2013年10月20日日曜日

主日特別礼拝「私たちは神の最高傑作」

主日特別礼拝メッセージ 「私たちは神の最高傑作」 エペソ人への手紙2章1~10節

斎藤 亘師





日本人には「神は私たちの作品です」との言葉は受け入れやすいのですが、「私たちは神の手作りの作品です」との言葉は素直に受け入れられません。しかし、誰でも「人間が作った神」と「人間を造った神」では、後者が本物の神だと分ります。新島譲先生は、「はじめに神は天と地とを創造された」とのみ言葉にとらえられ、「私たちは神の作品」との人生観や価値観を与えられました。

私が青年の時、教会に出席しましたら、品行方正で出来の良い人が多く、色々と豊な所である事に惹かれました。しかし、優柔不断な私は良い行いをしなければだめだと、片意地を張って受洗を先延ばしにしました。全てのものには作った方があります。人は自分の目的のために作ります。私たちは偶然に存在しているのではなく、神の目的の下に造られたのです。でも、自分を見たら良い行いを行えず、罪を犯していました。しかし、神の作品である私たちの全てを知り、守られます(詩篇139:1-3)。そして、神は、私たちをかけがえのない愛の対象として受け入れ、神の力によって良い行いをすることが出来るように造り変えて下さいます。そのために、私たちを罪から救い、神の責任において良い作品としてくださるのです。ここに神の恵みである神の愛があります。良い行いをしたという基準で救われるのでなく、主イエスが、全人類の罪の身代わりとなって十字架で死に、罪を赦してくださったことを信じる信仰により救われるのです。これが憐れみ深い神の、主にある救いであり、最高の祝福です。

主日特別集会メッセージ 「私たちを守られる神」 ルカによる福音書12章1~8節

斎藤 亘師





人の噂話ほど楽しいものは無いと言われますが、聖書は陰で言うこともすべて神はご存知であると記されています。陰口をする人にとっては都合の悪い聖書の言葉です。どんなに表面が良くても、陰で人を傷つける言葉を語りますと、何でもご存知の神の前に明らかにされます。表も裏もなく、元気で明るい教会でありたいものです。

すずめの譬え(6)。マタイの10章29節と比較しますと、ここの一羽は「おまけ」のようなものです。そんな「おまけ」や「ネズミのしっぽ」のような存在であっても、神は大切で掛け替えのない者として覚えていてくださるのです。たとえ欠点が多く、失敗ばかりするような者でも、神はそれらを良く知っていても、決して見捨てる方ではありません。

ルカ15章に3つの失われたものの譬えが記されていますが、そのうちの一つ放蕩息子の譬えの最後に「いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである(32)とあります。一度教会を離れると帰りづらく勇気がいるものですが、放蕩息子の父親が息子の帰りを待っているように、神は教会に帰って来るのを待っておられます。そればかりか、帰ってきた息子を見つけると父親の方から駆け寄ったように、神の方から私たちの方に来てくださったのがクリスマスの出来事です。イザヤ書43章に、神は私たちが尊い者であることを記しています。そして、豊な恵みを注ぎ、愛してくださるのです。
Iヨハネ4章8~10節には、神の独り子を世に遣わし、罪の身代わりとなって死んで下さるほどに私たちを愛し、守っていてくださると記しています。この恵みを心から感謝して受け入れましょう。

今週~来週の予定


■婦人祈祷会 火曜日(22日)10:30~


※22日、29日は休会です

■聖書研究祈祷会 水曜日(23日)19:30~


聖書:マルコの福音書3章31~35節
題:主にある家族
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:2、143、316

■主日礼拝 来週日曜日(27日)10:30~


招詞:詩篇100篇1~5節
交読文:1 詩篇1篇
聖書:コロサイ書2章4~7節
題:主にある新しい歩み
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:178,206、363