月別: 2012年2月


主日礼拝「パウロの信仰~臨在の主の恵みの内に生きる」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
パウロの信仰~臨在の主の恵みの内に生きる
聖書
ピリピ人への手紙4章10~23節
説教者
加藤郁生師
出席者数
73人

聖書: ピリピ人への手紙4章10~23節 (中心聖句は19節) 口語訳

10
さて、わたしが主にあって大いに喜んでいるのは、わたしを思う心が、あなたがたに今またついに芽ばえてきたことである。実は、あなたがたは、わたしのことを心にかけてくれてはいたが、よい機会がなかったのである。
11
わたしは乏しいから、こう言うのではない。わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。
12
わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。
13
わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。
14
しかし、あなたがたは、よくもわたしと患難を共にしてくれた。
15
ピリピの人たちよ。あなたがたも知っているとおり、わたしが福音を宣伝し始めたころ、マケドニヤから出かけて行った時、物のやりとりをしてわたしの働きに参加した教会は、あなたがたのほかには全く無かった。
16
またテサロニケでも、一再ならず、物を送ってわたしの欠乏を補ってくれた。
17
わたしは、贈り物を求めているのではない。わたしの求めているのは、あなたがたの勘定をふやしていく果実なのである。
18
わたしは、すべての物を受けてあり余るほどである。エパフロデトから、あなたがたの贈り物をいただいて、飽き足りている。それは、かんばしいかおりであり、神の喜んで受けて下さる供え物である。
19
わたしの神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって満たして下さるであろう。
20
わたしたちの父なる神に、栄光が世々限りなくあるように、アァメン。
21
キリスト・イエスにある聖徒のひとりびとりに、よろしく。わたしと一緒にいる兄弟たちから、あなたがたによろしく。
22
すべての聖徒たちから、特にカイザルの家の者たちから、よろしく。
23
主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように。

礼拝メッセージの要約 「パウロの信仰~臨在の主の恵みの内に生きる」 加藤郁生師

わたしたちの人生は「山あり谷あり」と言われています。 経済的に富む時もあれば、貧する時もあります。 そういった中で、わたしたちはどんな境遇にも処することができるようになりたいものです。 パウロはそのことを教えました。

  • パウロの人生

    パウロは、自らを「わたしは…ありとあらゆる境遇に処する秘訣を心得ている」と言いました。 実際、パウロの人生は波瀾に満ちたものでした。

    ローマの市民権を持つ身分として生まれ、ガマリエルというユダヤ最高の賢者から教えを受けました。 そのあたりは、裕福な道であったと言って良いでしょう。 後年パウロは救われ、キリストの僕として幾多の迫害や苦難を通りました。 その間、豊かな時も貧する時もあったでしょう。 獄にも投ぜられたパウロですが、しかしどんな時にも、その時の境遇に適った生き方をすることができたと言うのです。

  • パウロの秘訣

    パウロがあらゆる境遇に処することのできた秘訣は何でしょうか? それは、人間ではなく、神様により頼むということです。

    「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」

    人が、自分や他人を頼りとして生きて行く時、おごりや卑屈といった肉的な感情に翻弄されます。 しかしわたしたちのために命さえも惜しまず捨ててくださったイエス・キリストの父なる神により頼むならば、 わたしたちはそれこそ岩の上に立てられた家のような盤石の人生を送ることができるのです。

  • ある牧師先生の証し

    先日、原発事故で被害を受けられ、今も戦いの中にある牧師先生の証しを聞きました。 困難の中にもなお信仰と希望をもって歩まれる先生の姿に力をいただきました。 わたしたちも、わたしを強くしてくださる方により頼んで、どんなことがあっても前を向いて進んでまいりましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
主の再臨に備える
みことば
マタイによる福音書25章1~13節
出席者数
14人(生徒のみ集計)

午後より、CS中高科スタッフの打ち合わせ、青年会(賛美と交わり会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人


主日礼拝「神の愛のハーモニーを奏でる教会として」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
神の愛のハーモニーを奏でる教会として
聖書
エペソ人へ手紙4章1~16節
説教者
加藤郁生師
出席者数
72人

