実です。

Ⅱ.宣教のための祈り(3-4)…
聖書は自分のためだけではなく、他者のための「執りなしの祈り」を勧めます。その祈りは、神と自分と他者の三つを結び、関係を深めます。その人の生活を深く思い、共感することです。祈られていることを知る時、励ましと慰めが与えられ、心が強められます。その心に聖霊が働き信仰は強められ、成長するのです。私たちの救いも、多くの人々の執り成しと、主の執り成しによります。み言葉宣教が大胆に出来るように祈りましょう(Ⅱテサロニケ3:1)。宣教師への祈りは場所と時間を越えて届き、彼らの力となり、宣教の門が開かれます。牧師も皆さんの執り成しが必要です。十字架の福音を大胆に伝え、健全な臨在信仰(出エジプト33:14)を導き、「万事聖霊、万事祈祷」の牧会ができるように祈ってください(ゼカリヤ4:6)。お互いの為に祈る時、主にあって心が一つにされます。お互いの為に執り成し、互いの信頼と、信仰の絆が強められるように祈りましょう。

Ⅲ.言葉と行いによる証し(5-6)…
福音は、時を生かして語りましょう(5)。時間に追われず、時間を神のご支配の中で見直しましょう。
1) 賢く行動する(5)。信仰生活は、み言葉を黙想することだけではなく、神の知恵を知って神を畏れて歩み、生活の場で祈り、十字架の福音を証しすることです(1:10、2:6)。この世や人を恐れることは、罪の世と、罪人の益の為に生きることになります。神は神を愛する者に最善をなしてくださるから、神の栄光と、神に喜ばれることの為に生きましょう。
2) 私たちは地の塩です(マタイ5:13)。塩味のきいた証しをしましょう。
①塩は腐敗を防ぎます。辛口の言葉を、相手に尊敬と愛をもって語ることです。
②塩は素材の味を際立たせます。あなたには既に味がついています。神が自分になされたみ業を黙想し、言葉にする準備を積むなら、キリストの奥義が塩味のきいたものとして伝わり(コロサイ1:27、マルコ9:50)、相手の人を慰め、励まし、力づけ、勇気を与え、主の徳をその人の内に立て上げます。塩味、それは「愛の味付け」なのです。愛をもって祈り、愛をもって語りましょう。


教会の各活動


午後は、ビジョンを語る会が行われました。

今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(18日)10:30~


聖書:マタイによる福音書1章21節
題:その名はイエス
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:88、201



○聖書研究祈祷会 水曜日(19日)19:30~


聖書:マルコによる福音書6章1-13節
題:受け入れない所で
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、183、429



○主日礼拝 来週日曜日(23日)10:30~


招詞:詩篇95篇1-5節
交読文:7 詩篇23篇
聖書:詩篇23篇1節
題:主は私の牧者です
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、275、206

2014年2月9日日曜日

会衆賛美「威光・尊厳・栄誉」「移りゆく時の間も」など

京都信愛教会の賛美デュオ Blessの二人による会衆賛美リード。

  • 「威光・尊厳・栄誉」 詞・曲: 阿内源一 (新聖歌166番)
  • 「移りゆく時の間も」 詞: Lina S. Berg, 曲: Oscar Ahnfelt (新聖歌349番)
  • 「私たちの未来 ~神の恵み受け継いで~」 詞・曲: 田中英昭

京都信愛教会では、毎週第2日曜日の礼拝で Blessが会衆賛美のリードをしています。

また、毎月第4日曜日の礼拝では青年会、婦人会、教会学校、有志月替わりで特別賛美をしています。

どなたでも、どうぞ礼拝にお越しください。

主日礼拝「我が霊によるなり」

礼拝メッセージ 「我が霊によるなり」 ゼカリヤ書4章6~10節

長谷川和雄師

 

我が教団と深い関係のある日本伝道隊は英国で生まれ、教派や教団を越えて日本にキリストの福音を伝えるために宣教師を送り、神学校を創設し伝道者を育てる団体です。この団体の創立者はB・F・バックストン先生です。先生が創立時に与えられたのが、今日の中心聖句です。我が教団の聖句は出エジプト33:14で臨在信仰です。私自身に与えられた牧会の聖句であり、牧会理念は「万事聖霊、万事祈祷」です。今日の聖句の意味するところを学びましょう。

