カテゴリ別: 主日礼拝(4)


主日礼拝「教会で偉い人」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
教会で偉い人
聖書
ルカによる福音書7章1~10節
説教者
足立幹夫師
出席者数
59人

聖書: ルカによる福音書7章1-10節 (中心聖句は9節) 口語訳

1
イエスはこれらの言葉をことごとく人々に聞かせてしまったのち、カペナウムに帰ってこられた。
2
ところが、ある百卒長の頼みにしていた僕が、病気になって死にかかっていた。
3
この百卒長はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長老たちをイエスのところにつかわし、自分の僕を助けにきてくださるようにと、お願いした。
4
彼らはイエスのところにきて、熱心に願って言った、「あの人はそうしていただくねうちがございます。
5
わたしたちの国民を愛し、わたしたちのために会堂を建ててくれたのです」。
6
そこで、イエスは彼らと連れだってお出かけになった。ところが、その家からほど遠くないあたりまでこられたとき、百卒長は友だちを送ってイエスに言わせた、「主よ、どうぞ、ご足労くださいませんように。わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。
7
それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。
8
わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。
9
イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。
10
使にきた者たちが家に帰ってみると、僕は元気になっていた。

本日は聖三一コミュニティー教会の足立幹夫師をお迎えして、礼拝が行われました。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
新しく生まれる
みことば
ヨハネによる福音書3章1~15節
出席者数
9人(生徒のみ集計)

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「キリストのご権威のもとに服する~百卒長の信仰」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
キリストのご権威のもとに服する~百卒長の信仰
聖書
ルカによる福音書7章1~10節
説教者
加藤郁生師
出席者数
67人

聖書: ルカによる福音書7章1-10節 (中心聖句は9節) 口語訳

1
イエスはこれらの言葉をことごとく人々に聞かせてしまったのち、カペナウムに帰ってこられた。
2
ところが、ある百卒長の頼みにしていた僕が、病気になって死にかかっていた。
3
この百卒長はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長老たちをイエスのところにつかわし、自分の僕を助けにきてくださるようにと、お願いした。
4
彼らはイエスのところにきて、熱心に願って言った、「あの人はそうしていただくねうちがございます。
5
わたしたちの国民を愛し、わたしたちのために会堂を建ててくれたのです」。
6
そこで、イエスは彼らと連れだってお出かけになった。ところが、その家からほど遠くないあたりまでこられたとき、百卒長は友だちを送ってイエスに言わせた、「主よ、どうぞ、ご足労くださいませんように。わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。
7
それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。
8
わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。
9
イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。
10
使にきた者たちが家に帰ってみると、僕は元気になっていた。

礼拝メッセージの要約 「キリストのご権威のもとに服する~百卒長の信仰」 加藤郁生師

人にレッテルをはるのは人間としてもっとも浅薄な行為ですが、誰もがその誘惑に抗しがたいものです。 ローマに支配されていた当時、ユダヤ人たちはきっとローマの軍人に敵意をもって異邦人のレッテルを張っていたでしょう。

ところがこの箇所に出てくる百卒長ときたら、 当時のユダヤ人の長老から「ねうちのある人物」「ユダヤの国を愛している」人物と認められ、 長老たちはこの百卒長のためにイエス様への使いに行く労をもいといませんでした。

これほどの男がイエス様に謙遜をもって、僕の癒しを求めました。

「ただ、お言葉をください。そして、わたしの僕をなおしてください」

軍人ほど、言葉が直接的に命にかかわる仕事はないでしょう。 上官の一言が、部下の生死を分けます。 ですから百卒長は、命令する言葉の重みを痛いほど知っていました。

その百卒長の前にお立ちくださるのは、神の子、救い主です。 彼は、全服の信頼を置いてキリストのお言葉を求め、主のご権威に服しました。

それならば、今日の信仰者たるわたしたちの信仰はどうでしょう。 これほどの信頼をもって、キリストのお言葉に従っているでしょうか。

「ただお言葉をください」の後に続くのは、全き信頼と服従です。 わたしたちはこの百卒長の信仰に習い、主に従い抜く者とさせていただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
神の見えない手
みことば
創世記45章1~15節
出席者数
8人(生徒のみ集計)

午後より、婦人会(例会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「約束のものに向かって前に進む信仰」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
約束のものに向かって前に進む信仰
聖書
ヘブル人への手紙10章32節~11章16節
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: ヘブル人への手紙10章32-39節 口語訳

