2013年9月29日日曜日

主日礼拝「主を愛する心」

礼拝メッセージ 「主を愛する心」 ルカによる福音書7章36~50節

長谷川和雄師





自分を正しい者として人をさばき、人の評判と名誉を求め律法に従うパリサイ人と、罪を心から認め神の赦しを求め、謙り、神の愛を心から感謝する罪の女。神はどちらを愛されるでしょうか。

.愛を知らない人・・・1)無感動のパリサイ人。律法厳守による義(ガラテヤ5:4)と、人の歓心を求めました(同1:10)。主はヨハネの死を悼みましたが、パリサイ人の心は動きませんでした。主の福音や神の国のことを聞いても、罪を認めず、何も感動しませんでした。2)主を招いた理由。①幾分かの尊敬の心があり、奇跡や多くの弟子がいること、主の徳の高さを認めました。真理を求めていたので、主の賢い答弁に期待しました。有名人と知り合いになり、自分の株と立場を上げようとしました。要するに、主の関心を引こうとして招いたのです。3)接待の落ち度。洗足の水を出しませんでした。接待の心や謙った心が無く、礼儀に反した接待でした。挨拶の口づけをしませんでした。主を多少尊敬していましたが、軽蔑する心から親切を欠きました。当時、汗の臭いを消すバラ油を1滴客の頭に注ぐか、少量の香料を焚きましたが、いずれもせず、客として迎えなかったのです。4)パリサイ人は、自分の義に立ち、女の心も分からず見下し、女の行動を不愉快に思いました。5)罪の女であることを見抜けない主は、たいした預言者でないと考えました。また、異性に公の場では近付いてはいけないとのラビの教えを守っていないと軽蔑しました。

.愛を知った人・・・1)罪の女。罪の女と分かる衣装を着て、その化粧をしていました。2)女は、なぜイエスに近づけたのか。①主が招かれたとき、誰でも出入りできたからです。以前に主の話を聞き、罪深さを自覚し、心砕かれ、悔い改め、主に対し信仰をもち、主を慕っていました。ですから、パリサイ人や周りの人々の冷たく、批判的な目や、軽蔑と疑いの目を恐れないで、主に大胆に近付けました。主に近付いた最大の要因は、主に対する深い信仰であり、その信仰は愛の行為を生みました(Iヨハネ4:18、ガラテヤ5:6)。謙り(ルカ7:38)足を洗うことは僕のする仕事でした。彼女は、主の足元に跪き、感恩の涙を足に流し、女性にとって大切な髪の毛でチリを拭いました。また、主への愛と尊敬する心から主の足に口づけをしました。真の謙遜は、真の信仰より生まれます。美名を貪る作為的謙遜は、傲慢であり偽善です(ガラテヤ5:22-23)献身の心で近付きました(ルカ7:37-38)

.愛に満ちた主・・・1)パリサイ人に対し。①愛のない者の接待を受け入れました。接待の落ち度を責め、救いに導こうとしました。罪深い女よりも、罪が少ないことを認めました。2)罪深い女に対して。彼女の接触を避けず、なすがままに己の身を委ねました。罪を赦し、心の重荷は降ろされました(ルカ7:47)シモンには女の愛を褒めましたが、彼女には信仰を褒めました。平安を与えました。主に従う故に受ける非難や罵声を受けてもよいように、心に平安と、確信を与えられました。悔い改めを心から喜び、受け入れました(15:10)3)神は愛です。パリサイ人は神に対する負債を、律法を守ることでは払えません。それは、罪の無い主のみが十字架の死をもって払えるのです。罪の女は、自らの罪深さを認め、罪を赦してくださるお方を愛し、献身の愛にまで導かれました。重荷であった罪を赦され、ますます、主に対する愛は増し加えられたのです。




秋のチャペルコンサートの様子
教会の各活動


午後は、秋のチャペルコンサート(塚田献師)が行われました。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(10月1日)10:30~


聖書:ヨブ記16章19節
題:天の保証
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:201、283

