新年・元旦礼拝「臨在の恵みに生きる」

10:30より、新年・元旦礼拝 が行われました。

説教題
臨在の恵みに生きる
聖書
出エジプト記33章
説教者
加藤郁生師
出席者数
55人

聖書: 出エジプト記33章 (中心聖句は14節) 口語訳

1
さて、主はモーセに言われた、「あなたと、あなたがエジプトの国から導きのぼった民とは、ここを立ってわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って、『これをあなたの子孫に与える』と言った地にのぼりなさい。
2
わたしはひとりの使をつかわしてあなたに先立たせ、カナンびと、アモリびと、ヘテびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとを追い払うであろう。
3
あなたがたは乳と蜜の流れる地にのぼりなさい。しかし、あなたがたは、かたくなな民であるから、わたしが道であなたがたを滅ぼすことのないように、あなたがたのうちにあって一緒にはのぼらないであろう」。
4
民はこの悪い知らせを聞いて憂い、ひとりもその飾りを身に着ける者はなかった。
5
主はモーセに言われた、「イスラエルの人々に言いなさい、『あなたがたは、かたくなな民である。もしわたしが一刻でも、あなたがたのうちにあって、一緒にのぼって行くならば、あなたがたを滅ぼすであろう。ゆえに、今、あなたがたの飾りを身から取り去りなさい。そうすればわたしはあなたがたになすべきことを知るであろう』」。
6
それで、イスラエルの人々はホレブ山以来その飾りを取り除いていた。
7
モーセは幕屋を取って、これを宿営の外に、宿営を離れて張り、これを会見の幕屋と名づけた。すべて主に伺い事のある者は出て、宿営の外にある会見の幕屋に行った。
8
モーセが出て、幕屋に行く時には、民はみな立ちあがり、モーセが幕屋にはいるまで、おのおのその天幕の入口に立って彼を見送った。
9
モーセが幕屋にはいると、雲の柱が下って幕屋の入口に立った。そして主はモーセと語られた。
10
民はみな幕屋の入口に雲の柱が立つのを見ると、立っておのおの自分の天幕の入口で礼拝した。
11
人がその友と語るように、主はモーセと顔を合わせて語られた。こうしてモーセは宿営に帰ったが、その従者なる若者、ヌンの子ヨシュアは幕屋を離れなかった。
12
モーセは主に言った、「ごらんください。あなたは『この民を導きのぼれ』とわたしに言いながら、わたしと一緒につかわされる者を知らせてくださいません。しかも、あなたはかつて『わたしはお前を選んだ。お前はまたわたしの前に恵みを得た』と仰せになりました。
13
それで今、わたしがもし、あなたの前に恵みを得ますならば、どうか、あなたの道を示し、あなたをわたしに知らせ、あなたの前に恵みを得させてください。また、この国民があなたの民であることを覚えてください」。
14
主は言われた「わたし自身が一緒に行くであろう。そしてあなたに安息を与えるであろう」。
15
モーセは主に言った「もしあなた自身が一緒に行かれないならば、わたしたちをここからのぼらせないでください。
16
わたしとあなたの民とが、あなたの前に恵みを得ることは、何によって知られましょうか。それはあなたがわたしたちと一緒に行かれて、わたしとあなたの民とが、地の面にある諸民と異なるものになるからではありませんか」。
17
主はモーセに言われた、「あなたはわたしの前に恵みを得、またわたしは名をもってあなたを知るから、あなたの言ったこの事をもするであろう」。
18
モーセは言った、「どうぞ、あなたの栄光をわたしにお示しください」。
19
主は言われた、「わたしはわたしのもろもろの善をあなたの前に通らせ、主の名をあなたの前にのべるであろう。わたしは恵もうとする者を恵み、あわれもうとする者をあわれむ」。
20
また言われた、「しかし、あなたはわたしの顔を見ることはできない。わたしを見て、なお生きている人はないからである」。
21
そして主は言われた、「見よ、わたしのかたわらに一つの所がある。あなたは岩の上に立ちなさい。
22
わたしの栄光がそこを通り過ぎるとき、わたしはあなたを岩の裂け目に入れて、わたしが通り過ぎるまで、手であなたをおおうであろう。
23
そしてわたしが手をのけるとき、あなたはわたしのうしろを見るが、わたしの顔は見ないであろう」。

礼拝メッセージの要約 「臨在の恵みに生きる」 加藤郁生師

わたしたちとって、「主が共にいてくださる」という主の臨在の約束ほど心強いものはありません。 出エジプト記においてイスラエルの民は、その特権を手に入れようとしていました。

イスラエルの民をエジプトの苦役から鮮やかにお救いくださった神様は、 彼らをシナイ山に導き、手順を踏んで神様との関係を深化させ、臨在の恵みを与えようとしておられました。 ところが…

  • イスラエルの背神

    神は「臨在を保証する十戒」を授けようとモーセを山に呼びよせ、モーセが民の前に不在となった時、 彼等はアロンに金の子牛を造らせ、それを神として拝み、踊り戯れました。

    主の臨在を当てにせず、早速この行為とは! 人間の浅薄の程が知れますが、イスラエルの民の方から臨在の恵みを放棄するようなことがなされてしまったのでした。

  • モーセのとりなし

    このことを知ったモーセは激しく怒りますが、臨在の約束を取り消された神に必死のとりなしをします。 神がモーセを恵むと言われたことを盾にとっての、必死の弁ですが、 このモーセの仲保が無かったら神の臨在の回復はなかったでしょう。

    同じように、わたしたちもイエス・キリストの十字架のあがないによるとりなしが無かったら、 主の前に立つことはできなかったのです。

  • わたしが一緒にいくであろう

    このモーセのとりなしに、神は答えます。 「わたし自身が一緒に行くであろう。そしてあなたに安息を与えるであろう」。

    安息を与えるのがモーセに限定されていることが面白いのですが、しかし、モーセへの臨在の恵みの約束はイスラエル全体へと広がります。

    考えてみれば、わたしたちは、主の臨在がなければ、信仰の道を進むことはできないのです。 そして主の臨在とは、神のあわれみであり恵みです。 わたしたちはこの恵みから漏れることなく、主と共なる祝福の人生を全うしたいのです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
喜びの知らせ
みことば
ルカによる福音書2章8~20節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、教会学校クリスマス会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人