32
あなたがたは、光に照されたのち、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してほしい。
33
そしられ苦しめられて見せ物にされたこともあれば、このようなめに会った人々の仲間にされたこともあった。
34
さらに獄に入れられた人々を思いやり、また、もっとまさった永遠の宝を持っていることを知って、自分の財産が奪われても喜んでそれを忍んだ。
35
だから、あなたがたは自分の持っている確信を放棄してはいけない。その確信には大きな報いが伴っているのである。
36
神の御旨を行って約束のものを受けるため、あなたがたに必要なのは、忍耐である。
37
「もうしばらくすれば、きたるべきかたがお見えになる。遅くなることはない。
38
わが義人は、信仰によって生きる。もし信仰を捨てるなら、わたしのたましいはこれを喜ばない」。
39
しかしわたしたちは、信仰を捨てて滅びる者ではなく、信仰に立って、いのちを得る者である。

聖書: ヘブル人への手紙11章1-16節 (中心聖句は1節) 口語訳

1
さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。
2
昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された。
3
信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。
4
信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。
5
信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。
6
信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自分を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。
7
信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった。
8
信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。
9
信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り、同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ。
10
彼は、ゆるがぬ土台の上に建てられた都を、待ち望んでいたのである。その都をもくろみ、また建てたのは、神である。
11
信仰によって、サラもまた、年老いていたが、種を宿す力を与えられた。約束をなさったかたは真実であると、信じていたからである。
12
このようにして、ひとりの死んだと同様な人から、天の星のように、海べの数えがたい砂のように、おびただしい人が生れてきたのである。
13
これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。
14
そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。
15
もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。
16
しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。

礼拝メッセージの要約 「約束のものに向かって前に進む信仰」 加藤郁生師

ヘブル人への手紙の記者は、当時の教会のクリスチャンに、自分の持っている信仰の確信を放棄することがないように勧めました。 やはり当時の教会でも、信仰が次第に冷めていくことがあったのでしょう。 信仰が後退する人々もいたのです。

しかし、ヘブル人への手紙の記者はもう一度そういった人々に、 来るべきキリストの再臨を待ち望む信仰をしっかりと持つように鼓舞するのです。

  • 信仰とは…

    記者はあらためて、信仰を定義します。

    「信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」

    この信仰の定義は、信仰が 「キリストの十字架を土台にして、終末のキリストの再臨、神の栄光のみ国の到来を待ち望むこと」 であることを明らかにしました。 信仰は、栄光に満ちた未来を志向するのです。

  • アブラハムの信仰

    アブラハムもその信仰の道を全うしました。 ハランに住んでいたアブラハムは、神の召命を受け、カナンにおもむき天幕生活をしました。 その生活をやめてハランに戻ることをしませんでした。 なぜならアブラハムはこの世にまさった天にあるふるさと、神の都を待ち望んだからです。

わたしたちの信仰も後戻りする誘惑があります。 しかし信仰を捨ててはいけません。 その確信には来るべき永遠の都に住まうという、大きな報いが伴なっているのです!

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
共におられる神
みことば
創世記28章10~22節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、CS・青年会合同秋のレクリエーション「パフェパーティー」、CS教師会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「“イエス様ならきっと”という信仰」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
“イエス様ならきっと”という信仰
聖書
マルコによる福音書2章1~12節
説教者
加藤郁生師
出席者数
63人

聖書: マルコによる福音書2章1-12節 (中心聖句は5節) 口語訳

1
幾日かたって、イエスがまたカペナウムにお帰りになったとき、家におられるといううわさが立ったので、
2
多くの人々が集まってきて、もはや戸口のあたりまでも、すきまが無いほどになった。そして、イエスは御言を彼らに語っておられた。
3
すると、人々がひとりの中風の者を四人の人に運ばせて、イエスのところに連れてきた。
4
ところが、群衆のために近寄ることができないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床をつりおろした。
5
イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。
6
ところが、そこに幾人かの律法学者がすわっていて、心の中で論じた、
7
「この人は、なぜあんなことを言うのか。それは神をけがすことだ。神ひとりのほかに、だれが罪をゆるすことができるか」。
8
イエスは、彼らが内心このように論じているのを、自分の心ですぐ見ぬいて、「なぜ、あなたがたは心の中でそんなことを論じているのか。
9
中風の者に、あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きよ、床を取りあげて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。
10
しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と彼らに言い、中風の者にむかって、
11
「あなたに命じる。起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。
12
すると彼は起きあがり、すぐに床を取りあげて、みんなの前を出て行ったので、一同は大いに驚き、神をあがめて、「こんな事は、まだ一度も見たことがない」と言った。