Ⅰ.ゼカリヤ書…
1) ゼカリヤ。彼は、祖父で祭司イドに育てられ、ペルシャのダリヨス王の時に預言し、幻を見る預言者でした。本書はBC520年頃エルサレムで書かれ、捕囚から帰還した民が、再建工事を放置していました。ハガイと同年代に共に預言しました(エズラ5:1)。
2) イスラエル民俗の歴史。民はカナンに定住し生活が安定した時、王を求め、神はサウル、ダビデを立て国は栄えましたが、北と南に分裂。神を畏れない国になり、北王国はアッスリヤに滅ぼされ、南王国はバビロニヤによって多くの民が捕囚の民としてバビロンに連行され、国には異邦人が移され、残された民は異教化し、捕囚民は不信仰と不従順を悔い改めました。神はエレミヤの預言の通りに70年後、ペルシャ王国が誕生し、クロス王が神殿や城壁の再建命令を出し、民は祖国に帰還し、神殿、城壁、家の再建工事を始めましたが、内外の妨害者が起こり、神殿の基礎を築き工事を中断します。
3) 預言者の活動。ハガイとゼカリヤは再建工事を勧めるように叫びました(ハガイ1:1-8)。総督ゼルバベル(ダビデ王の血を引き実質は王)と、大祭司ヨシュアがリーダーでした。しかし、神が民を解放し、使命を与え、ペルシャ王が後ろ盾となったのに、彼ら自身の生活を第一とし、神殿と城壁の再建工事を途中で放棄したのです。

Ⅱ.総督への励まし…
1)
幻。先に、ヨシュアへ聖い礼服と帽子を与え、罪をきよめ、義と認め、大祭司の勤めを行えると励ましました。今日の幻は、ゼルバベルへの励ましです。普通燭台は、神殿の聖所に置かれ、火は消せないので、祭司はオリーブ油を定期的に補給しましたが、幻の金の燭台は、そばにあるオリーブの木から直接給油され燃え続けました。
2) 私の霊による。幻の意味を尋ねると、「権勢によらず、能力によらず、わたしの霊による」でした。民は、瓦礫の山、少人数での再建工事、周囲の敵が工事を妨害する難工事を遂行する必要がありました。神は、「権勢によらず」、立場上の権力、集団の組織的力、強力な軍隊ではなく(詩篇20:7)、また「能力によらず」、人間的な力、財産、個人的力量ではなく、「わたしの霊」によるとの答です。神ご自身が働かなかったら何も行えません(ローマ8:7-11)。肉に益はなく、神に反抗します。しかし、霊の人は、肉には出来ない事を行えます。伝道や奉仕、神の宮(魂)の育成などは、聖霊ご自身のみ業です。神はみこころを示し、導き、最善を成されます。主に全く信頼し、愛をもって事をなし、結果を神に委ねる者を主の勝利のために用います(ローマ8:28)。
3) 平地となる。「大いなる山」とは、再建工事の妨害、困難です。人は問題や困難の山を見て意気消沈しやすい者です。社会、親族、組織、教育、怠慢、道徳、生活苦が問題でなく、問題は聖霊の内住が問題です。神の前に敵はありません。しかし、神の恵みを感謝する時、神は助け、工事は完了し、神に心から感謝し、共に喜びます。パウロは誰よりも多く働いて業績をあげましたが、それは神の恵みでしたと記しています(Iコリント15:10)。クリスチャンの育成や歩み、教会建設などの全てに、神が働かれる時に完成します。決して人間の努力、才能、財産、人数などの優劣や多さによりません。聖霊が働かれるときに完成するのです(ローマ15:7、ピリピ1:6、2:1-5、10、12-13)。


教会の各活動


午後は、教会予算総会が行われました。

今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(11日)10:30~


※休会します

○聖書研究祈祷会 水曜日(12日)19:30~


聖書:ペテロ第1の手紙5章6-7節
題:神に委ねる
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:2、232、273


○主日礼拝 来週日曜日(16日)10:30~


招詞:イザヤ書45章22節
交読文:15 詩篇40篇
聖書:コロサイ書4章2~6節
題:主にある奉仕
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:494、196、429

2014年2月2日日曜日

主日礼拝「主にある家庭」

礼拝メッセージ 「主にある家庭」 コロサイ人への手紙3章18節~4章1節

長谷川和雄師

 

