月別: 2011年7月


主日礼拝「もし愛がなければ~信仰者の生活信条」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
もし愛がなければ~信仰者の生活信条
聖書
コリント人への第一の手紙13章
説教者
加藤郁生師
出席者数
67人

聖書: コリント人への第一の手紙13章 (中心聖句は1節) 口語訳

1
たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。
2
たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。
3
たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
4
愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。
5
不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
6
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
7
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
8
愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
9
なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。
10
全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。
11
わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。
12
わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。
13
このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

礼拝メッセージの要約 「もし愛がなければ~信仰者の生活信条」 加藤郁生師

キリスト教は愛の宗教と言われますが、コリント人への第一の手紙13章はなるほど、それを裏付けています。 パウロはここで、自分たちの賜物を誇りあい対立しあいがちなコリントの教会の人々に、愛を追い求めるべきことを教えました。

  1. もし愛がなければ(1~3節)

    パウロはここで、愛がなければいっさいが無益であることを繰り返して主張します。 たといどんなに雄弁に語ることができても、クリスチャンとして予言する力、知識、信仰があっても、 英雄的な行為をすることができても、そこに愛がなければ意味がないというのです。

    言い換えると、わたしたちのどんな行いにも愛が込められるようにということです。 わたしたちはこのことをしっかりと覚えたいと思うのです。

  2. 愛は…である(4~7節)

    しかしパウロの言う愛は、抽象的なものではありません。 一つ一つ具体的に、生活の中で実践されるべきものです。

    ある人は、パウロが挙げた愛のリストを人間にあてはめることは困難と考えます。 しかし聖書はそのような敗北主義に立ってはいません。 わたしたちに御霊が満たされるならば、わたしたちの内に愛が注がれ、 わたしたちは愛のリストにある生き方を全うすることができるのです。

  3. 愛を追い求めなさい

    続いて、パウロは愛の永遠性(8節)、至高性(13節)を述べますが、 このような愛の本質の偉大さを知る時にわたしたちは、とても手が届かないもののように感じてしまうかもしれません。

    しかし神様のわたしたちに対するご命令は「愛を追い求めなさい」(Ⅰコリント14:1)です。 わたしたちは、自分の力ではなく、主により頼んで、御霊の満たしをいただいて、愛を求め続けていかなければならないのです。

    キリストの愛の品性を有する器となることが、わたしたちの人生の大いなる目標なのです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
癒しをもたらすキリスト
みことば
ヨハネによる福音書5章1~9節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後壮年会・婦人会合同(証し会)、青年会(たこやきパーティー) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「キリストの愛が強く迫っているからである」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
キリストの愛が強く迫っているからである
聖書
コリント人への第二の手紙5章11~15節
説教者
加藤郁生師
出席者数
75人

聖書: コリント人への第二の手紙5章11~15節 (中心聖句は14節) 口語訳

11
このようにわたしたちは、主の恐るべきことを知っているので、人々に説き勧める。わたしたちのことは、神のみまえには明らかになっている。さらに、あなたがたの良心にも明らかになるようにと望む。
12
わたしたちは、あなたがたに対して、またもや自己推薦をしようとするのではない。ただわたしたちを誇る機会を、あなたがたに持たせ、心を誇るのではなくうわべだけを誇る人々に答えうるようにさせたいのである。
13
もしわたしたちが、気が狂っているのなら、それは神のためであり、気が確かであるのなら、それはあなたがたのためである。
14
なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである。わたしたちはこう考えている。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである。
15
そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。

礼拝メッセージの要約 「キリストの愛が強く迫っているからである」 加藤郁生師

わたしたちが、使徒行伝を読む中でパウロの働きを見る時に、パウロの宣教の力はいったいどこから来るのかと思います。 パウロはそのことを、自身の手紙の中で吐露しています。

「なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである」。

キリストの愛が「取り囲んでいる」あるいは「駆り立てている」とも訳される言葉ですが、 罪人の頭であると自覚のあったパウロですから、 こんな自分のために十字架にかかって死んでくださったキリストの愛がじんじんと心の迫って来たのでしょう。 そしてそのキリストの迫りに突き動かされてのパウロの働きでした。

このパウロのひたむきさが伝わるエピソードがあります。 ルステラでのことです。パウロの働きに憤慨したユダヤ人たちが群衆を巻き込んで、 パウロを石で打ち町のそとに引きずりだしたが、何と意識が戻ったパウロはもう一度町に戻りました。 しかも後にルステラに立ち寄り、人々を励ましました。

このパウロの姿に、パウロの伝道者としての気概を見る思いがします。 いったいどうしてこれほどまでにして、パウロは宣教したのでしょうか?

「なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである」。

パウロの宣教の動機、それは何よりもキリストの愛の迫りでした。 クリスチャンというのは、聖書を勉強して分かったというのでは無しに、キリストの、イエス様の愛が分かった。 分かったからにはどうしてもキリストの愛に応答せずにはおれなくなった。 とどのつまりは、キリストを心から愛するようになった者なのです。

ですからわたしたちも、キリストに対する熱い愛をもって、キリストの愛の迫りに応えて歩む者とさせていただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
変化をもたらすキリスト
みことば
ヨハネによる福音書2章1~11節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より翌日まで、CSサマーキャンプ が行われました。

19:00より、特別賛美夕拝 が行われました。

出席者数
20人


主日礼拝「神の川は水で満ちている」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
神の川は水で満ちている
聖書
詩篇65篇
説教者
加藤郁生師
出席者数
64人

聖書: 詩篇65篇 (中心聖句は9節) 口語訳

1
神よ、シオンにて、あなたをほめたたえることは ふさわしいことである。人はあなたに誓いを果すであろう。
2
祈を聞かれる方よ、すべての肉なる者は罪のゆえにあなたに来る。われらのとががわれらに打ち勝つとき、あなたはこれをゆるされる。
3
(2節に合節)
4
あなたに選ばれ、あなたに近づけられて、あなたの大庭に住む人はさいわいである。われらはあなたの家、あなたの聖なる宮の 恵みによって飽くことができる。
5
われらの救の神よ、地のもろもろのはてと、遠き海の望みであるあなたは 恐るべきわざにより、救をもってわれらに答えられる。
6
あなたは大能を帯び、そのみ力によって、もろもろの山を堅く立たせられる。
7
あなたは海の響き、大波の響き、もろもろの民の騒ぎを静められる。
8
それゆえ、地のはてに住む人々も、あなたのもろもろのしるしを見て恐れる。あなたは朝と夕の出る所をして 喜び歌わせられる。
9
あなたは地に臨んで、これに水をそそぎ、これを大いに豊かにされる。神の川は水で満ちている。あなたはそのように備えして 彼らに穀物を与えられる。
10
あなたはその田みぞを豊かにうるおし、そのうねを整え、夕立をもってそれを柔らかにし、そのもえ出るのを祝福し、
11
またその恵みをもって年の冠とされる。あなたの道にはあぶらがしたたる。
12
野の牧場はしたたり、小山は喜びをまとい、
13
牧場は羊の群れを着、もろもろの谷は穀物をもっておおわれ、彼らは喜び呼ばわって共に歌う。

礼拝メッセージの要約 「神の川は水で満ちている」 加藤郁生師

詩篇65篇は、水のイメージが豊かに描かれている詩です。 そもそもこの詩篇が記された経緯として、イスラエルの国の干ばつがあったのではないかと考える人がいます。

詩篇43篇のように、鹿が谷川を慕いあえぐようにイスラエルの民は恵みの雨を渇いて祈り求め、 神様はその祈りに答えて豊かな雨をもってイスラエルの地を潤してくださった。 この詩篇はそのような神様の恵みに対する感謝と喜びにあふれています。

  • 祈りを聞かれる方よ

    詩篇65篇の作者は神様に、「祈りを聞かれる方よ」と呼びかけています。 詩篇の作者にとって神は、祈りを聞かれるお方なのです。

    このことは現代に信仰に生きるわたしたちにとっても同様です。 わたしたちの神様はわたしたちの祈りに答えてくださる神様です。 わたしたちが祈る時、必ず答えてくださるお方なのです。

    このことを身をもって体験することのできる人は幸いです。 神様が生きてわたしたちに答えてくださることを知ること以上に幸せなことはないからです。

  • 神の川は水で満ちている

    詩篇の作者は、神様が注いでくださる水はすぐに枯れてしまうようなものではなく、 決して尽きることのない豊かさに満ちていることを知っていました。 わたしたちもこのことを知らなければなりません。

    神様の恵みは、わたしたちが限定できるようなスケールのものでは決してありません。 わたしたちが想像することのできないような恵みが、神様によってわたしたちのために備えられているのです。

    そしてわたしたちがこの恵みの水をいただく時、わたしたちの魂は潤され、耕され、豊かな実を結ぶ者となるのです。

このようにわたしたちは、神の恵みが無尽蔵であることをこの詩篇から学びました。 この神様の恵みをいただいて、満たされて歩む者とさせていただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
キリストを証しする
みことば
ヨハネによる福音書1章37~42節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「誠実な契約保持者~主なる神」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
誠実な契約保持者~主なる神
聖書
出エジプト記24章1~11節
説教者
加藤郁生師
出席者数
71人