礼拝メッセージの要約 「“イエス様ならきっと”という信仰」 加藤郁生師

人は自分が病気の時もつらいのですが、自分の家族、友人知人が病気で苦しんでいるのを見ることも、またつらいものです。 病気で苦しんでいる人が、何とか治る手立てはないかと考えます。

イエス様の時代も、人の気持ちは一緒でした。 ある時、中風の人の苦しみに心痛めていた人たちは、一縷の望みをもってイエス様の所に運んでいき、屋根をはがしてつり下ろしました。 彼らの信仰を見たイエス様は、罪をゆるし、いやされました。

このように、イエス様は救われるべき本人以外の、その人を大切に思っている者たちのとりなし、祈り、願いを無視されるお方ではありませんでした。 彼らの信仰を見てくださり、その愛の労苦に報いてくださったのです。

このことはわたしたちに、勇気と希望を与えます。今、わたしたちの周りに苦しんで入る人、悲しんでいる人がいます。 しかしわたしたちは彼らの代わりに、祈りとりなすことができるのです。 わたしたちが主を信じてとりなす時、イエス様はわたしたちの祈りに答えてくださり、働いてくださるのです。

ですから、わたしたちのとりなしは決して無駄に終わりません。 わたしたちの大切な家族や友人のために、信仰をもって祈り続けようではありませんか。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
約束を信じる
みことば
創世記15章1~6節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「破れを繕う者~信仰者の生きる道」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
破れを繕う者~信仰者の生きる道
聖書
イザヤ書58章6~12節
説教者
加藤郁生師
出席者数
72人

聖書: イザヤ書58章6-12節 (中心聖句は12節) 口語訳

6
わたしが選ぶところの断食は、悪のなわをほどき、くびきのひもを解き、しえたげられる者を放ち去らせ、すべてのくびきを折るなどの事ではないか。
7
また飢えた者に、あなたのパンを分け与え、さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、裸の者を見て、これを着せ、自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。
8
そうすれば、あなたの光が暁のようにあらわれ出て、あなたは、すみやかにいやされ、あなたの義はあなたの前に行き、主の栄光はあなたのしんがりとなる。
9
また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、あなたが叫ぶとき、『わたしはここにおる』と言われる。もし、あなたの中からくびきを除き、指をさすこと、悪い事を語ることを除き、
10
飢えた者にあなたのパンを施し、苦しむ者の願いを満ち足らせるならば、あなたの光は暗きに輝き、あなたのやみは真昼のようになる。
11
主は常にあなたを導き、良き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、あなたの骨を強くされる。あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる。
12
あなたの子らは久しく荒れすたれたる所を興し、あなたは代々やぶれた基を立て、人はあなたを『破れを繕う者』と呼び、『市街を繕って住むべき所となす者』と呼ぶようになる。

礼拝メッセージの要約 「破れを繕う者~信仰者の生きる道」 加藤郁生師

旧約の時代に、イザヤはイスラエルを復興する者を「破れを繕う者」と呼び、その出現を待望しました。 わたしたちの時代も「破れを繕う者」こそが待ち望まれています。

破れを繕う者とは、以下の通りです。

  1. 主に破れを繕われた者

    わたしたちは、破れを繕う前に、自分の破れを繕っていただかなければなりません。 わたしたちはみな破れがあります。

    それは自分の力ではどうにもなりません。 しかしキリストはご自身の十字架の贖いをもって、わたしたちの破れを繕ってくださったのです。 そのことを片時も忘れないようにしたいのです。

  2. この世の破れを繕う者

    破れを繕っていただいたわたしたちの前にあるのは、この世の破れです。 その破れは、身近な所(家庭、職場、学校)から世界的な紛争にいたるまで世界に満ちています。

    わたしたちは小さな所からでも、キリストの愛をもって破れを繕うべく主に召されています。 繕うべき道具は福音です。 破れを繕うべく立ち上がりましょう。

  3. 教会の破れを繕い合う者

    教会にも破れがあります。 人間が人間たる所以です。 牧師の破れ、信徒の破れ。

    しかし大切なのはその破れを、キリストの愛をいただいてお互いに繕い合うことです。 教会が完全であるというのではなく、破れを有しながらも、互いに繕い合うことの中に「教会らしさ」があるのです。

    教会の主であるキリストは、わたしたちの破れに痛みます。 破れを繕い合いましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
箱舟なるキリスト
みことば
創世記7章1~24節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、青年会(祈りと証し会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
7人