月別: 2011年6月


主日礼拝「生ける神を慕う信仰者」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
生ける神を慕う信仰者
聖書
詩篇42篇1~11節
説教者
加藤郁生師
出席者数
66人

聖書: 詩篇42篇 (中心聖句は1節) 口語訳

1
神よ、しかが谷川を慕いあえぐように、わが魂もあなたを慕いあえぐ。
2
わが魂はかわいているように神を慕い、いける神を慕う。いつ、わたしは行って神のみ顔を見ることができるだろうか。
3
人々がひねもすわたしにむかって「おまえの神はどこにいるのか」と言いつづける間はわたしの涙は昼も夜もわたしの食物であった。
4
わたしはかつて祭を守る多くの人と共に群れをなして行き、喜びと感謝の歌をもって彼らを神の家に導いた。今これらの事を思い起して、わが魂をそそぎ出すのである。
5
わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。
6
わが魂はわたしのうちにうなだれる。それで、わたしはヨルダンの地から、またヘルモンから、ミザルの山からあなたを思い起す。
7
あなたの大滝の響きによって淵々呼びこたえ、あなたの波、あなたの大波はことごとくわたしの上を越えていった。
8
昼には、主はそのいつくしみをほどこし、夜には、その歌すなわちわがいのちの神にささげる祈がわたしと共にある。
9
わたしはわが岩なる神に言う、「何ゆえわたしをお忘れになりましたか。何ゆえわたしは敵のしえたげによって悲しみ歩くのですか」と。
10
わたしのあだは骨も砕けるばかりにわたしをののしり、ひねもすわたしにむかって「おまえの神はどこにいるのか」と言う。
11
わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。

礼拝メッセージの要約 「生ける神を慕う信仰者」 加藤郁生師

聖書を見ますと、渇きということをテーマにした箇所があります。 詩篇42篇もその一つですが、ここで詩篇の作者は強烈な心の渇きを吐露しています。

  • 鹿が谷川を慕いあえぐように

    作者は自分の心情を、谷川を慕いあえぐ鹿に例えています。 その情景は、緑と水のあふれた日本の山河ではなく、イスラエルの荒野でした。

    ですから、この鹿の渇きはどれほどのことかと思いますが、作者の神を慕う渇きもそうだったのです。

  • 礼拝に渇く

    イスラエルの民のひとりである作者の渇きは、礼拝への渇きでした。 「いつ、わたしは行って神のい顔を見ることができようか」と作者は嘆きます。

    神を知る者にとって、神との交わりが閉ざされることほど悲しいことはありません。 「おまえの神はどこにいるのか」との嘲りを背に受けながら、作者はなお神を慕い求めるのです。

  • わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。~神を待ち望め

    失望の内に沈む作者は、それでも自らに言い聞かせるようにして祈ります。 「わが魂よ、何ゆえにうなだれるのか。~神を待ち望め」。

    現実に打ちひしがれながらも作者はなお、豊かな命の水を満たし、魂の渇きをいやしてくださる神に期待することを止めません。 神こそ、大いなる水の源だからです。

    このことはわたしたちにとっても大切なことです。 神は生ける命の水を満々とたたえて、わたしたちにお注ぎくださるお方です。 人生に絶望することなく、主を慕い求めましょう。 諦めずに、希望を持って神を待ち望みましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
全き人ノア
みことば
創世記6章9~22節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、青年会(例会)、京滋地区婦人会(明野キリスト教会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


