月別: 2011年12月(2)


第4アドヴェント礼拝「主を真心から礼拝する時~クリスマス」

10:30より、第4アドヴェント礼拝 が行われました。

説教題
主を真心から礼拝する時~クリスマス
聖書
マタイによる福音書2章1~12節
説教者
加藤郁生師
出席者数
66人

聖書: マタイによる福音書2章1~12節 (中心聖句は10-11節) 口語訳

1
イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
2
「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
3
ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
4
そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
5
彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
6
『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。
7
そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
8
彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
9
彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
10
彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
11
そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。

礼拝メッセージの要約 「主を真心から礼拝する時~クリスマス」 加藤郁生師

東の博士とヘロデ

マタイによる福音書には、キリストの御降誕に関わる人物が記されていますが、東の博士とヘロデ王は実に対照的です。

  1. 苦労してエルサレムを訪れた博士たち

    東の博士たちは星の動きを観察し、救い主を求めてはるばる旅をしました。 その間、彼らの苦労はどれほどのものだったでしょう。 時には砂漠を、時には荒野を、路ならぬ路を渡ってエルサレムに来ました。

    ユダヤ人の王たるメシヤをたずね求めた人々が、東からの異邦人であったとは実に不思議です。 彼らの行為は後世に留められることになったのです。

  2. 救い主の御降誕を憂いたヘロデ

    東の博士からのメシヤ誕生の報を聞いた時のユダヤの王ヘロデは、このことを喜びませんでした。 自分の地位を脅かす者として映ったのでしょう。

    この世の者は自分の欲望に目がくらまされて、救い主の誕生を喜ぶことができません。 ヘロデはまさしくその典型でした。

    しかしキリストがそのヘロデの救いのためにもこの世に来てくださったことを、ヘロデが分かっていたら? 歴史にif(イフ)は禁物ですが、そう考えずにはおれないのです。

  3. 喜びの礼拝の実現

    星に導かれた博士たちは、喜んで幼子の前に出て、黄金、乳香、没薬を献げました。 苦労して苦労して遠方より持ち運んできた宝物を主に献げることができたとは、何と幸いなことでしょう。

    ここに礼拝をすることの喜びの原形があります。 わたしたちにとって礼拝をすることは、時に苦労をともなうものであっても、それはこの上もなく大きな喜びではないでしょうか。

    クリスマス、それはわたしたちの主を心から礼拝し、わたしたち自身を献げる時なのです。 わたしたちも東の博士のスピリット(精神)にならいましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
キリスト誕生の場所
みことば
ルカによる福音書2章1~7節
出席者数
14人(生徒のみ集計)

午後より、教会学校クリスマス会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人


第3アドヴェント礼拝「キリストがわたしたちのために失われたもの」

10:30より、第3アドヴェント礼拝 が行われました。

説教題
キリストがわたしたちのために失われたもの
聖書
ピリピ人への手紙2章1~11節
説教者
加藤郁生師
出席者数
69人

聖書: ピリピ人への手紙2章1~11節 (中心聖句は6-8節) 口語訳

1
そこで、あなたがたに、キリストによる勧め、愛の励まし、御霊の交わり、熱愛とあわれみとが、いくらかでもあるなら、
2
どうか同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つ思いになって、わたしの喜びを満たしてほしい。
3
何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって互に人を自分よりすぐれた者としなさい。
4
おのおの、自分のことばかりでなく、他人のことも考えなさい。
5
キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。
6
キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、
7
かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、
8
おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。
9
それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。
10
それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、
11
また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。

礼拝メッセージの要約 「キリストがわたしたちのために失われたもの」 加藤郁生師

アドヴェントにおいて、この罪深い世界にお出でくださったキリストの御降誕の意味を考えたいと思います。

わたしたちはキリストの誕生を単純に喜びますが、キリストの側から見たらどうでしょう。 それは、ご自身の持っているものを失うことを意味しているのではないでしょうか。

  1. 1. キリストは、神と等しくあることを固守すべきとは思わず

    ピリピ書によりますと、「キリストは神と等しいお方であったにもかかわらず、それに固執せず、 おのれを虚しくして、十字架の死に至るまで従順を全うされた」とあります。

    してみれば主の御降誕は、そのへりくだりと従順の第一歩といってよいのではないでしょうか。 キリストはわたしたちのために、神であることを捨ててくださったのです。

  2. 2. 主は、あなたがたのために貧しくなられた

    コリント書によりますと、「キリストは富んでおられたのに、人間のために貧しくなられた」とあります。 キリストが天上にあることは、究極の富みの中におられることを意味します。

    そのキリストが有限なこの世界におくだりなされ、ご自身を貧しくされました。 その果ては十字架上で、衣さえはぎ取られました。 かくも富んでおられるお方が、わたしたちを富ませるために貧しくなってくださったのです。

  3. 3. ご自身をわたしたちの罪のためにささげられたのです

    キリストはわたしたちの罪を救うためにこの世に来られました。 そのご方法は、十字架にかかることでした。 ガラテヤ書ではキリストは、「ご自身をわたしたちの罪のためにささげれらた」とありますが、これは単純に「ご自身を与えた」といういう意味です。 キリストはわたしたちの罪をゆるすために、ご自身をそっくり与えてくださったのです。

    キリストは、わたしたちのために神の位を失い、貧しくなり、ご自身をささげました。 クリスマスはそのキリストの愛の動かぬ証しです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
お言葉どおり
みことば
ルカによる福音書1章26~38節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、青年学生クリスマス会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人


第2アドヴェント礼拝「お言葉どおり~マリヤの選択」

10:30より、第2アドヴェント礼拝 が行われました。

説教題
お言葉どおり~マリヤの選択
聖書
ルカによる福音書1章26~38節
説教者
加藤郁生師
出席者数
64人

聖書: ルカによる福音書1章26~38節 (中心聖句は38節) 口語訳

26
六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。
27
この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。
28
御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。
29
この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。
30
すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。
31
見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。
32
彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、
33
彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。
34
そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。
35
御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。
36
あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。
37
神には、なんでもできないことはありません」。
38
そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。

礼拝メッセージの要約 「お言葉どおり~マリヤの選択」 加藤郁生師

最近、NHKの話題の番組に「白熱教室」というのがありますが、その中にアイエンガー教授が登場していました。 この方の授業のテーマは「選択」というもので、人は自分の人生を選び取っていかなければいけない、というようなものでした。

確かにアイエンガー先生の言う通り、わたしたちは日々「選択の連続」と言っていいでしょう。 そのことが、わたしたちの人生を分けるのです。

そういう点で、人類史上最大の選択をした人の一人は、間違いなくマリヤです。

ある時、マリヤはみ使いから受胎を告知されますが、この時のマリヤの返事は、 「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」でした。 この応答こそ、マリヤの人生の一大選択でした。

選択にはそれに伴うリスクが付きものです。 マリヤとて、そのことに気がつかないことはなかったでしょう。 結婚する前に子を宿すということは、許嫁ヨセフとの関係を失い、私生児を育てる苦労を負い、あるいは姦通の罪で裁かれることになるかもしれません。

しかしみ使いの声に、マリヤは敢然と従いました。それは、

  • 自らが神の僕であることを自覚する信仰であり、
  • お言葉ですから、神の言葉に従う信仰でした。

ある意味、キリストに出会うということは、わたしたちが人生の大切な選択を迫られる時ではないでしょうか。 わたしたちも「お言葉どおり」と、主に応答していきたいものです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
祈りの答え
みことば
ルカによる福音書1章8~22節、57~66節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人