聖書: エペソ人へ手紙4章1~16節 (中心聖句は1-3節) 口語訳

1
さて、主にある囚人であるわたしは、あなたがたに勧める。あなたがたが召されたその召しにふさわしく歩き、
2
できる限り謙虚で、かつ柔和であり、寛容を示し、愛をもって互に忍びあい、
3
平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように努めなさい。
4
からだは一つ、御霊も一つである。あなたがたが召されたのは、一つの望みを目ざして召されたのと同様である。
5
主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。
6
すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべてのものの父なる神は一つである。
7
しかし、キリストから賜わる賜物のはかりに従って、わたしたちひとりびとりに、恵みが与えられている。
8
そこで、こう言われている、/「彼は高いところに上った時、/とりこを捕えて引き行き、/人々に賜物を分け与えた」。
9
さて「上った」と言う以上、また地下の低い底にも降りてこられたわけではないか。
10
降りてこられた者自身は、同時に、あらゆるものに満ちるために、もろもろの天の上にまで上られたかたなのである。
11
そして彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者とし、ある人を牧師、教師として、お立てになった。
12
それは、聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、
13
わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。
14
こうして、わたしたちはもはや子供ではないので、だまし惑わす策略により、人々の悪巧みによって起る様々な教の風に吹きまわされたり、もてあそばれたりすることがなく、
15
愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達するのである。
16
また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである。

礼拝メッセージの要約 「神の愛のハーモニーを奏でる教会として」 加藤郁生師

オーケストラと教会は似ているところがあります。 いずれも、ハーモニーを大切にするという点です。

オーケストラは、いろいろな楽器が一つとなって、和音を奏でます。 また、それぞれの楽器がメロディーを受け持ち、他の楽器はそれを支えます。 そこには、絶妙なバランスが必要とされ、互いが自分の個性を失わずに、相手を生かしあう関係が生じます。 これこそ、まさに教会が必要としている要素です。

  • 一つになって

    パウロは、教会が互いにばらばらになるのではなく、「御霊による一致を守り続けるように」と勧めました。 そして4節(口語訳)からは、「一つ」という言葉を、7回も繰り返しました。

    一般的に、この世の組織やチームといったもので、各自勝手に物事を行って上手くいくことはありません。 教会も同様です。 わたしたちの教会が、同じ信仰、同じ霊性、同じヴィジョンをもって、一つとなって、 教会の建設と宣教に努めるならば、必ず神様のわざが起こるのです。

  • 互いの賜物を生かして

    しかし一つとなることは、多様性を無視することではありません。 教会のメンバーは他の誰にも代わることのできない、大切な役割を担っているのです。 教職は教職として、信徒は信徒として、神様から賜物を与えられ、なすべき務めを委ねられています。 そのことを自覚して、お互いの役割を全うすることが大切なのです。

    あるご高齢の方がいらっしゃいましたが、長らく教会学校で奉仕をしておられたそのご婦人は、健康上の理由で教師を退かざるを得なくなりました。 しかし彼女は自分の務めが、今度は教会のために祈ることであることに気がつき、毎日数時間を祈りのために費やすようになりました。 教会はこのような器によって支えられ、成長していくのです。

    今、わたしたちはこの時代に、キリストの体なる教会の枝とされていることの光栄を思い、一つとなって祈り、 互いに与えられている務めを全うしましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
摂理の神への信仰
みことば
創世記50章15~21節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、教会予算総会(教会役員改選) が行われました。

夕拝 は休会しました。

出席者数
4人


主日礼拝「主の臨在の恵みに生きる信仰者~イスラエル」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
主の臨在の恵みに生きる信仰者~イスラエル
聖書
申命記26章1~15節
説教者
加藤郁生師
出席者数
62人