特別礼拝「救いの喜びをあなたに」

10:30より、特別礼拝 が行われました。

説教題
救いの喜びをあなたに
聖書
使徒行伝8章26~39節
説教者
加藤郁生師
出席者数
80人

聖書: 使徒行伝8章26-39節 (中心聖句は39節) 口語訳

26
しかし、主の使がピリポにむかって言った、「立って南方に行き、エルサレムからガザへ下る道に出なさい」(このガザは、今は荒れはてている)。
27
そこで、彼は立って出かけた。すると、ちょうど、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財宝全部を管理していた宦官であるエチオピヤ人が、礼拝のためエルサレムに上り、
28
その帰途についていたところであった。彼は自分の馬車に乗って、預言者イザヤの書を読んでいた。
29
御霊がピリポに「進み寄って、あの馬車に並んで行きなさい」と言った。
30
そこでピリポが駆けて行くと、預言者イザヤの書を読んでいるその人の声が聞えたので、「あなたは、読んでいることが、おわかりですか」と尋ねた。
31
彼は「だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」と答えた。そして、馬車に乗って一緒にすわるようにと、ピリポにすすめた。
32
彼が読んでいた聖書の箇所は、これであった、「彼は、ほふり場に引かれて行く羊のように、また、黙々として、毛を刈る者の前に立つ小羊のように、口を開かない。
33
彼は、いやしめられて、そのさばきも行われなかった。だれが、彼の子孫のことを語ることができようか、彼の命が地上から取り去られているからには」。
34
宦官はピリポにむかって言った、「お尋ねしますが、ここで預言者はだれのことを言っているのですか。自分のことですか、それとも、だれかほかの人のことですか」。
35
そこでピリポは口を開き、この聖句から説き起して、イエスのことを宣べ伝えた。
36
道を進んで行くうちに、水のある所にきたので、宦官が言った、「ここに水があります。わたしがバプテスマを受けるのに、なんのさしつかえがありますか」。
37
〔これに対して、ピリポは、「あなたがまごころから信じるなら、受けてさしつかえはありません」と言った。すると、彼は「わたしは、イエス・キリストを神の子と信じます」と答えた。〕
38
そこで車をとめさせ、ピリポと宦官と、ふたりとも、水の中に降りて行き、ピリポが宦官にバプテスマを授けた。
39
ふたりが水から上がると、主の霊がピリポをさらって行ったので、宦官はもう彼を見ることができなかった。宦官はよろこびながら旅をつづけた。

今週は礼拝メッセージの要約はありません。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
天の父の愛
みことば
マタイによる福音書5章43~48節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、音楽集会 が行われました。

出席者数
60人

夕拝 は休会しました。


お知らせ:特別礼拝・音楽集会

6/19(日)に「特別礼拝・音楽集会」が行われます。

今回も昨年に引き続き、バイブルメッセージは 加藤郁生師、 音楽ゲストは Bless(ブレス) です。

19日(日) 10:30~ 特別礼拝、13:00~ 音楽集会です。詳しくは以下のチラシをご参照ください。


クリックすると大きく表示します

バイブルメッセージ:加藤郁生 (かとう・いくお)
福岡県出身。西南学院大学文学部を卒業。 会社勤務を経て、関西聖書神学校に入学。 卒業後、箕面希望教会などで奉仕。 2000年より渡米、2002年にウェスレー・ビブリカル神学校を修了。 同年より京都信愛教会牧師。 「優しくて、よく分かる聖書メッセージ」との好評を博している。
音楽:Bless (ブレス)
京都信愛教会員の奥野信二・川路栄一による賛美デュオ。 2004年結成。 ギター、ハーモニカなどを用いて、トラディショナル賛美やオリジナル賛美を歌い続けている。 2009年に初のオリジナルアルバムを発表。 地域教会の合同イベントでも演奏するなど、活躍の場を広げている。 Blessは「神が祝福する」の意。

ぜひ皆様もお越しください。


主日礼拝「ペンテコステ~教会と宣教の始まり」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
ペンテコステ~教会と宣教の始まり
聖書
使徒行伝2章1~4節
説教者
加藤郁生師
出席者数
71人

聖書: 使徒行伝2章1-4節 (中心聖句は1-2節) 口語訳

1
五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、
2
突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。
3
また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。
4
すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。

礼拝メッセージの要約 「ペンテコステ~教会と宣教の始まり」 加藤郁生師

今年も、ペンテコステを記念する礼拝を迎えることができました。 わたしたちは、教会と宣教の原点であるペンテコステの恵みを深く覚えたいと思います。

  1. 天よりの御霊

    使徒行伝を読みますと、五順節の日に御霊が天から起こったことが記されています。 ペンテコステの御霊は、地上のどこでもない、まったくの天より、上より降られたのです。 この天とは、もちろん父なる神のいます所であり、大祭司なるキリストがとりなしてくださる所ですが、 そこから降られた御霊の注ぎを受けるとは何と幸いなことでしょう。

    天と縁遠い弟子たちに注がれた御霊は、大いなる力を与えました。 わたしたちも上よりの御霊に満たされましょう。

  2. 火の御霊

    御霊は炎のようにして現れました。 御霊は実に、焼きつ尽くす火です。 汚れを焼き尽くして純粋なものに作り変えるきよめの霊です。 ペンテコステの御霊は弟子たちをきよめ、肉の行いではなく、御霊のきよい品性をもってキリストに仕える者としました。

