月別: 2011年1月


主日礼拝「とりなしをする教会」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
とりなしをする教会
聖書
テモテへの第一の手紙2章1~7節
説教者
加藤郁生師
出席者数
64人

聖書: テモテへの第一の手紙2章1-7節 (中心聖句は1節) 口語訳

1
そこで、まず第一に勧める。すべての人のために、王たちと上に立っているすべての人々のために、願いと、祈と、とりなしと、感謝とをささげなさい。
2
それはわたしたちが、安らかで静かな一生を、真に信心深くまた謹厳に過ごすためである。
3
これは、わたしたちの救主である神のみまえに良いことであり、また、みこころにかなうことである。
4
神は、すべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおられる。
5
神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである。
6
彼は、すべての人のあがないとしてご自身をささげられたが、それは、定められた時になされたあかしにほかならない。
7
そのために、わたしは立てられて宣教者、使徒となり(わたしは真実を言っている、偽ってはいない)、また異邦人に信仰と真理とを教える教師となったのである。

礼拝メッセージの要約 「とりなしをする教会」 加藤郁生師

「そこで、まず第一に勧める。すべての人のために、王たちと上に立っているすべての人々のために、願いと、祈と、とりなしと、感謝とをささげなさい。」

パウロは愛する弟子テモテに「とりなし」をすることを勧めました。 とりなしは、信仰者がなすべき大切な務めです。

  1. アブラハムのとりなし

    アブラハムは、ソドムを滅ぼすことを告げる神の前に立って、ソドムのためにとりなしました。 そのとりなしは繰り返し行われ、最大限の譲歩を神様から戴くことが出来ました。 しかしそれは、神様の怒りを招くのではというようなリスクを負った祈りでした。

  2. モーセのとりなし

    モーセの留守中、金の子牛を造って騒いだイスラエルの民のためにとりなしたのはモーセでした。 モーセは、イスラエルの民が救われるなら、命の文からその名を取り去られてもいいと祈りました。 それは、自分が滅んでも民を救わんとする姿でした。

  3. キリストのとりなし

    キリストは、全人類のために十字架にかかり、「父よ彼らをおゆるしください」ととりなしました。 しかも、死んでよみがえり、父なる神の右に座して、今も天上の大祭司として祈り続けておられます。 キリストこそ究極の仲保者です。

  4. 御霊のとりなし

    御霊もまた、言葉にあらわせない切なるうめきをもってわたしたちのためにとりなしてくださっています。 終末の完成に至るまで、御霊のうめきは止むことがありません。

ですから…!

わたしたちも、とりなしの祈りを献げましょう。 すべての人のために、世界のために、日本のために。わたしたち愛する人々のために。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
信仰告白
みことば
マタイによる福音書16章13~20節
出席者数
14人(生徒のみ集計)

午後より、青年会(総会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「キリストの祈りに学ぶ信仰者」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
キリストの祈りに学ぶ信仰者
聖書
ルカによる福音書9章28~36節
説教者
加藤郁生師
出席者数
70人

聖書: ルカによる福音書9章28-36節 (中心聖句は29節) 口語訳

28
これらのことを話された後、八日ほどたってから、イエスはペテロ、ヨハネ、ヤコブを連れて、祈るために山に登られた。
29
祈っておられる間に、み顔の様が変り、み衣がまばゆいほどに白く輝いた。
30
すると見よ、ふたりの人がイエスと語り合っていた。それはモーセとエリヤであったが、
31
栄光の中に現れて、イエスがエルサレムで遂げようとする最後のことについて話していたのである。
32
ペテロとその仲間の者たちとは熟睡していたが、目をさますと、イエスの栄光の姿と、共に立っているふたりの人とを見た。
33
このふたりがイエスを離れ去ろうとしたとき、ペテロは自分が何を言っているのかわからないで、イエスに言った、「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。
34
彼がこう言っている間に、雲がわき起って彼らをおおいはじめた。そしてその雲に囲まれたとき、彼らは恐れた。
35
すると雲の中から声があった、「これはわたしの子、わたしの選んだ者である。これに聞け」。
36
そして声が止んだとき、イエスがひとりだけになっておられた。弟子たちは沈黙を守って、自分たちが見たことについては、そのころだれにも話さなかった。

礼拝メッセージの要約 「キリストの祈りに学ぶ信仰者」 加藤郁生師

福音書を見ますと、イエス様が祈っておられるお姿を見ることができます。

朝早くから祈っておられるイエス様、寂しい所に静まって祈られるイエス様、 弟子達を選定する際に夜を徹して祈られるイエス様、十字架の道を歩むためにゲッセマネの園で祈りの格闘をなされるイエス様、 いずれもわたしたちの心を打ちます。