聖書: 申命記26章1~15節 (中心聖句は5節) 口語訳

1
あなたの神、主が嗣業として賜わる国にはいって、それを所有し、そこに住む時は、
2
あなたの神、主が賜わる国にできる、地のすべての実の初物を取ってかごに入れ、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる所へ携えて行かなければならない。
3
そしてその時の祭司の所へ行って彼に言わなければならない、『きょう、あなたの神、主にわたしは申します。主がわれわれに与えると先祖たちに誓われた国に、わたしははいることができました』。
4
そのとき祭司はあなたの手からそのかごを受け取ってあなたの神、主の祭壇の前に置かなければならない。
5
そして、あなたはあなたの神、主の前に述べて言わなければならない、『わたしの先祖は、さすらいの一アラムびとでありましたが、わずかの人を連れてエジプトへ下って行って、その所に寄留し、ついにそこで大きく、強い、人数の多い国民になりました。
6
ところがエジプトびとはわれわれをしえたげ、また悩まして、つらい労役を負わせましたが、
7
われわれが先祖たちの神、主に叫んだので、主はわれわれの声を聞き、われわれの悩みと、骨折りと、しえたげとを顧み、
8
主は強い手と、伸べた腕と、大いなる恐るべき事と、しるしと、不思議とをもって、われわれをエジプトから導き出し、
9
われわれをこの所へ連れてきて、乳と蜜の流れるこの地をわれわれに賜わりました。
10
主よ、ごらんください。あなたがわたしに賜わった地の実の初物を、いま携えてきました』。そしてあなたはそれをあなたの神、主の前に置いて、あなたの神、主の前に礼拝し、
11
あなたの神、主があなたとあなたの家とに賜わったすべての良い物をもって、レビびとおよびあなたのなかにいる寄留の他国人と共に喜び楽しまなければならない。
12
第三年すなわち十分の一を納める年に、あなたがすべての産物の十分の一を納め終って、それをレビびとと寄留の他国人と孤児と寡婦とに与え、町のうちで彼らに飽きるほど食べさせた時、
13
あなたの神、主の前で言わなければならない、『わたしはその聖なる物を家から取り出し、またレビびとと寄留の他国人と孤児と寡婦とにそれを与え、すべてあなたが命じられた命令のとおりにいたしました。わたしはあなたの命令にそむかず、またそれを忘れませんでした。
14
わたしはその聖なる物を喪のうちで食べたことがなく、また汚れた身でそれを取り出したことがなく、また死人にそれを供えたことがありませんでした。わたしはわたしの神、主の声に聞き従い、すべてあなたがわたしに命じられたとおりにいたしました。
15
あなたの聖なるすみかである天からみそなわして、あなたの民イスラエルと、あなたがわれわれに与えられた地とを祝福してください。これはあなたがわれわれの先祖に誓われた乳と蜜の流れる地です』。

礼拝メッセージの要約 「主の臨在の恵みに生きる信仰者~イスラエル」 加藤郁生師

申命記は、長年の荒野での旅を経たイスラエルの民がいよいよカナンに入ろうとする中でモーセが取り継いだ御言葉ですが、 そこにはイスラエルのアイデンティティーについての重要な証言がありました。

  • さすらいの一アラム人

    26章でモーセはカナンに入ったあかつきに心がけるべき礼拝について述べていますが、 その中で、自分たちの素性について告白することを命じています。

    ここで注意深いのは、イスラエルの人々の先祖が「さすらいの一アラムびと」であったということです。 この一アラム人とは、アブラハムのことでしょうが、モーセは彼がアラム人であったと言っています。

    アラム人とは今のシリヤに住んでいる遊牧民族でしたが、 イスラエルの先祖が、王家の血筋を引くような由緒正しき者というのではなく、 「さすらいの一アラム人」と形容されているのは興味深いことです。

    モーセは、イスラエルの民が一介の遊牧民であり、また後には奴隷に過ぎなかったことを示しました。

  • 神に選ばれ導かれた者

    しかしイスラエルの民がそのような一介のアラム人であり、奴隷であったことから、焦点は神様に移ります。 神様はそのようなさすらいの遊牧民、エジプトの奴隷であった者を、選んで救って、導いてくださったのです。 臨在の主は、そのような祝福の神です。

    モーセはイスラエルの民に、礼拝において、自らが寄留の人であり、奴隷であり、 そこから救い導き出されたことを決して忘れないようにと教え諭したのです。

    このことは、わたしたちクリスチャンにとっても非常に大切です。 わたしたちも、ある意味、この世にさすらう罪人であり、罪の奴隷でした。 そんなわたしたちを神様は、選んで十字架の贖いによってお救いくださったのです。 わたしたちも礼拝においてこのことを決して忘れず、信仰告白していかなければならないのです。