    このことは今、主に仕えるわたしたちにも同様です。 御霊の火をいただき、神の前にきよく歩させていただきましょう。

  3. 宣教の御霊

    御霊は舌のような形状をもって来られ、しかも御霊を受けた者達は、他国の言葉で語り出しました。 すなわち聖霊は宣教の御霊です。 しかもそれは限られた範囲ではなく、世界宣教です。 実際、この時をもって始まったキリストの教会は、時を経て現在に至るまで地の果て宣べ伝えられています。

    わたしたちは御霊による宣教の力をいただいて、キリストの証人して立ち上がりましょう。 そして終末の時代に大胆に福音を宣べ伝える者とさせていただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
聖霊の恵みを求める
みことば
使徒行伝1章3~8節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、壮年・婦人・青年合同での会堂大掃除、CS教師会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
3人


主日礼拝「不屈の信仰~預言者のメッセージIII」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
不屈の信仰~預言者のメッセージIII
聖書
エゼキエル書37章1~14節
説教者
加藤郁生師
出席者数
65人

聖書: エゼキエル書37章1-14節 (中心聖句は4-5節) 口語訳

1
主の手がわたしに臨み、主はわたしを主の霊に満たして出て行かせ、谷の中にわたしを置かれた。そこには骨が満ちていた。
2
彼はわたしに谷の周囲を行きめぐらせた。見よ、谷の面には、はなはだ多くの骨があり、皆いたく枯れていた。
3
彼はわたしに言われた、「人の子よ、これらの骨は、生き返ることができるのか」。わたしは答えた、「主なる神よ、あなたはご存じです」。
4
彼はまたわたしに言われた、「これらの骨に預言して、言え。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。
5
主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。
6
わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。
7
わたしは命じられたように預言したが、わたしが預言した時、声があった。見よ、動く音があり、骨と骨が集まって相つらなった。
8
わたしが見ていると、その上に筋ができ、肉が生じ、皮がこれをおおったが、息はその中になかった。
9
時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、息に預言せよ、息に預言して言え。主なる神はこう言われる、息よ、四方から吹いて来て、この殺された者たちの上に吹き、彼らを生かせ」。
10
そこでわたしが命じられたように預言すると、息はこれにはいった。すると彼らは生き、その足で立ち、はなはだ大いなる群衆となった。
11
そこで彼はわたしに言われた、「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家である。見よ、彼らは言う、『われわれの骨は枯れ、われわれの望みは尽き、われわれは絶え果てる』と。
12
それゆえ彼らに預言して言え。主なる神はこう言われる、わが民よ、見よ、わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓からとりあげて、イスラエルの地にはいらせる。
13
わが民よ、わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓からとりあげる時、あなたがたは、わたしが主であることを悟る。
14
わたしがわが霊を、あなたがたのうちに置いて、あなたがたを生かし、あなたがたをその地に安住させる時、あなたがたは、主なるわたしがこれを言い、これをおこなったことを悟ると、主は言われる」。

礼拝メッセージの要約 「不屈の信仰~預言者のメッセージIII」 加藤郁生師

預言者は、国が存亡の危機に瀕し、人々が失意の中にある時、悔い改めと回復のメッセージを伝えましたが、エゼキエルもその一人でした。 彼はバビロン捕囚の悲嘆の中に置かれたイスラエルの民に、驚くべき御言葉を取り継ぎました。

  1. 枯れた骨

    ある時、神はエゼキエルをある谷に導かれました。 その谷は、枯骨の谷でした。 その骨の意味するところはバビロンに連れ行かれたイスラエルの民の惨状です。 イスラエルは死んだ骨のように可能性を失ってしまっていたのです。

  2. これらの骨に預言して言え

    しかし神は、驚くべことをエゼキエルに命じます。 なんと枯れた骨に預言せよと言うのです。 そうすれば骨から筋や肉や皮ができて人が生きるというのです。

    エゼキエルはこの命令をどのように聞いたでしょうか。 「主よ、これはもう骨です。何の可能性もありません」と言ってもおかしくはなかったでしょう。

  3. はなはだ大いなる群衆となった

    しかしエゼキエルは神に従って、枯れた骨に預言しました。 息にも預言しました。 そうすると彼らは生き、はなはだ大いなる群衆となりました。 イスラエルの回復の実現です。

    ここで大切なことは、預言という行為です。 エゼキエルが信仰をもって神の言葉を語るなら、死んでひからびた骨が生きるのです。

    同じように、今わたしたちも信仰をもってこの日本のために福音を宣べ伝えたいと思います。 神はわたしたちの愛するこの日本を、この国の人々を生かしてくださるのです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
神に喜ばれるささげ物
みことば
創世記4章1~8節
出席者数
9人(生徒のみ集計)

午後より、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人