世の多くの人々は、現代の家庭論に振り回され、聖書の家庭論を否定し、異教的だ、中世の名残だ、不公平な男性パウロの意見だなどと批判しています。しかし、聖書に記されている「家庭論」について学びましょう。

Ⅰ.夫婦(18-19)…
1) 家族論。男女平等が真の家族論でしょうか。聖書には、男の助け手として女が創造されたとあります(創世記2:18-22)。それにもかかわらず、現代では平等を強調し、女性が男性を支配しているようなこともあります。
2) 「夫に仕えなさい」とは、「従いなさい。服従しなさい」との意味です。たとえ、み言葉に従わない夫でも、祈りとみ言葉の生活から生まれる妻の聖く美しい行状や、夫は妻の従う姿を見て、救いに入れられるとの約束があるのですから(Iペテロ3:1-6)、妻が夫に従うことは主にある者にとって相応しいことです(Iコリント11:3-9)。
3) 「妻を愛しなさい」。夫が妻を愛する愛とは、妻が弱い者であることを認め、神の犠牲的な愛に満たされ、犠牲を払って妻を愛することです(ピリピ2:3-8)。純粋な愛、聖なる愛、言葉と行いと実をもって愛することです。妻が仕えられるように愛することです(Iコリント7:3、Iペテロ3:7)。「つらくあたってはいけない」。不親切、無慈悲、強さや権利を乱用しないで、妻が病の時は、自分の身のように労(いた)わり、子育てが大変な時は助けましょう。

Ⅱ.親と子(20-21)…
1) 現代の多くの親が子どもに対する接し方が問われています。私たちは、子どもが両親に従えるように、子を育てているでしょうか。「いらだたせてはいけない。心がいじけるかも知れないから」。両親の子育てなどが思慮不足、無責任、愛情不足、情が薄く、不公平、溺愛、粗暴な言行、愛のない叱責、厳格すぎなどにより(箴言22:15)、子どもは、両親が間違っていると考え、やる気をなくし、自暴自棄になっています。また、過渡の期待から生まれる要求をし、自分の好みを押し付け、面子を保とうとしています。何から何まで指示・命令し、子どもの心の叫びを聞く余裕を失っていないでしょうか。また、親の過ちを認めて、子どもに謝っているでしょうか。「主の薫陶と訓戒とによって、彼らを育てなさい」(エペソ6:4)。
2) 「両親に従いなさい」とは、両親に、「聞き従う。聴従する。服従する。聞き入れる。応答する」との意味です。主も子どものとき両親に従われました(ルカ2:51-52)。親に従うことは主に喜ばれ、正しいことであり、自分自身も祝福をうけ(エペソ6:1-3)、主に喜ばれることです(Iテサロニケ4:1-8)。神の最善を信じ、神のみこころに従い、主の助けによって、神を畏れる子どもに育てましょう。

Ⅲ.主人と僕(22-4:1)…
組織には、必ず主従関係が伴います。聖書は機構を変えるより、心の問題を第一に取り上げ、神との関係回復の大切さを教えています(22)。神の子として神と親しく交わり、御国を継ぐ確信をもち、日々、神に栄光を帰する生活をしましょう。人にへつらい、ご機嫌取りをし、上辺や目先だけで偽善の勤めをしないで(22)、仕えることに誠実な者は、主人に褒められても満足せず、なおも臨在される主に誠実に仕えるように、肉の主人に誠実に仕えます。また、主人が褒められることを心から喜びます。そして、敬虔に義務を果たす時、その仕事は楽しくなります。日々主に仕えているなら、不当な扱いを受けても、全ては主のために行い、栄光を神に帰しているので、不平はありません。神を第一としていく時、神は幸いな家族を築き上げてくださいます。


教会の各活動


午後は、教会役員会が行われました。

今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(4日)10:30~


聖書:使徒行伝4章12節
題:救いうる名
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:364、340



○聖書研究祈祷会 水曜日(4日)19:30~


聖書:マルコによる福音書5章25-34節
題:公に告白する信仰
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:237、200、275



○主日礼拝 来週日曜日(9日)10:30~


招詞:ハバクク書2章20節
交読文:28 詩篇91篇
聖書:ゼカリヤ書4章6~10節
題:我が霊によるなり
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:237、363、441