  • 寄留の他国人や弱い者とともに

    モーセはイスラエルの民に、寄留の他国人や弱い者と共に礼拝にあずかることを説いています。 このことはわたしたちに、宣教のスピリットを教えてくれます。

    わたしたちも、礼拝の恵みを自分のモノだけにせず、少しでも多くの人たちと共有していかなければなりません。 新しいイスラエルとしてのわたしたちの教会は、そのようにも他者と礼拝を分かち合うために召されているからです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
砕かれて勝利する
みことば
創世記32章22~32節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、若い婦人の会、CS教師会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「臨在の恵みに生きる信仰者~モーセ」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
臨在の恵みに生きる信仰者~モーセ
聖書
出エジプト2章23節~3章20節
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: 出エジプト2章23節~3章20節 (中心聖句は12節) 口語訳

23
多くの日を経て、エジプトの王は死んだ。イスラエルの人々は、その苦役の務のゆえにうめき、また叫んだが、その苦役のゆえの叫びは神に届いた。
24
神は彼らのうめきを聞き、神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚え、
25
神はイスラエルの人々を顧み、神は彼らをしろしめされた。
1
モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた。
2
ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。
3
モーセは言った、「行ってこの大きな見ものを見、なぜしばが燃えてしまわないかを知ろう」。
4
主は彼がきて見定めようとするのを見、神はしばの中から彼を呼んで、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼は「ここにいます」と言った。
5
神は言われた、「ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。
6
また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。
7
主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。
8
わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。
9
いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。
10
さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。
11
モーセは神に言った、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。
12
神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。
13
モーセは神に言った、「わたしがイスラエルの人々のところへ行って、彼らに『あなたがたの先祖の神が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と言うとき、彼らが『その名はなんというのですか』とわたしに聞くならば、なんと答えましょうか」。
14
神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。
15
神はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。
16
あなたは行って、イスラエルの長老たちを集めて言いなさい、『あなたがたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主は、わたしに現れて言われました、「わたしはあなたがたを顧み、あなたがたがエジプトでされている事を確かに見た。
17
それでわたしはあなたがたを、エジプトの悩みから導き出して、カナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとの地、乳と蜜の流れる地へ携え上ろうと決心した」と』。
18
彼らはあなたの声に聞き従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちと一緒にエジプトの王のところへ行って言いなさい、『ヘブルびとの神、主がわたしたちに現れられました。それで、わたしたちを、三日の道のりほど荒野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげることを許してください』と。
19
しかし、エジプトの王は強い手をもって迫らなければ、あなたがたを行かせないのをわたしは知っている。
20
それで、わたしは手を伸べて、エジプトのうちに行おうとする、さまざまの不思議をもってエジプトを打とう。その後に彼はあなたがたを去らせるであろう。

礼拝メッセージの要約 「臨在の恵みに生きる信仰者~モーセ」 加藤郁生師

イスラエルをエジプトから解放に導いた人物といえば、モーセです。 わたしたちがイメージするモーセは、強固な意志を持つ指導者です。 しかしそのモーセも、神の臨在の恵みなしには立ち上がることはできませんでした。

  • 羊飼いと成り果てたモーセ

    ヘブル人モーセは青年時代に挫折を味わいました。 同胞のヘブル人を救おうとしてエジプト人を殺し、エジプトを追われてミデアンの荒野で羊飼いとなったのでした。

    それ以来60年余、荒野で暮らす中、エジプトに王子として戻ることはありませんでした。 モーセの人生は挫折の内に閉じようとしていました。

  • 神の召命

    ところがそのモーセに神様は召命を与えてくださいました。 燃える柴に御顕現くださった神様は、ご自身がアブラハム、イサク、ヤコブの神であることを告げ、 モーセにイスラエルを導くことの使命を与えてくださいました。

    それは実に族長時代から800年も経った後のことですが、主はイスラエルに対してずっとアブラムの神でいらっしゃったのです。

  • わたしが必ずあなたと共にいる

    臆するモーセにかけられた神様のお言葉は、「わたしは必ずあなたと共にいる。これがわたしのあなたをつかわしたしるしである」でした。 主の臨在こそ、他の何にもまして確かなしるしであることを神様は示されたのでした。

    モーセのイスラエルの指導者としてのキャリアはここから始まりました。 モーセは主の臨在の恵みに押し出されて、エジプトに戻りました。 神様はこのように人間の想像を超えた御方法をもって主の器を用いてくださるのです。

  • わたしたちも

    一介の羊飼いモーセを用いられた神様は、わたしたちをもお用いくださいます。 たとえわたしたちが挫折をしていたとしても、神様はそのあなたを臨在の恵みをもって引き上げてくださるのです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
神がこの所に
みことば
創世記28章10~22節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人