今日ご紹介する個所もその一つです。 ある時、イエス様は、弟子達を連れて山に登りました。 そしてイエス様が祈っておられると、不思議なことがおきました。

「(イエス様が)祈っておられる間に、み顔が変わり、み衣がまばゆいほどに白く輝いた」

おそらく輝いたのはみ衣だけではないでしょう。 イエス様のみ顔も、お体もすべて輝いたのでしょう。 そしてその変貌は、イエス様が祈っていた時に起こりました。

これを受けて…

わたしたちとイエス様を比べることはできませんが、しかしここで祈りについて大切なことを教えられます。

わたしたちも祈っていくならば、変わることができるのではないでしょうか。

イエス様が変わられたのは外面だけではなく、内にある神性が表われたと解して良いかと思いますが、 わたしたちも祈って行く時に、わたしたちの内側がきよめられ、輝きに満ちた喜びが与えられるのではないでしょうか。 そして、輝くクリスチャンになることができるのです。

ですから、祈りましょう! 祈って勝利するクリスチャン、祈って輝くクリスチャンとなりましょう!

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
もし信じるなら
みことば
ヨハネによる福音書11章32~44節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、壮年会(総会)、婦人会(総会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「神に祈る教会!」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
神に祈る教会!
聖書
使徒行伝12章1~17節
説教者
加藤郁生師
出席者数
54人

聖書: 使徒行伝12章1-17節 (中心聖句は5節) 口語訳

1
そのころ、ヘロデ王は教会のある者たちに圧迫の手をのばし、
2
ヨハネの兄弟ヤコブをつるぎで切り殺した。
3
そして、それがユダヤ人たちの意にかなったのを見て、さらにペテロをも捕えにかかった。それは除酵祭の時のことであった。
4
ヘロデはペテロを捕えて獄に投じ、四人一組の兵卒四組に引き渡して、見張りをさせておいた。過越の祭のあとで、彼を民衆の前に引き出すつもりであったのである。
5
こうして、ペテロは獄に入れられていた。教会では、彼のために熱心な祈が神にささげられた。
6
ヘロデが彼を引き出そうとしていたその夜、ペテロは二重の鎖につながれ、ふたりの兵卒の間に置かれて眠っていた。番兵たちは戸口で獄を見張っていた。
7
すると、突然、主の使がそばに立ち、光が獄内を照した。そして御使はペテロのわき腹をつついて起し、「早く起きあがりなさい」と言った。すると鎖が彼の両手から、はずれ落ちた。
8
御使が「帯をしめ、くつをはきなさい」と言ったので、彼はそのとおりにした。それから「上着を着て、ついてきなさい」と言われたので、
9
ペテロはついて出て行った。彼には御使のしわざが現実のこととは考えられず、ただ幻を見ているように思われた。
10
彼らは第一、第二の衛所を通りすぎて、町に抜ける鉄門のところに来ると、それがひとりでに開いたので、そこを出て一つの通路に進んだとたんに、御使は彼を離れ去った。
11
その時ペテロはわれにかえって言った、「今はじめて、ほんとうのことがわかった。主が御使をつかわして、ヘロデの手から、またユダヤ人たちの待ちもうけていたあらゆる災から、わたしを救い出して下さったのだ」。
12
ペテロはこうとわかってから、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に行った。その家には大ぜいの人が集まって祈っていた。
13
彼が門の戸をたたいたところ、ロダという女中が取次ぎに出てきたが、
14
ペテロの声だとわかると、喜びのあまり、門をあけもしないで家に駆け込み、ペテロが門口に立っていると報告した。
15
人々は「あなたは気が狂っている」と言ったが、彼女は自分の言うことに間違いはないと、言い張った。そこで彼らは「それでは、ペテロの御使だろう」と言った。
16
しかし、ペテロが門をたたきつづけるので、彼らがあけると、そこにペテロがいたのを見て驚いた。
17
ペテロは手を振って彼らを静め、主が獄から彼を連れ出して下さった次第を説明し、「このことを、ヤコブやほかの兄弟たちに伝えて下さい」と言い残して、どこかほかの所へ出て行った。

礼拝メッセージの要約 「神に祈る教会!」 加藤郁生師

わたしたちの信仰が生きた信仰となり、わたしたちの教会が力強い宣教の教会となるために必要なことの秘訣は、やはり祈ることだと思います。 教会の兄弟姉妹が、共に心合わせて、一つになって祈る時、神様のみ手が動かされるのです。

