カテゴリ別: 主日礼拝(3)


主日礼拝「信仰者がすでに与えられているもの」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
信仰者がすでに与えられているもの
聖書
テモテへの第二の手紙1章1~14節
説教者
加藤郁生師
出席者数
65人

聖書: テモテへの第二の手紙1章1-14節 (中心聖句は7節) 口語訳

1
神の御旨により、キリスト・イエスにあるいのちの約束によって立てられたキリスト・イエスの使徒パウロから、
2
愛する子テモテへ。父なる神とわたしたちの主キリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とが、あなたにあるように。
3
わたしは、日夜、祈の中で、絶えずあなたのことを思い出しては、きよい良心をもって先祖以来つかえている神に感謝している。
4
わたしは、あなたの涙をおぼえており、あなたに会って喜びで満たされたいと、切に願っている。
5
また、あなたがいだいている偽りのない信仰を思い起している。この信仰は、まずあなたの祖母ロイスとあなたの母ユニケとに宿ったものであったが、今あなたにも宿っていると、わたしは確信している。
6
こういうわけで、あなたに注意したい。わたしの按手によって内にいただいた神の賜物を、再び燃えたたせなさい。
7
というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。
8
だから、あなたは、わたしたちの主のあかしをすることや、わたしが主の囚人であることを、決して恥ずかしく思ってはならない。むしろ、神の力にささえられて、福音のために、わたしと苦しみを共にしてほしい。
9
神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み、
10
そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不死とを明らかに示されたのである。
11
わたしは、この福音のために立てられて、その宣教者、使徒、教師になった。
12
そのためにまた、わたしはこのような苦しみを受けているが、それを恥としない。なぜなら、わたしは自分の信じてきたかたを知っており、またそのかたは、わたしにゆだねられているものを、かの日に至るまで守って下さることができると、確信しているからである。
13
あなたは、キリスト・イエスに対する信仰と愛とをもって、わたしから聞いた健全な言葉を模範にしなさい。
14
そして、あなたにゆだねられている尊いものを、わたしたちの内に宿っている聖霊によって守りなさい。

礼拝メッセージの要約 「信仰者がすでに与えられているもの」 加藤郁生師

わたしたちは「もの忘れ」ということがあります。 何か大切なものを忘れて置いて来てしまった、大切な用件を忘れてしまった、 というようなことの経験がおありかと思います。

その点では、信仰も同様かもしれません。 わたしたちが信仰によって与えられた大切なものを、わたしたちはついつい忘れてしまうことがないでしょうか。 パウロはテモテに、その大切なもの思い出すように求めました。

パウロは、テモテがすでに神から与えられている賜物たる力と愛と慎みの霊を、再び燃えたたせるように促しました。 わたしたちもこの霊に燃やされ、主にお仕えしていきましょう。

  1. 力の霊

    御霊は信じる者の内にお住みくださり、わたしたちに力を与えてくださいます。 宣教の力、罪に打勝つ力、試練や困難に絶える力、神と人に仕える力、これらのものを神は惜しみなく与えてくださるのです。 この力をいただいて、勝利ある人生を歩むことができるのです。

  2. 愛の霊

    御霊は愛です。 もとよりわたしたちの側には愛はありませんが、主が御霊によってわたしたちに愛を満たしてくださるのです。 もしこのことを忘れるならば、わたしたちは自己中心のエゴのかたまりとなるでしょう。 ですから、内にいただいている霊を存分に燃やして、キリストの愛に生きる者となりましょう。

  3. 慎みの霊

    わたしたちにとって必要なのは、この慎みの霊です。 信仰があるといっても、わたしたちがこの慎みを失ったら無意味です。 自ら傲慢にならず、他者の気持ちをおもんばかって、クリスチャンであるからこそ良識を求められているのです。

    わたしたちは生きる福音の証しです。 神の霊をいただいて、慎んでわたしたちの務めを全うしましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
御声を聴く
みことば
サムエル記上3章1~18節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、青年会(クリスマス準備、交わり会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
3人


主日礼拝「みことばにより頼む確かな人生」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
みことばにより頼む確かな人生
聖書
詩篇119篇105~112節
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: 詩篇119章105-112節 (中心聖句は105節) 口語訳

105
あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。
106
わたしはあなたの正しいおきてを守ることを誓い、かつこれを実行しました。
107
わたしはいたく苦しみました。主よ、み言葉に従って、わたしを生かしてください。
108
主よ、わがさんびの供え物をうけて、あなたのおきてを教えてください。
109
わたしのいのちは常に危険にさらされています。しかし、わたしはあなたのおきてを忘れません。
110
悪しき者はわたしのためにわなを設けました。しかし、わたしはあなたのさとしから迷い出ません。
111
あなたのあかしはとこしえにわが嗣業です。まことに、そのあかしはわが心の喜びです。
112
わたしはあなたの定めを終りまで、とこしえに守ろうと心を傾けます。

