2015年6月21日日曜日

主日礼拝「神と人を愛し尊敬される父」

礼拝メッセージ「神と人を愛し尊敬される父」ルカによる福音書10章25~37節


長谷川和雄師


CSより「父の日」の感謝にて
父の日は1910年、米国ワシントン州のドット夫人が、「父に感謝する日を」との提唱が始まりです。彼女が幼い時母が亡くなり、男手一つで子どもたちを育てた父親に感謝し、牧師に父の誕生日の6月に特別の礼拝をしてもらったことがきっかけです。1966年、36代大統領ジョンソンが、6月第3日曜日を父の日に定め今日に至っています。

心理学者フロイトは「人格の神とは、心理的に高められた父親の存在に他ならない。父の権威が崩れると同時に、若者の信仰もすみやかに失われていく」と言っています。「大草原の小さな家」に理想的な父親チャールズを見ます。しかし近年、父親が尊敬されていません。信仰による愛に満たされることによって父親の権威を回復し、尊敬される父親にならせていただき、子どもたちに信仰が与えられるようにと願います。今日は、愛の実践について学びます。

Ⅰ. 犠牲的な愛
1) エルサレムからエリコへの山道を旅する旅人が、仕事が無くなった生活困窮者たちによって、旅の途中強盗の被害にあい、死にかけていました。そこへ祭司(牧師)やレビ人(クリスチャン)が通りかかりました。彼らは、愛を説いていたので困っている人を助けるべきでしたが、見て見ぬ振りをして逃げ去りました。
2) 何故逃げたのでしょうか。①助けてると自分も強盗に遭ってしまう。②自業自得だ。③助ける余裕がない。④自分に関係のない人と考えました。少しの慈善の心からの行為で満足し、自己犠牲的な親切は嫌います。
3) この世において他人の親切心に期待をすると裏切られ失望します。利己的でなく、私利私欲をむさぼらない、純粋な愛はなかなか見つけ出せません。 

Ⅱ. 愛すべき隣人
1) 死にかけた旅人を助けた人は、ユダヤ人が見下げていたサマリヤ人でした。彼は哀れに思い、高価な薬で手当てをし、家畜に乗せて宿屋に泊まらせ一晩中介抱し、デナリ2つを宿屋の主人に与え、旅の帰りに不足額を払うと約束しました。
2) この話は律法学者が主を試みて、どうしたらでなく、「何をしたら永遠の生命」(25)に与れますかとの質問に始まっています。主の、律法には何と書いてあるかとの質問に応え、「心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」(27・申命記6:5)、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」(27・レビ19:18)と答たので主は、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」(28)と答えました。それで、彼は「わたしの隣り人とはだれ」(29)かと質問したのでこのたとえを語りました。最後に主は、「だれが強盗に襲われた人の隣り人」(36)かと質問され彼は、サマリヤ人と言えず、「慈悲深い行いをした人」(37)と答えました。主は、「あなたも行って同じようにしなさい」(37)と言われました。

Ⅲ. 犠牲的な愛の実行。
1) クリスチャンとして愛を語ることが多いです。「わたしたちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか」(1ヨハネ3:18)とありますから、神の御名が崇められるために、自己犠牲と自己否定の心を主から与えられて、金、時、労を惜しまないで実践しましょう。
2) 聞いてほしいと思っている老人や、人間関係で悩んでいる働き盛りの人、いじめられている子どもなどが多くいます。「愛のあるところに神あり」(トルストイ)とあります。私たちは父の日の今日、主にあって神の愛で満たしていただき、父親の権威を回復され、尊敬される父親にならせていただき、子どもたちに信仰を継承したいと願います。



教会の各活動


CS初夏のレクリエーションにて
午後は、CS初夏のレクリエーション(アイスクリームパーティ)が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(6月23日)10:30~12:00


聖書:ヨハネによる福音書3章36節
題:永遠のいのち
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:89、211


○聖書研究祈祷会 水曜日(6月24日)19:30~21:00


聖書:詩篇15篇1~5節
題:神の臨在に触れる人
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、201、316


○主日歓迎礼拝 来週日曜日(6月28日)10:30~12:00


招詞:詩篇46篇10節
交読文:21 詩篇62篇
聖書:出エジプト記20章3節
題:どちらを選びますか
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:19、21、275