2016年1月3日日曜日

新年礼拝「将来と希望を与える神」

礼拝メッセージ「将来と希望を与える神」エレミヤ書29章1~14節


長谷川和雄師


Ⅰ. 預言者エレミヤ…

エレミヤはヨシヤ王からゼデキヤ王の時、預言者として活躍。エルサレムが陥落し捕囚後まで44年間預言。活動時期は南ユダ王国の末期であり、最暗黒で悲劇的な時でした。バビロンがアッスリヤを滅した時、王と従者、長老、祭司、預言者、工匠、鍛冶、ダニエルたちが捕囚され、「主はバビロンを砕く」と言う反バビロンの偽預言者ハナヌヤとの対決で、彼は「バビロンに降伏し、神の裁きに従え」と預言、敵の回し者とされ投獄。ハナヌヤは死にましたが、エルサレム陥落時バビロン王の好意を受け釈放され、総督暗殺後、エジプトに亡命の仲間に強制的に連れて行かれ、そこでも預言しました。

Ⅱ. 「希望」とは…

  1. 11節は神が、エレミヤを通して、ユダヤの民に語られた希望の言葉です。その背景は喜びの出来事ではなく、1回目のバビロン捕囚の民は、神殿から遠く引き離され、全く将来の見通しが立たず、絶望から無気力になっていました。その同胞への希望の言葉です。バビロン捕囚は70年後、神は民を捕囚から解放されます。70年は試練の時ですが、神の民として回復に必要な時です。神は、災いではなく平安の計画を持っています。しかし、バビロンにいる偽預言者シマヤは、神はすぐに我々を解放しますと預言しました。
  2. 私たちは様々な理由が分からない困難や試練に遭い、先行きが見えない苦しみに遭うと、絶望的な気持ちに陥ることがあります。理由が分かり、先が見える時には耐えられますが、苦難の意味が分からない時。またいつまでこの苦難が続くのか全く分からない時には、本当に辛くなります。耐えることが難しくなります。V・フランクル(オーストリアの精神科医、心理学者)の「夜と霧」は、希望を失うと人は生きる力を失うので、「人生の意味を見出す事」が必要と記します。人は生きる意味を見出した時、生きる希望が湧きます。エレミヤが、捕囚の民に伝えたのは生きる意味でした。

Ⅲ. 民が希望をもって生きることができる3条件…

  1. バビロンの繁栄を祈り、腰を据えて生活すること。エレミヤは希望を持って、異教の地で落ち着いた生活をし、神の民として証しし、その地の平安を祈り、家を建て、畑を作り作物を収穫し、同胞同士の結婚を勧め、バビロンの平安、繁栄のために祈る事を勧めました(5-7)。前途は絶望的ではないとしても、70年の辛抱が必要でした。神は、神を信じて70年辛抱強く、期待して待つならば、必ず国に導き帰ると「幸いな約束」(新改訳)をしました(10)。試練の日は恵みの日であり、危機は転機であり、失敗は新しい段階へのスタートです。
  2. 偽預言者に聞き従わないこと(8-9)。教会内に異教信仰や世俗的な人生観と融合させようとする誤りや、律法主義、禁欲主義、神秘主義、新神学、積極思考、成果主義などの霊的な戦いに勝利するために、クリスチャンには主に信頼する者に全ての必要を備えてくださることを覚え、主の臨在を常に覚え、み言葉の約束に生きましょう。3)心を尽くして主を尋ね求めること。「呼ばわり、慕い求め」、「尋ね求め、捜し求め、探り出す、慕う、調べる、問い尋ねる」ことを「心を尽くして、一心に」、頭だけでなく神に全人格をぶつけていく信仰で、ただ神だけを期待する時、繁栄を回復しますと約束しています(12-14)。彼らは実際にその神の約束に従い、み言葉に生きる生活を築き、神が良しとした段階に達した時、民はエルサレムに帰還できたのです。現代も、この約束のみ言葉を信じて生きている人は大勢います。


教会の各活動


午後は、クリスマスの片付けが行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会は1月12日より再開します



○聖書研究祈祷会 水曜日(1月6日)19:30~21:00


聖書:使徒行伝4章1-12節
題:この方以外に救いはない
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:178、229、429



○主日礼拝 来週日曜日(1月10日)10:30~12:00


招詞:ヨハネによる福音書15章9-11節
交読文:36  詩篇116篇
聖書:Ⅰヨハネ書4章13-16節
題:神人相互の内住
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、414、342