2014年5月11日日曜日

主日礼拝「母の立派な信仰」

礼拝メッセージ 「母の立派な信仰」 マタイによる福音書15章21~28節

長谷川和雄師


CSより母の日の感謝
母の日の意味を知り、母に感謝しましょう。母の日は、1905年5月第2日曜、米国の教会で始まり、国の祝日に制定されました。日本では、森永氏が母の日の催しを普及しました。母の日にひとりの母の信仰のすばらしさを学びましょう。

Ⅰ.ギリシャ人の女…
1) (21、マルコ7:26)この女性の出身地はギリシャ文化が栄え、異教で溢れており、イスラエル人の宿敵カナン人でした。また、偶像礼拝を国に持ち込み、多くの主の預言者を殺したイゼベルの出身地でした(列王上16:29-19:8)。この女性も異邦人であり、神の恵みを受けるにふさわしくない者でした。
2) (22)主の噂を聞いた彼女は、汚れた霊につかれていた幼い自分の娘を救ってほしいと、「主よ、ダビデの子よ」と、ユダヤ人以外には喜ばれない名で主を呼び、主の前にひれ伏し、叫びながら願い出たのです。

Ⅱ.イエスの意外な態度…
1) (23-24)静かに祈るために異邦人の地に来たのに大声で叫ばれ主の存在があらわにされます。いつも優しい主が彼女の叫び声を無視していました。また、弟子たちも、主に彼女を追い払って下さいと願いました。「イスラエル人に与えるべき恵みを、異邦人、しかもカナン人に与えることは良くない」と、冷たい言葉をかけ、彼女のことを汚れた下等動物と取られても仕方がない小犬に譬えました。
2) (25)彼女がメシヤに対する呼称を使ったので、主は信仰を試すような言葉でした。彼女は、他人の問題としてではなく「わたしをお助けください」と、自分の問題として神に訴えたのです。もし、あなたがこの言葉を聞いたらどんな思いをするでしょう。
3) (24、26)主の「イスラエルの家の失われた羊」への愛が、イスラエルの民や弟子たちにまでも、その愛が分かっていませんでした。

Ⅲ.女の信仰…
彼女は自分の立場を素直に認め、「主よ、お言葉どおりです」と言いました(27-28、マルコ7:28-30、Iテモテ1:15)。
1) 機会をとらえた信仰(マルコ7:24-25)。主がこの地方に来たのはこの時だけであり、彼女はこの機会を生かしました。今までの苦労を思い必死に叫び、主の前にひれ伏したのです。私たちも悔い改める機会を逃さないようにしましょう。
2) 謙遜な信仰(22、マルコ7:25)。彼女は恵みをいただく権利がないことを承知の上で、主の憐みを求めました。「憐れみ」は「恵み」と表裏一体の関係です。彼女は、神のご好意にすがるほかない罪深く滅びる人間、救いや祝福を神に要求できる立場になく、神の憐みにすがるほかなかったのです。私たちも恵みを受けるに相応しくない罪人であることを認め、謙り「わたしを憐れんで下さい」と、主に近付きましょう。
3) 恵みの豊かさへの信仰(22、25)。彼女は主の言葉を侮辱と受け取らず、救い主の恵みがイスラエルに満ちるように、主の愛と慈しみに信頼し、異邦人でも神の恵みは満ちると信じました。私たちもすべてを満たされる主に信頼しましょう。
4) 見ないで信じる信仰(マルコ7:29-30)。彼女は主の言葉を、娘を見ずに信じました。私たちも、み言葉が与えられたなら、見ずに主を信じましょう。
5) 間違いのない信仰(22)。大切なことは、主の真実と最善、全知全能に対する謙遜な信仰です。誤った信仰は「私の癒しに対する信仰」と考えます。主へのからし種ほどの信仰があれば良いのです(マタイ17:24-25)。信仰がないのではなく、「信仰が足りない」、「信仰が薄い」(16:8)のです。ですから、自分の信仰やクリスチャンであるとの立場を誇るのではありません。母の日の今日、この女の信仰を思い出し、信仰に生きましょう。子どもは母の信仰を見て育ちます。母の誤った信仰は、子どもも誤った信仰になります。正しい信仰に生きましょう。




教会の各活動

教会決算総会にて


午後は、教会決算総会とCS教師会が行われました。

今週~来週の予定

 

○婦人祈祷会 火曜日(13日)10:30~


聖書:コロサイ書3章9節
題:古い人
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:7、427



○聖書研究祈祷会 水曜日(14日)19:30~


聖書:マルコによる福音書9章2-13節
題:わたしの愛する子
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:21、207、356



○主日伝道礼拝 来週日曜日(18日)10:30~


招詞:ヨハネによる福音書15章9-11節
交読文:36  詩篇116篇
聖書:ローマ書6章23節
題:永遠のいのち
説教者:長谷川ひさい師
新聖歌:19、175、243