■聖書研究祈祷会 水曜日(10月2日)19:30~


聖書:マルコの福音書10章13~16節
題:子どものように
説教者:大頭眞一師
新聖歌:9、172、233

■主日礼拝 来週日曜日(10月6日)10:30~


招詞:イザヤ書45章22節
交読文:40 詩篇126篇
聖書:コロサイ書1章28~29節
題:福音宣教の精神
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:2、448、429

【お知らせ】秋のチャペルコンサート 9/29 開催します

※この記事は、9/29 の「秋のチャペルコンサート」のお知らせです。

京都信愛教会では今年も、秋のチャペルコンサートを行います。

今年の音楽ゲストは、賛美グループ Lyre(リラ)のヴォーカルであり、牧師でもあられる 塚田献師です。

どなたでも入場無料です。癒しのメッセージ、心あたたまる賛美のひとときをどうぞお過ごしください。

詳しい案内は、以下のチラシをご覧ください(クリックすると、大きく表示されます)。


■演奏曲目


「真理の光」「主の御手につつまれて」「あなたに呼ばわる」「あなたの喜びとなるように」その他(予定)

※午前の礼拝(10:30~)でも演奏を予定しています


■賛美・ピアノ: 塚田 献 ● つかだ ささぐ



1969年生まれ、新潟県出身。
牧師家庭の長男として育つ。
東京基督教大学神学科を卒業後、新潟県の五泉福音キリスト教会(日本伝道福音教団)に赴任し、6年間牧会する。
2004年にブラジル日系人宣教のために宣教師として遣わされる。
2012年に帰国、高田聖書教会の牧師に就任。
妻と3人の息子がいる。
神学校時代に結成した賛美グループ LYREで 20年間活動している。

■LYRE(リラ)とは

1993年、東京基督教大学の在学生6人で結成された賛美グループ。
在学中、学園祭や教会でのコンサートを行う。卒業後もアルバム制作を継続、各地でコンサートを行う。
ヒーリングゴスペルが原点のサウンドは、多くの方々の励ましとなっている。
最新アルバム「共に」は、東日本大震災という大きな痛みの中にある日本の姿を見ながら、「大きなことは出来ないけれど、賛美を届けたい」という思いが生まれて出来上がった。愛する人たちに寄り添って紡ぎ出された歌詞とメロディーは、優しさと希望に満ちている。


2013年9月22日日曜日

主日礼拝「うちにいますキリスト」

礼拝メッセージ 「うちにいますキリスト」 コロサイ人への手紙1章26~27節

長谷川和雄師




ゴードン将軍()は熱心なクリスチャンで、部下に福音を語り信仰者に導きました。元の部隊に戻った兵士に「福音に留まり続けていますか」と質問すると、「閣下、信仰に留まっていません。前進しております」と応えました。私たちの信仰は停滞していますか、前進していますか、それとも後退していますか。

.明らかにされた奥義・・・1)奥義。奥義とは、信頼に足る人にだけ語られる、大切な秘密のことです。神の聖徒たちに明らかにされた奥義とは、福音の真理の言葉(1:525)、キリストについてのあかしです(ヨハネ5:39)2)世から聖別。世から聖別された神の聖徒である者に、奥義を明らかにしてくださいました。世につく者は神を第一とせず、肉の欲・目の欲を求め、嘘を言い、人から認められること、賞賛、慰め、哀れみを求め、表面的で、人を自分に付け、持ち物や知識、経歴や地位を誇り、おべっか、(おど)、偽善を行います(Iヨハネ2:15-17)。このような者に、神の奥義は明らかにされません。しかし、神に聖別され、世から分離し、世と妥協せず、神の栄光のために生きる神の聖徒たちには、神が奥義を明らかにしてくださいます。

