2015年4月12日日曜日

召天者合同記念礼拝「我らの国籍は天にあり」

礼拝メッセージ「我らの国籍は天にあり」ピリピ人への手紙3章20~21節


長谷川和雄師

 
仏式の法要は1、3周忌を遺族・親族・友人、7周忌は遺族・親族、13、17、23、27、33回忌は遺族のみで行い、33回忌極楽浄土で弔い上げです。教会では故人を追悼し「記念会」を7、30日目に自宅か教会か墓前で牧師を招き記念会を行い、1、3、7年目の召天記念日に、教会で追悼の記念会を開きます。その後毎年、自宅で遺影を花で飾り小さい祭壇を設け、牧師の司式で記念会をします。多くの教会では、毎年イースター前後に故人を追悼する合同の記念会を開催します。

Ⅰ. 天の国籍…
1) 国籍とは。別訳「本国、ふるさと、天にある国(社会・故郷)の市民」。国籍の権利は、その国の様々な特典を受けられますが、最大の特典は、その国に安心して定住できることです。しかし、外国に住めますが、罪を犯したら追放されるかもしれません。
2) 国籍が天にある者の特権。「わたしたちの国籍は天にある」とは、天国に住める権利を有することです。救い主を信じて間もない者も、天国に住む場所を持っています。主は今、私たちの住まいを用意するため天に居られます(ヨハネ14:2-3)。天国の素晴らしさが聖書に記されています(黙示録21:18-23)。この世には色々な問題や困難がありますが、主を救い主と信じ受けいれた者は、天国の国籍があるのです。
3) 国籍を天にもてる条件。「キリストの十字架に敵対」しない者であり、自分の罪の刑罰の身代わりに、キリストが十字架の上で死なれたことを受けいれることが条件です。自分の行いや考えの正しさに立たないで、自分の罪を認め、救い主を信じ、神に寄り頼むことです。その様な人は、自分の行ないや状態に関係なく、天に国籍を持っているのです。

Ⅱ. 救い主の再臨を待ち望む…
1) 救い主の再臨。主は、クリスチャンをこの罪の世から救い出し、天に迎え入れるために再び来られます。私たちを天に迎え入れるため、迎えに来られます。それが何時であると聖書には書かれていません。主は、空中まで迎えに来られるのです(Ⅰテサロニケ4:16-17)。
2) 私たちの変貌。私たちは、神のかたちに創造されました(創世記1:27)。しかし、最初の人が罪を犯し人類に罪が入り、人の体は卑しいものとなり、老いて体の不自由を感じ、最後には死にます。また、それ以上に大きな問題は罪があり、私たちの心を主に向けさせず、世を楽しめと誘惑し、辛い事が起こり苦しくなると、早く地上を離れ天国に行きたいと思いますが、この卑しい体で生き続けなければなりません。しかし、主は迎えに来られます。直ぐかもしれません。確かに心配事もあり、弱い者です。しかし、クリスチャンには、主の空中再臨の時、天に引き上げられる希望があります(Ⅰコリント15:42-49)。この空中再臨に希望を置き、そして、天国に目を向け、喜んで歩みましょう。
3) 希望が愛を生む。もう一つ感謝なことがあります。それは、主の空中再臨の時、私たちは栄光のキリストの体と同じものに変えられる希望があります。この神の可能性の中で周りの人々や物事を見て行くときに、そこに愛が生まれます。それは、私たちが現在の姿において見るのでなく、全知全能の神が罪の苦しみから救い出し、栄光の体に変えられる可能性を信じてゆく時、愛が生まれます。どんな人も、神によって天に迎え入れられる可能性があると見る時に、愛が生まれます。今はクリスチヤンが愛と祈りを込め、隣人の天国の国籍獲得のために、神と人に仕える時です。「わたしの愛のうちにいなさい」(ヨハネ15:9)のみ言葉に生きましょう。


教会の各活動


墓前祈祷の様子
午後は、墓前祈祷とCS教師会が行われました。


今週~来週の予定


○婦人祈祷会 火曜日(4月14日)10:30~12:00


聖書:創世記4節
題:私は知りたいのだ
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:355、254



○聖書研究祈祷会 水曜日(4月15日)19:30~21:00


聖書:ローマ書5章2節
題:この恵みに
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:302、251、261



○主日歓迎礼拝 来週日曜日(4月19日)10:30~12:00


招詞:詩篇103篇1-2節
交読文:43  詩篇136篇
聖書:コロサイ書3章15~17節
題:感謝の生活
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:18、172、355