2014年5月4日日曜日

主日礼拝「信仰による忍耐」

礼拝メッセージ 「信仰による忍耐」 ヤコブの手紙1章1~4節

長谷川和雄師


今年度の教会聖句を心にとめ、「健全な信仰に生きる教会」を目指し、ヤコブ書を学びましょう。ルターは、信仰にとって価値のない「藁の書簡」と言いましたが、行いの伴った信仰を目指し(2:17)、このヤコブ書に対座して学びましょう。

Ⅰ.ヤコブ書について(1)…
1) 著者。新約聖書中で著作可能な「ヤコブ」という名の人は、
①使徒であるゼベダイの子ヤコブ。主が大変な時、ペテロと共に、兄弟のヨハネと一緒だった弟子(マタイ4:21)。
②使徒であるアルパヨの子ヤコブ(マタイ10:3)。
③ユダの父、ヤコブ(使徒1:13)。そして、
④主の兄弟ヤコブ(マタイ13:55)。彼は、主の昇天後のエルサレム教会で、ペテロに次いで監督となった人です。この手紙の著者の特定は困難ですが、主の兄弟ヤコブと考えられます。
2) 宛先。「離散している十二部族」の十二部族とは、選民イスラエルの呼び名です。当時、世界各地にクリスチャンが離散し、各地に「新しいイスラエル」と呼ばれる教会を生みました。だから、この手紙は特定の教会への手紙ではなく、世界に散り、苦しんでいるクリスチャン(Iペテロ5:9)への手紙です。
3) 内容の特色。新約聖書の箴言と言われますが、前後関係を無視した形で、具体的な勧告や教訓が命令形で数多く出てきます。十字架と復活への直接的な言及もなく、キリスト信仰に生きていることが前提となっています。信仰が観念的、抽象的でなく、より具体的、実際的なものであることを求めています。

Ⅱ.試み(2-3)…
1) 試練と誘惑。試練とは、信仰を揺さぶる様々な患難や困難や苦しみです。それは、父なる神が愛する子を訓練するように鍛錬し、成長させ神の子に相応しい者とする、神の業なのですから喜びなさいと記しています。しかし、試練は誘惑とも訳せますが、誘惑は神が誘惑するのではありません(13)。誘惑は悪意を持った者が、クリスチャンをまことの神から引き離そうとして、世と罪の道へと近付けさせ、世に於ける成功と快楽に誘うのです。しかし、主のように神の前に真実に誠実に生き、神を畏れ、きよく歩もうとして、その悪の仲間に加わらないでいると、彼らは仲間外れにし、いじめ、困難を来たらせるのです。
2) 試練。試練は、私たちの信仰の有無をテストして振り分けるものではなく、純粋な信仰とするための神による試練です。主の苦難を思い、私たちも神に信頼され、特別に目をかけられていることを知る時、試練を喜べるのです。作家の三浦綾子氏は、自分の病気を神がえこひいきし、特別に目をかけて、神に近付けようとしておられるのですね、と受け止めました。試練は、失敗、不幸、財産を失う、病、愛する者との死別などの様々な形で、私たちに及びますが、それと同時に、神の恵みの多様さを示します(詩篇139:17-18)。

Ⅲ.信仰の成長(4)…
1) 試練と忍耐。信仰が試され忍耐が生じるから(3)、忍耐を完全に働かせなさい(4)と命じています。この忍耐とは、じっと我慢し、辛抱し、何もしないというのではなく、積極的に患難の打開と克服のために、神のみこころを問いながら、事態と取り組むことです(Iコリント10:13)。私たちが今耐えている苦しみ以上に、神は私たちの不信仰や傲慢、罪ゆえに苦しみつつ、私たちの悔い改めを、忍耐をもって待っておられます(Ⅱペテロ3:9)。
2) 完全な成長。試練を神に頼り忍耐もって生き抜き、常に神の御前を歩み、神のみこころを行う者を、終わりの時に神の前に完全な者として、神が喜んで受け入れて下さいます。神の国を目指し(ピリピ3:20)、互いに喜びと悲しみを共有し(ローマ12:15)、共に重荷を負い合い、先を行く主のみ足の跡に誠実に従い、神に喜ばれるものとされましょう。





教会の各活動


聖餐の様子

午後は、教会役員会が行われました。

今週~来週の予定

 

○婦人祈祷会 火曜日(6日)10:30~


※祝日のため休会します


○聖書研究祈祷会 水曜日(7日)19:30~


聖書:マルコによる福音書8章31-9章1節
題:十字架を負うて我に従え
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:105、445、258


○主日礼拝(母の日) 来週日曜日(11日)10:30~


招詞:ヘブル書4章14-16節
交読文:27  詩篇90篇
聖書:ヤコブ書1章5-8節
題:信仰をもって知恵を求めよ
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:258、363右、384