.栄光にとんだ奥義・・・今まで隠されていた真理の言葉は、神の選民ではない異邦人にも与えられました。選民は神の選びを自慢し、自らを正しいとし、律法主義的で偽善的な生活をしていました。神は、「私はきちんと礼拝をし、献金をし、聖書を読み、祈りをし、人に伝道し導いている。・・・している」と、自画自賛し、他者を見下し、他者を助けないような者を、神は喜ばれません。それが、律法学者、パリサイ人でした。しかし、自らが如何に足りない者であるかを認め、神の前に謙り、砕かれた者を、主は喜んで、神の奥義を知らせようとされたのです。決して無くなることのない、人々に分け与えても、決して無くならない恵み、それが神の栄光に富んだ奥義です。それを受けると次のものが与えられます。神の平安世が与える平安ではありません。金、地位、名誉、富、成功、これらを得て得る平安は世の与える平安です。そうではなく、神が与えてくださる平安です(ヨハネ14:27、ローマ5:1)。すなわち、十字架の福音に生かされ、神との和解を得ている平安です。神の愛。変わりやすく、打算的で、人間的な偽りの愛ではなく、神の愛です。それは、一方的で犠牲的な愛であり、真実の愛です(エペソ3:17-19)神の徳。品性の実を結びます(コロサイ2:9)

.受けるべき奥義・・・私たちは、この奥義を信仰によって受けることができます(エペソ3:17)。この奥義とは、私たちのうちにいますキリストであり、栄光の望み(輝く希望)です。キリストを内にお迎えするのは、努力や人間の言葉(「愛します。迎えます」など)によるのではありません。主を信じ、主により頼む者を、主は心を変えてくださるのです。キリストを信じる信仰による歩みこそ、キリストを内に迎えた生き方です(ガラテヤ2:19-20)。かって、講演会の帰り、講師と同じ電車になり証しの時が与えられ、講師の方が涙を浮かべ「私には愛が無いんだよ」と言われましたが。その教会で、多数の受洗者(教会員のご主人)が与えられましたが、理由は「家にキリストがいる」と、奥様の信仰の証によりました。彼女たちは、みんな砕かれた魂とされていたのです(詩篇51:17)。私たちは栄光の望みなる主を、信仰によって内にお迎えし、主と共に生き、如何なるところにおいても、神の栄光を現わす者とならせていただきましょう。




CS青年合同レクリエーションの様子
教会の各活動


午後は、CS青年合同レクリエーション(京都御所内公園)が行われました。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(24日)10:30~


聖書:詩篇10篇17節
題:その心を強くして
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:367、316

■聖書研究祈祷会 水曜日(25日)19:30~


聖書:マルコの福音書3章13~19a節
題:十二使徒の任命
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、397、429

■主日礼拝 来週日曜日(29日)10:30~


招詞:ヘブル書4章14~16節
交読文:11 詩篇32篇
聖書:ルカの福音書7章36~50節
題:主を愛する心
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:19、89、342

2013年9月15日日曜日

主日礼拝「老人を愛される神」

礼拝メッセージ 「老人を愛される神」 イザヤ書46章1~13節

長谷川和雄師






敬老の日に高齢者の多くが、「老人と言われるといい気がしない」と言いますが、カーター米大統領の著書『老年時代』に、「自分は老人だ、と考えるようになったときに老人になる」とあります。東洋の定住型の農業社会では、経験と知識に富む老人が尊ばれました(箴言16:3120:29)。江戸時代の役職名も大老、老中、家老と、尊称でした。しかし、欧米型技術文明の発展と共に、老人への敬意が薄れ、今日の福祉国家では、老人は社会的弱者とみなされ、軽く見られています。老人福祉法(1965年)では65歳以上の人を「老人」と定義していますが、高齢者人口は増加の一途をたどり、1963年の高齢化率(65歳以上)は6%、昨年は23.3%、75歳以上も約10%と、超高齢社会です。創造力には年齢の差が無く、実務解決能力は経験を積むほど大きくなるということで、老人の生き甲斐対策がなされ、高齢者に勇気と希望を与えています。しかし、高齢者に共通の3つの悩みを乗り越えるために、真の神を知りましょう(伝道の書12:1-7)

.神の助け・・・肉体的な弱さ:老人は体、特に足腰の弱さを覚え、気も弱くなり、死を待つばかりとの悩みです。唯一、「口」が元気で愚痴、不平、不満ばかりを言ってしまう。多くの人は、寄りすがるところがなく偶像を拝むのですが、老いて自分の生活もままならなくなった時、「粗末にしたら罰が当たるのではないか」と思い、さらに悩みが増し、気持ちから落ち込んでいます。しかし、真の神は弱い者を持ち運び、励まし、気を強くし、助けてくださいます。主を待ち望むものは新たなる力が与えられるのです(4、イザヤ40:31)。主を信じる者に神は、心からの感謝と賛美を与えてくださいます(Iテサロニケ5:16-18)