礼拝メッセージの要約 「みことばにより頼む確かな人生」 加藤郁生師

「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です」

わたしたちの人生についてよく言われますことは、一寸先は闇であるということです 。確かにわたしたちの人生は何があるか分かりませんが、そのことが多くの方々に不安を与えます。

しかし聖書は、神様のみ言葉がその人の足のともしび、道の光だというのです。 わたしたちは、このみ言葉の光を必要としているのではないでしょうか。

  1. 神様の愛を教えるみ言葉

    聖書は神様が愛であることを記しています。 この世界を、宇宙を、命あるすべての者を創造された神様は、 わたしたち人間を特別に愛する対象としてくださいました。

    人間の尊厳と言いますが、それはわたしたちが神様に愛される存在であることから来ているように思います。 ですから、神の愛を知ることは大切です。 み言葉は神の愛の光をもって、わたしたちの心を照らすのです。

  2. 神様の御心を教える聖書

    わたしたちが神の愛を知り、十字架の救いをいただく時に、 わたしたちは神の御心を知り従いたいと願います。 神の御心は様々なことを通して知りますが、何といってもみ言葉がそのことを教ます。

    み言葉に親しむ人は、神と親しみ、神の御心を知る人です。 わたしたちはそのような幸いな人生を歩みたいと思うのです。

  3. 神様の力を与える聖書

    パウロは「十字架の言葉は、…救いに預かるわたしたちには、神の力である」と言いました。 み言葉の力を体験しているパウロならではの言葉でしょう。 わたしたちも、み言葉によって神の力を体験することができます。 み言葉は単なる教えではなく、生きて働く神の力なのです。

    わたしたちの人生には、苦しい時、つらい時、悲しい時がありますが、 そんな時、み言葉によって力をいただいて立ちあがろうではありませんか。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
信仰による前進
みことば
ヨシュア記1章1~9節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、秋のチャペルコンサート が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「わたしは、その罪人のかしらなのである」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
わたしは、その罪人のかしらなのである
聖書
テモテへの第一の手紙1章12~17節
説教者
加藤郁生師
出席者数
60人

聖書: テモテへの第一の手紙1章12-17節 (中心聖句は15節) 口語訳

12
わたしは、自分を強くして下さったわたしたちの主キリスト・イエスに感謝する。主はわたしを忠実な者と見て、この務に任じて下さったのである。
13
わたしは以前には、神をそしる者、迫害する者、不遜な者であった。しかしわたしは、これらの事を、信仰がなかったとき、無知なためにしたのだから、あわれみをこうむったのである。
14
その上、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスにある信仰と愛とに伴い、ますます増し加わってきた。
15
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。
16
しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し、そして、わたしが今後、彼を信じて永遠のいのちを受ける者の模範となるためである。
17
世々の支配者、不朽にして見えざる唯一の神に、世々限りなく、ほまれと栄光とがあるように、アァメン。

礼拝メッセージの要約 「わたしは、その罪人のかしらなのである」 加藤郁生師

パウロの手紙を読みますと、時として自分の気持ちを吐露するような記事にぶつかります。

「わたしは、その罪人のかしらなのである」

愛する弟子テモテに書かれた手紙の中でパウロはこのように言いますが、 この文章を書いた時、パウロの脳裏をよぎったものは何だったでしょうか。

人間は死ぬ前に罪が走馬灯のようによぎると言われていますが、 パウロの心にも自分の犯してきた罪が浮かんできたことでしょう。

中でも、パウロが救われる前に熱中した教会への迫害は、 パウロにとって決して忘れることのできないことであったことは想像に難くありません。

パウロははっきりと復活のキリストに出会い、十字架の贖いによる罪のゆるしを確信できました。 しかし自分の犯した罪を簡単忘れるような、鈍感な人間ではなかったのです。

わたしたちクリスチャンはついつい、 自分がどこから救われ今に至っているのかを忘れてしまいます。 そしてそこから、思い上がりが生じます。

わたしたちも、パウロのように、自分が罪人であったことを謙遜に自覚しつつ、 その自分を救い、神の宣教の務めに預からせてくださる主の恵みに感謝しつつ、 慎んで主に仕えるものとさせていただきたいと思うのです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
困難における救い
みことば
出エジプト記14章10~25節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、壮年会(工作、倉庫整理)、婦人会(コンサート準備、会堂掃除) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「信仰生活の原点~恵みを恵みとして感じ取る」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
信仰生活の原点~恵みを恵みとして感じ取る
聖書
エペソ人への手紙2章1~10節
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: エペソ人への手紙2章1-10節 (中心聖句は8節) 口語訳

