2013年4月14日日曜日

召天者合同記念礼拝「あなたの祭壇を築こう」

召天者合同記念礼拝メッセージ 「あなたの祭壇を築こう」 創世記12章5~9節

長谷川和雄師




アブラムの生涯からも分かるように、神はみ言葉に従って歩む者を祝福して下さいます。それは律法的(:~しなければならない)でなく、神の恵みに生きることです。
Ⅰ、旅人のように・・・アブラムは特定の住まいに定住したのではなく、移動しながら、天幕生活をしていました。これは、この世に定住せず、天の故郷(天国)を目指す歩みと置き換えることができます。私たちの体は仮の幕屋です(Ⅱコリント5:1)。この世の流行に流されて、名誉欲、金銭欲、快楽などに魅力を感じ、求めてはいないでしょうか。それは天国を目指して歩んでいるとはいえません。肉体は滅び、いつまでもそこに居座れません。私たちは天国を目指した生活をし、主に会う備えをしましょう。この世では放浪の生活であるかもしれません。しかし、私たちは天国に国籍を持つ民として、いつも主を見上げて歩む生涯を全うさせていただきましょう。主はいつでも共にいて守って下さり、祝福して下さいます。
Ⅱ、主のために祭壇を築いて・・・移住していたアブラムですが、留まる先々で主のために祭壇を築き、主の名を呼びました。1)家庭礼拝の大切さ。あなたは家庭で、どのようなかたちで主のための祭壇を築いていますか。神は、聖霊の宮とされた私たちが、教会だけでなく、日々、家庭においても礼拝をささげることを喜んで下さいます。家族や友人と共に礼拝をささげられることはなんという幸いでしょう。個人ディボーションや家庭礼拝は、神との親しい交わりの時、神に喜んでいただける時、神から恵みと祝福をいただける時です。そのような時を持つ人は、神から恵みを受けて輝くことができます。また、周囲の人々は神によって変えられたあなたに興味をもち、「どうしてそのように輝けるのか」と、質問してくるでしょう。その時は、気負わずに、自然なかたちで、福音を伝えましょう。2)主のための礼拝。アブラムは「主のために」祭壇を築きました。私たちはどのように礼拝をささげているでしょう。礼拝しなければならないからとか、礼拝に出ないと良く思われないから、牧師の話が良いから、教会で交わると和むから、讃美に慰められるから、など。これらは主のためではなく、「自分のための礼拝」です。礼拝は主のための礼拝です。主は、主のために時間をささげ、主のために賛美をし、主の御声(み言葉)を聴き、聴いたみ言葉に従うことをとても喜んで下さいます。ですから、自分の好むものを献げるのではなく、神に喜んでいただける最高のものを、犠牲を払って献げましょう。これは「己に死にキリストに生きる」ことにつながります。神を第1とし、礼拝をささげる者は決してはずかしめられることはなく、豊かな祝福が与えられます。
Ⅲ、神の約束を信じて・・・アブラムは神から約束のみ言葉をいただきましたが、その内容は、この世の常識では考えられないことでした。しかし、アブラムは主を信じ、真実な神がそのみ言葉どおりのことを成して下さいました。この年、あなたは神からどのような約束のみ言葉をいただき、何を命じられましたか。私たちは、真実な神がそのみ言葉を成就して下さると信じて一歩踏み出し(詩篇33:11、エレミヤ29:11-14)、その約束に伴って命じられたこと(例:~するなら、~になる)を実行しましょう。天地は滅びますが、主の言葉は決して滅びません(マルコ13:31)。私たちはいつも主を見上げ、主のために祭壇を築き、主の約束を信じて、与えられたみ言葉に生きる者とならせていただきましょう。

教会の各活動

午後、教会墓地にて墓前祈祷を行いました。召天者の方々のご家族とも一緒に賛美をし、奨励を聞き、献花をしました。

その後、CS教師会が行われました。