使徒行伝を見ると、そのように教会が祈りによって建て上げられたことがわかります。 特に試練や困難の時、初代教会の聖徒たちは心合わせて祈りました。

  • ペテロの捕縛

    使徒行伝12章で、教会は大変な危機に直面しました。 ヤコブが殉教し、ペテロも獄に投ぜらました。 ペテロの命も風前のともしびでした。 この時、教会はどうしていたでしょう。

  • 教会では、彼のために熱心な祈りがささげられた

    ペテロの救いのために、聖徒たちは一つ所に集まってひたすら祈りました。 教会に政治的な力はありません。 何の手だてもありません。 しかし彼らには祈りがありました。 神様がみ手を動かしてくださると信じて祈りました。

  • ペテロの解放

    果たしてペテロは、み使いに導かれて獄から解放されました。 彼らのところに帰って見ると、祈っていたはずの当人達が信じられなかったりと面白い結末ですが、それほど不思議なことが起こったのでした。

  • 結論

    初代の教会は祈りによってあらゆる困難を乗り越えました。 わたしたちも祈りによって勝利をいただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
逆風の中で主を見る
みことば
マタイによる福音書14章22~33節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、CS教師会(総会)、青年会(総会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
3人


主日礼拝「わたしの仕える主は生きておられる」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
わたしの仕える主は生きておられる
聖書
列王紀上17章
説教者
加藤郁生師
出席者数
70人

聖書: 列王紀上17章1-24節 (中心聖句は1節) 口語訳

1
ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう」。
2
主の言葉がエリヤに臨んだ、
3
「ここを去って東におもむき、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに身を隠しなさい。
4
そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」。
5
エリヤは行って、主の言葉のとおりにした。すなわち行って、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに住んだ。
6
すると、からすが朝ごとに彼の所にパンと肉を運び、また夕ごとにパンと肉を運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。
7
しかし国に雨がなかったので、しばらくしてその川はかれた。
8
その時、主の言葉が彼に臨んで言った、
9
「立ってシドンに属するザレパテへ行って、そこに住みなさい。わたしはそのところのやもめ女に命じてあなたを養わせよう」。
10
そこで彼は立ってザレパテへ行ったが、町の門に着いたとき、ひとりのやもめ女が、その所でたきぎを拾っていた。彼はその女に声をかけて言った、「器に水を少し持ってきて、わたしに飲ませてください」。
11
彼女が行って、それを持ってこようとした時、彼は彼女を呼んで言った、「手に一口のパンを持ってきてください」。
12
彼女は言った、「あなたの神、主は生きておられます。わたしにはパンはありません。ただ、かめに一握りの粉と、びんに少しの油があるだけです。今わたしはたきぎ二、三本を拾い、うちへ帰って、わたしと子供のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしているのです」。
13
エリヤは彼女に言った、「恐れるにはおよばない。行って、あなたが言ったとおりにしなさい。しかしまず、それでわたしのために小さいパンを、一つ作って持ってきなさい。その後、あなたと、あなたの子供のために作りなさい。
14
『主が雨を地のおもてに降らす日まで、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えない』とイスラエルの神、主が言われるからです」。
15
彼女は行って、エリヤが言ったとおりにした。彼女と彼および彼女の家族は久しく食べた。
16
主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった。
17
これらの事の後、その家の主婦であるこの女の男の子が病気になった。その病気はたいそう重く、息が絶えたので、
18
彼女はエリヤに言った、「神の人よ、あなたはわたしに、何の恨みがあるのですか。あなたはわたしの罪を思い出させるため、またわたしの子を死なせるためにおいでになったのですか」。
19
エリヤは彼女に言った、「子をわたしによこしなさい」。そして彼女のふところから子供を取り、自分のいる屋上のへやへかかえて上り、自分の寝台に寝かせ、
20
主に呼ばわって言った、「わが神、主よ、あなたはわたしが宿っている家のやもめにさえ災をくだして、子供を殺されるのですか」。
21
そして三度その子供の上に身を伸ばし、主に呼ばわって言った、「わが神、主よ、この子供の魂をもとに帰らせてください」。
22
主はエリヤの声を聞きいれられたので、その子供の魂はもとに帰って、彼は生きかえった。
23
エリヤはその子供を取って屋上のへやから家の中につれて降り、その母にわたして言った、「ごらんなさい。あなたの子は生きかえりました」。
24
女はエリヤに言った、「今わたしはあなたが神の人であることと、あなたの口にある主の言葉が真実であることを知りました」。