.神の導き・・・家や社会で邪魔者扱い:ことわざに、「年寄りと仏壇は置き所が無い」とあり、親の面倒を子どもたちでたらいまわしをし、挙句の果て現代の姨捨山に追いやってしまっています。しかし、私たちを創造してくださった主は、私たちを造ったゆえに、私たちを持ち運び、導いてくださいます。それは神に何かをして頂いて喜ぶだけでなく、私たちが神のために何かをして、神に喜んでいただける道に導かれるということです。それは、祈ること、献げること、感謝を証しする(ピリピ4:4-7。み言葉によって生かされた)ことです。主はこのような使命を老人に与え、希望をもって生きるようにしてくださいます。

.神の救い・・・前途がなく死を待つばかり:死は誰にも臨みますが、真の神を知らない人の死は寂しく辛いものです。ですから、高齢化率の上昇に伴い、高齢者の自殺者数も増加しています。毎年の自殺者数が3万人以上で、その4割が60歳以上です。原因の7割が健康問題です。続いて経済問題、家庭問題です。男性は女性の2倍以上です。死の不安を覚え、永遠の命のことを知らずに死ぬことは禍の道なのです。しかし、創造主なる神は贖いを完成し、私たちを持ち運びます。悔い改めて主を信じるなら、永遠のいのちと復活の希望を与えられ、主の臨在の約束を得、主の永遠の腕によって支えてくださいます(詩篇23:、申命記33:27)。謙る者に、神は良きもので満たし、最善をなし、支え、真実をなしてくださるお方です。み言葉に賭け、み言葉に従う歩みをいたしましょう。そうするなら周りの人々から尊敬される老人と主にあって変えられ、神の栄光を現す者に導いてくださいます。

敬老祝福祈祷の様子
教会の各活動


午後は、壮年会(親睦会)、婦人会(フラワーバイキング)が行われました。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(17日)10:30~


聖書:詩篇69篇26節
題:痛み
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:337、332

■聖書研究祈祷会 水曜日(18日)19:30~


聖書:サムエル記上16章1~13節
題:ダビデの選び
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:357、45、390

■主日礼拝 来週日曜日(22日)10:30~

招詞:ヘブル書10章19~22節
交読文:19 詩篇51篇
聖書:コロサイ書1章26~27節
題:うちにいますキリスト
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、373、342

2013年9月8日日曜日

会衆賛美「今日まで守られ」「キリストには代えられません」

京都信愛教会の賛美デュオ Blessの二人による会衆賛美リード。

    • 「今日まで守られ」作詞:笹尾鉄三郎, 作曲:Asahel Nettleton (新聖歌171番)
    • 「キリストには代えられません」作詞:Rhea F. Miller, 作曲:Beverly Shea (新聖歌428番)






    京都信愛教会では、毎週第2日曜日の礼拝で Blessが会衆賛美のリードをしています。

    また、毎月第3日曜日の礼拝では青年会や婦人会なども含め月替わりで特別賛美が行われます。

    どなたでも、どうぞ礼拝にお越しください。

    主日礼拝「教会のための苦難」

    礼拝メッセージ 「教会のための苦難」 コロサイ人への手紙1章24~25節

    長谷川和雄師




    心と体と魂が受ける苦しみは、辛く、痛く、耐えられず、先の見えない暗さに希望を失い、我慢できず、難しいことです。また、真理が曲げられ、真実が通らない苦しみです。それは、人は避けたく、望まないことですが、いろいろな時、形、方法、量で人に臨みます。人は罪を犯すゆえ、苦難を受けるのは当然です(ローマ2:9)。しかし、キリストを信じ従うがゆえに受ける苦難には、忍耐と希望が与えられ、信仰が育てられ、品性の実が結ばれます(ローマ5:3-5)