1
さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、
2
かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。
3
また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。
4
しかるに、あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、
5
罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは、恵みによるのである――
6
キリスト・イエスにあって、共によみがえらせ、共に天上で座につかせて下さったのである。
7
それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに賜わった慈愛による神の恵みの絶大な富を、きたるべき世々に示すためであった。
8
あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。
9
決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。
10
わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。

礼拝メッセージの要約 「信仰生活の原点~恵みを恵みとして感じ取る」 加藤郁生師

わたしたちの信仰生活は、決して平たんなものではありません。 信仰が弱る時もあれば、落ち込む時もあります。 そんなわたしたちが信仰生活を全うする秘訣があります。

それはわたしたちが救いの原点に戻ることです。

  1. わたしたちが救われた時…

    パウロはエペソ人への手紙の中で、「あなたがたが救われたのは、恵みによるのである」と二回も述べています。

    わたしたちは自分の行いによって救われたのではありませんでした。 神様からの一方的な愛による贖いの恵みによって救われたのです。 それがわたしたちの救いの原点です。

  2. 恵みによって救われたわたしたちは…

    恵みによって救われたわたしたちは、もはや自分の力によって生きる必要はありません。 恵みによって生きることができるのです。 もはや恵みのスィッチが入っているのです。

    わたしたちの救いの出発点が恵みならば、わたしたちの救いの到着点も恵みです。 神の恵みを忘れない。 いつも神の恵みを覚えて喜ぶ。 ここにわたしたちクリスチャン生活の原動力があるのです。

  3. 恵み漬けで生きる

    信仰生活、教会生活の最も大事なことは、主の恵みを恵みとして感じ取るということです。 いつも十字架を見上げて恵みに心を向けて生きる。 その意味で信仰者は恵み漬けの人生です。

    わたしたちも、恵み漬けの生き方を全うさせていただきましょう。 そして神の恵みに心からの感謝を献げて、主にお従いして行こうではありませんか。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
キリストとの出会い
みことば
ルカによる福音書19章1~10節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、CS教師会 が行われました。

夕拝は、京都聖会に合流しました。


主日礼拝「挫折の中での神の声~モーセ」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
挫折の中での神の声~モーセ
聖書
出エジプト記3章1~12節
説教者
加藤郁生師
出席者数
70人

聖書: 出エジプト記3章1-12節 (中心聖句は12節) 口語訳

1
モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた。
2
ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。
3
モーセは言った、「行ってこの大きな見ものを見、なぜしばが燃えてしまわないかを知ろう」。
4
主は彼がきて見定めようとするのを見、神はしばの中から彼を呼んで、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼は「ここにいます」と言った。
5
神は言われた、「ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。
6
また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。
7
主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。
8
わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。
9
いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。
10
さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。
11
モーセは神に言った、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。
12
神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。

礼拝メッセージの要約 「挫折の中での神の声~モーセ」 加藤郁生師

旧約聖書のモーセと言えば、イスラエルの民をエジプトから解放した偉大なる指導者として知られています。 その人物像は、男性的で力強い印象がありますが、実はモーセが大きな挫折を経験し、 またその人生の大半を平穏な羊飼いとして過ごし、神からの召命をいただいたのが晩年だったことはあまり知られていません。

  1. モーセの挫折

    モーセはユダヤ人でありながらパロの娘の子として育ちました。 エジプトと言えば世界の中心です。 その王子として育ったモーセは世界の頂点に立ったようなものでした。

    しかし急転直下、エジプト人を殺したモーセはパロから追われ、ミデアンの荒野に逃れました。 自分の力で何でもできる身分であった者が、僻地で名を伏せて暮らす身となりました。 それはモーセにとって大きな挫折でした。

  2. モーセの老い

    ミデアンで世帯を持ち、羊飼いとして暮らしたモーセは老齢を迎えました。 その暮らしは、エジプトのそれと比べて、あまりにも貧しく、つつましいものでしたでしょう。

    何も起こりようのない平坦な人生の果てに待っていたのは老年でした。 挫折と老いがモーセの人生の全てであると結論づけてもよいはずでした。

  3. 神の召命

    しかし神は、そのモーセに召命を与えました。 モーセが立ち上がるにはあまりにも、老いすぎてはいませんか? あまりにも衰えすぎてはいませんか? モーセの経験が羊飼いとはあまりにも役不足では? しかし、神様の計画は人間には測りがたいのです。

    その神の召命に臆するモーセに与えてくださったしるしは何でしょう。

    「わたしは必ずあなたと共にいる。これがわたしのあなたをつかわしたしるしである」

    モーセはこのしるしをいただいて、立ち上がるのでした。 わたしたちも神の臨在の確かなしるしをいただいています。 そこから立ち上がりましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
尽きない喜び
みことば
ヨハネによる福音書4章1~19節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、秋のチャペルコンサート実行委員会(第2回)、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人