礼拝メッセージの要約 「わたしの仕える主は生きておられる」 加藤郁生師

旧約聖書において、エリヤは「神が生きている」ことをその働きを通して証ししました。 わたしたちはエリヤに関するエピソードから、そのことを学びます。

  • エピソード1 ケリテ川の養い

    時の王アハブの前で、主が生きておられることを宣言したエリヤは、ケリテ川に退きますが、そこでカラスの養いを受けます。 神様はこのような不思議なご方法でエリヤを養いますが、それはエリヤに対して、「主が生きておられる」ことの最上の教育プログラムでした。

    わたしたちにも神様は、ご自身が生きていることを教えてくださるために、ケリテ川の体験を与えてくださいます。

  • エピソード2 かめの粉とびんの油

    次の舞台で神様は、エリヤをやもめの女の所に導きます。 彼女と子どもは、今にも飢えで死のうとしていました。 ここでエリヤの生ける神の信仰が発揮されます。 エリヤはその女にまず「神の人」たる自分に、粉と油で食べ物を作るように言いました。 そこには、まず神を第一とするという信仰を女に正す意図がありました。

    果たして、女がエリヤに従うと食物が満たされました。神はやはり生きておられるのです。

  • エピソード3 子どもの生き返り

    やもめ女の子どもが死にました。 女は激しくエリヤをなじります。 しかしここでエリヤは子どもを手元に取ると祈ります。 何と子どもは生き返りました。 その時、女は神が生きておられることを知りました。 神を知ることは、言葉や観念上のものではありません。生ける神を体験することです。

いかがでしょう。 わくわくするようなエピソードですが、わたしたちの仕える神は今も生きておられます。 わたしたちもこのような生ける神を信じて立ち上がりましょう。

礼拝式中に、成人祝福祈祷が行われました。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
祝福されるささげ物
みことば
ヨハネによる福音書6章1~14節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

午後より、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
7人


新年礼拝「クリスチャンの三大決心」

10:30より、新年礼拝 が行われました。

説教題
クリスチャンの三大決心
聖書
テサロニケ人への第一の手紙5章12~21節
説教者
加藤郁生師
出席者数
76人

聖書: テサロニケ人への第一の手紙5章12-21節 (中心聖句は16-18節) 口語訳

12
兄弟たちよ。わたしたちはお願いする。どうか、あなたがたの間で労し、主にあってあなたがたを指導し、かつ訓戒している人々を重んじ、
13
彼らの働きを思って、特に愛し敬いなさい。互に平和に過ごしなさい。
14
兄弟たちよ。あなたがたにお勧めする。怠惰な者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。
15
だれも悪をもって悪に報いないように心がけ、お互に、またみんなに対して、いつも善を追い求めなさい。
16
いつも喜んでいなさい。
17
絶えず祈りなさい。
18
すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。
19
御霊を消してはいけない。
20
預言を軽んじてはならない。
21
すべてのものを識別して、良いものを守り、

礼拝メッセージの要約 「クリスチャンの三大決心」 加藤郁生師

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」

ここに、わたしたちがクリスチャンとして成長するために覚えるべき三つの大切なことが記されています。 喜びと、祈りと、感謝です。 神様はわたしたちが喜び、祈り、感謝することを求めておられます。

  1. いつも喜んでいなさい。

    パウロはピリピ人への教会の中で、たとえ自分が獄中で苦難を受けても、 そのことが福音の前進となるなら喜ぼうと言っています。

    パウロにとっては苦難さえも喜ぶべき事柄でした。 わたしたちも心を神様に向けるなら、喜ぶことが出来ます。 主は生きておられるのです。

  2. 絶えず祈りなさい

    ある高名な先生が伝道者に勧めたのは、奉仕の前と後に必ず祈ることでした。 そうすれば、魂は必ず救われると言うのです。

    わたしたちは物事をいつも、祈りをもってなすことが出来ます。 祈りなくして何かをすることは、神様を無視することです。 絶えず祈りましょう。それこそが勝利の秘訣です。

  3. すべてのことについて感謝しなさい。

    感謝は、わたしたちの力の源泉です。 感謝は、わたしたちの信仰の決心によってもたらされます。 感謝することがあるから感謝するというのではなく、何事も主の恵みと受け止めて、 信仰をもって「アーメン、ハレルヤ」と感謝するのです。 このことが出来たら、わたしたちの信仰は成長することができます。

いかがでしょうか、喜びと、祈りと、感謝をもって共に歩み、 信仰者として成熟させていただこうではありませんか。

教会学校と夕拝は休会でした。