2015年6月28日日曜日

主日歓迎礼拝「どちらを選びますか」

礼拝メッセージ「どちらを選びますか」出エジプト記20章3節


長谷川ひさい師


この世界には二種類の神が存在します。一つは人間が作った神です。もう一つは人間を造った神です。どちらの神を信じるかによって人の生き方も違ってきます。日本は宗教が盛んな国に見えます。宗教法人が19万も登録されており、神を作る名人で八百万の神々があります。少し偉いと言われると神にしてしまいます。菅原道真の天神、徳川家康の権現、乃木神社。そして、経営の神、打撃の神、魔神。高速道路の安全祈願を神主によるお払いなどをします。クリスチャンでない家では神棚、仏壇、台所にお札、車には神社のお守りが普通あります。しかし、イザヤ書44章を読みますと、これら全ては人間が作った偶像であることが分かります。

Ⅰ. 人間が作った神
十戒に、「わたしのほかに、なにものをも神としてはならない」(出エジプト20:3)、「自分のために、刻んだ像を造ってはならない」(同4)、とあります。人間が偶像を作ることは、宗教心や信仰のあらわれです。しかし、その宗教心は「自分のために」偶像を作ると指摘されています。人間が宗教を求める時、神仏を「自分のために」偶像を作ることによって、自分の宗教心を満足させるものだとしたら大きな問題です。それは、よりよく、「自分のために」、より多く利益をもたらす神々をたくさん捜し求め、多くの偶像を作っているのです。その偶像は、人間が「自分のために」、自分を主人公として支配するために作ったのですから、人間に対して「否」と言わない、ペットのようなものです。

Ⅱ. 人間を造った神
1) 「はじめに神は天と地とを創造された」(創世記1:1)、とあるように、このまことの神によって造られなかったものは何一つありません。人間や万物の創造者こそ、まことの神です。人間は被造物ですから、人間が神にはなれませんし、被造物である人間が神を利用しようとする考えは間違いです。
2) 神が燃える柴のうちに現れた時、モーセが、「名はなんというのですか」と尋ねると、神は「有って有る者」と答えました(出エジプト3:13-14)。それは、まことの神は永遠から永遠まで存在し、何ものにも依存されない神です。また、人間が必要としようがしまいが、人間が信じようが信じまいが、それによって在ったり無くなったりしません。永遠に存在し、自立自存の絶対者なる神です。
3) まことの神は人間との人格的な交わりを求めておられ、人間に知、情、意を与えられました。また、善悪を知る良心もあり、人間が神の被造物であることが示されています。まことの神は「否」と言われ、創造の目的に適わないものを、ご自身の「義」をもって裁かれます。しかし、神は愛なる方ですから、失われた人間との人格的な交わりを回復してくださいました。「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった」(1ヨハネ4:9)、「神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、神をあらわした」(ヨハネ1:18)と、聖書によって救いと、主を深く知ることができるのです。

Ⅲ. 二つの生き方。
1) 人間が造った神を信じる者は、自分のために生き、自分の利益や価値基準で判断するので、心の清さ、思いやりがなくなります。
2) 人間を創造した、まことの神を信じる者は、目的と使命をもった生き方をします。また、神に喜ばれる歩みをし、神の役に立つ生き方を喜び、人を思いやり、愛し合い、仲むつまじく、平安のある人生、天の御国を目指して歩む生き方を見いだします。このまことの神を、迷わず選び信じて歩みましょう。



教会の各活動


ブレスの会衆賛美の様子
午後は、婦人会主催全体行事「手話で歌おう」が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(6月30日)10:30~12:00


※教区牧師夫人修養会のため休会

 

○聖書研究祈祷会 水曜日(7月1日)19:30~21:00


聖書:詩篇16篇1~11節
題:主のほかに私の幸いはない
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:264、428、385

 

○主日礼拝 来週日曜日(7月5日)10:30~12:00


招詞:ヨハネによる福音書15章9-11節
交読文:57  Ⅰコリント書13章
聖書:Ⅰコリント書13章8-12節
題:愛は決して滅びない
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:364、515、396