聖書: 出エジプト記24章1~11節 (中心聖句は6節) 口語訳

1
また、モーセに言われた、「あなたはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共に、主のもとにのぼってきなさい。そしてあなたがたは遠く離れて礼拝しなさい。
2
ただモーセひとりが主に近づき、他の者は近づいてはならない。また、民も彼と共にのぼってはならない」。
3
モーセはきて、主のすべての言葉と、すべてのおきてとを民に告げた。民はみな同音に答えて言った、「わたしたちは主の仰せられた言葉を皆、行います」。
4
そしてモーセは主の言葉を、ことごとく書きしるし、朝はやく起きて山のふもとに祭壇を築き、イスラエルの十二部族に従って十二の柱を建て、
5
イスラエルの人々のうちの若者たちをつかわして、主に燔祭をささげさせ、また酬恩祭として雄牛をささげさせた。
6
その時モーセはその血の半ばを取って、鉢に入れ、また、その血の半ばを祭壇に注ぎかけた。
7
そして契約の書を取って、これを民に読み聞かせた。すると、彼らは答えて言った、「わたしたちは主が仰せられたことを皆、従順に行います」。
8
そこでモーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った、「見よ、これは主がこれらのすべての言葉に基いて、あなたがたと結ばれる契約の血である」。
9
こうしてモーセはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共にのぼって行った。
10
そして、彼らがイスラエルの神を見ると、その足の下にはサファイアの敷石のごとき物があり、澄み渡るおおぞらのようであった。
11
神はイスラエルの人々の指導者たちを手にかけられなかったので、彼らは神を見て、飲み食いした。

礼拝メッセージの要約 「誠実な契約保持者~主なる神」 加藤郁生師

神様がイスラエルの民をエジプトからお救いくださったのは、理由のないことではありませんでした。 先に神様はアブラハムやヤコブに、彼らから国民を起こし祝福の基とすることを約束されていたからです。

果たして、イスラエルの民を見事エジプトから救い出された神様は、そのイスラエルの民とシナイ山で契約を結びます。 これをもってイスラエルの民は神の民となり、天地の創造者、超越者なる神様はイスラエルの神となってくださるのです。

これをもって契約がなされ、神様とイスラエルの民との間には特別な関係が生じました。 それ以後、神様はイスラエルの民に真実であり続けましたが、イスラエルの民はといいますと…

  • 契約に不誠実な民

    聖書はイスラエルの民が、神様に不誠実であったことを隠していません。 実はシナイ山で神と契約関係に入った民は、さっそく金の子牛を作って神様を裏切りました。 それ以降もイスラエルの民は神様に背き続けたと言って過言ではないでしょう。

  • 契約に誠実な神~キリスト

    しかし神様は、イスラエルの民に真実であり続けました。 そしてその神様の究極のご真実は、十字架の贖いとその血による新契約によって表わされました。 今やわたしたちはキリストの血によって新しい契約の民とされ、神の救いを確信し、 再臨を待ち望む希望に生きる者とさせていただいているのです。

  • 神に信頼しよう!

    ですからわたしたちの救いの根拠は、わたしたちではなく神にあります。 この神様に全幅の信頼をおいて、主の栄光を表わすべく歩むお互いとさせていただこうではありませんか。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
神の小羊キリスト
みことば
ヨハネによる福音書1章29~37節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、CS教師会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「黙して主を待つ信仰」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
黙して主を待つ信仰
聖書
出エジプト記14章13~14節
説教者
加藤郁生師
出席者数
69人

聖書: 出エジプト記14章13~14節 (中心聖句は14節) 口語訳

13
モーセは民に言った、「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。きょう、あなたがたはエジプトびとを見るが、もはや永久に、二度と彼らを見ないであろう。
14
主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。

礼拝メッセージの要約 「黙して主を待つ信仰」 加藤郁生師

イスラエルの民は、自分がどこから救われたかを忘れない民族でした。 自分たちがエジプトの奴隷であり、そこから鮮やかに救われたことを彼らの共同体としての意識の中心に据えました。 出エジプト記はその事実を伝えます。

  • 追いこまれた民

    エジプトから脱出した民でしたが、すぐにパロの軍が迫って来ました。 彼らを恐れた民はモーセに言います。 「エジプトに墓がないので、荒野で死なせるために、わたしたちを携えだしたのですか。 ~荒野で死ぬよりもエジプトびとに仕える方が、わたしたちにはよかったのです」。 心くじかれた民は、動揺のあまり恨みごとを言い、イスラエルの統制は失われつつありました。

  • 「黙して主を待ち望め!」

    しかしこの時、モーセは毅然として答えます。

    「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救いを見なさい。 ~主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。

    実に、この危機の時にこそ、主が民のために自ら戦ってくださる時だと言うのです。 ですから彼らがなすべきことは、黙して主に信頼することでした。

  • イスラエルの勝利

    モーセの言葉にわれに帰ったイスラエルの民の前で、神はくすしきみわざを行われ、 海を二つに分けて鮮やかに民を救い、パロの軍隊をほふりました。 何とも驚くべき結末ですが、しかし確かにイスラエルの民は主の救いを見ました。 そしてこの救いの体験が彼らのアイデンティティーとなりました。

  • わたしたちも…

    イスラエルの民は、モーセに黙して主により頼む経験をし、信仰が強められました。 これはわたしたちの信仰生活にも同様です。 わたしたちがパニックに陥りそうな時こそわたしたちが黙して主に信頼し、勝利を勝ち取る機会(チャンス)なのです。 わたしたちが困難な時こそ主を待ち望み、勝利をいただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
箱舟なるキリスト
みことば
創世記7章1~24節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人