    Ⅰ.苦難の中の喜び・・・私たちがキリストを信じるがゆえの苦しみにあったとしても、最後まで耐え忍ぶ者は救われ(マタイ24:4-13)、主の再臨の時には喜びに満ち溢れると、聖書に約束されています(Iペテロ4:13)。主は神であられるのに、人の救いのために人としてこの世に生まれ、自ら進んで苦難を受けられ、人からも神からも見捨てられ、十字架にかかり身代わりとなって死んでくださり、神と人とに仕えられました。キリストはその苦しみを通して、キリストのからだなる教会を生み出してくださいました。

    Ⅱ.キリストの苦難の実・・・教会と人間が完成されたものとなるために、私たちにはキリストの苦しみ(犠牲を払う)を補う(完成する。満たす)ための苦しみが残されています。大瀬敏昭氏(茅ヶ崎市立浜之郷小学校元校長)は末期癌と戦いながら、自分の身を呈して子どもたちに「いのちの授業」を続け、教師にも、子どもの心にも、生と死を教え、感化を与えました。ダビデはサウル王、多くの部下、自分の子どもから誤解され、苦しめられ、悩まされましたが、それを弁解したり、相手を非難したり、仕返しをしたりしませんでした。かえって執り成し(Ⅱサムエル16:5-14)、謀反人である息子の死を悲しみました。主は十字架上で激痛を受けながらも、自分を苦しめる者たちのために、執り成しの祈りをされました(ルカ23:34)。私たちも、自分を悩まし、苦しめる者のためにも、執り成しの祈りをする者とならせて頂きましょう。

    Ⅲ.キリストの苦難の完成・・・罪が赦され、神との交わりが回復され、神の子とされ、御国に入る希望を与えられるのは、律法を守ることでなく、信仰によるのです。パウロはキリストの苦しみを完成するために、教会に奉仕する者、つまり、み言葉に生き、苦難を身に負って生きる者、たとえどのような状況におかれようとも、キリストの十字架のゆえに、自分を苦しめる者を愛していく者となりました。これは、み言葉に生きる者の姿です(25)。み言葉を覚えて人に当てはめることならば、悪魔でもします。しかし、自分に当てはめ、み言葉に素直に従って生きる歩みは、自分の十字架を負う歩みであり、苦しみの道です(マタイ16:15-26)。けれども、神はその苦しみを通して私たちを完全な者とし、力づけ、不動の者としてくださいます(Iペテロ5:10)クリスチャンは、ただ信じることだけでなく、主のために苦しむことをも賜っています(ピリピ1:29)。その苦しみに対して、弁解、いいわけ、中傷、力でねじ伏せ、自己憐憫をする人は、苦悩に満ちた顔になります。しかし、以前、葬儀屋さんに、「先生の教会の皆さんの最期の顔は輝いていますね」と、言われたことがあるのですが、クリスチャンは苦しみを受けた人生であっても、最期は輝けるのです。それは、私たちを救うため、全ての苦しみを受けられたキリストが共に苦しみを負い、乗り越える力を与えてくださるからです。ですから、私たちに負いきれない苦しみはありません。苦しみの中にあっても、主にあってみ言葉に生かされ、輝かせて頂きましょう(Ⅱコリント1:4-7、7:412:9-10)

    8/25 CS特別賛美の様子

    教会の各活動


    午後は、CS教師会が行われました。

    今週~来週の予定


    ■婦人祈祷会 火曜日(10日)10:30~


    聖書:ヤコブ書1章4節
    題:忍耐を完全に働かせて
    説教者:長谷川ひさい師
    新聖歌:316、262

    ■聖書研究祈祷会 水曜日(11日)19:30~


    聖書:マルコの福音書3章7~12節
    題:神の栄光のために
    説教者:長谷川和雄師
    新聖歌:7,337、494

    ■主日礼拝 来週日曜日(15日)10:30~


    招詞:イザヤ書43章1節
    交読文:28 詩篇91篇
    聖書:イザヤ書46章1~13節
    題:老人を愛される神
    説教者:長谷川和雄師
    新聖歌:22、211、238