月別: 2010年11月


第1アドヴェント礼拝「アドヴェント~主の御到来に備える時」

10:30より、第1アドヴェント礼拝 が行われました。

説教題
アドヴェント~主の御到来に備える時
聖書
テサロニケ人への第一の手紙5章1~11節
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: テサロニケ人への第一の手紙5章1-11節 (中心聖句は9節) 口語訳

1
兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。
2
あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。
3
人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。
4
しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。
5
あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。
6
だから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。
7
眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。
8
しかし、わたしたちは昼の者なのだから、信仰と愛との胸当を身につけ、救の望みのかぶとをかぶって、慎んでいよう。
9
神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。
10
キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。
11
だから、あなたがたは、今しているように、互に慰め合い、相互の徳を高めなさい。

礼拝メッセージの要約 「アドヴェント~主の御到来に備える時」 加藤郁生師

アドヴェントと聞きますと、わたしたちは「今年もクリスマスが来るな」と思いますが、 アドヴェントの元来の意味は「到来」です。

もちろんこの到来はイエス・キリスト様のことですが、 今から二千年前に御降誕くださった出来事を意味します。

しかし実のところ、このアドヴェント「到来」は、クリスマスの時だけではありません。 主の到来は、これから起こることでもあります。 それは終わりの時の栄光の主、キリストのご再臨です。 この御再臨をもってアドヴェントは完成します。

ですからわたしたちは、キリストの到来をクリスマスの出来事として覚えると同時に、再臨のキリストの御到来を待ち望み続けるのです。 その意味では、終りの時を待ち望むわたしたちの時代は、アドヴェントそのものだと言ってよいでしょう。

「待ち望もう! しかし慎み深く」

テサロニケの第一の手紙はわたしたちに、どのように主の再臨を待ち望むべきかを書いています。 決して、動揺せずに、目を覚まして祈りつつ待ち望むべきだと教えます。 なぜなら終りの時に、わたしたちは「主イエス・キリストによって救いを得るように定められた」からです。

ですからわたしたちは、信仰の確信をもって今なすべきことを慎んで全うしてゆきたいのです。 心に熱い待望の思いを持って、たゆまずキリストの証し人とさせていただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
キリストの誕生
みことば
マタイによる福音書1章18~25節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、婦人クリスマス会、教会役員会、青年会(クリスマス準備) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「感謝の供え物をもって~わたしたちの礼拝」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
感謝の供え物をもって~わたしたちの礼拝
聖書
詩篇100篇1~5節
説教者
加藤郁生師
出席者数
66人

聖書: 詩篇100章1-5節 (中心聖句は1-2節) 口語訳

1
全地よ、主にむかって喜ばしき声をあげよ。
2
喜びをもって主に仕えよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ。
3
主こそ神であることを知れ。われらを造られたものは主であって、われらは主のものである。われらはその民、その牧の羊である。
4
感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ。主に感謝し、そのみ名をほめまつれ。
5
主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶからである。

礼拝メッセージの要約 「感謝の供え物をもって~わたしたちの礼拝」 加藤郁生師

詩篇100篇は「感謝の供え物の歌」という表題がありますように、 古代イスラエルの人々が感謝の供え物をもって神様の前に出る時に歌われた詩だと言われています。

興味深いことに、この詩篇は特に礼拝の入場式に用いられたと指摘されています。 会衆が門を通って神殿の礼拝場に入る際に、門外に控えた聖歌隊が1~3節の個所を賛美します。

「よろこびをもって主につかえよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ。」

するとそれに応じて、礼拝堂に控えていた聖歌隊が4、5節をもって応答して賛美します。

「感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ」

なんとも、躍動感あふれる、喜びに満ちた礼拝の光景が目に浮かびますが、 これほどの工夫をもって人々は神に感謝を献げました。

そしてその礼拝のクライマックスは、感謝の供え物を献げる時でしたでしょう。 人々は、それぞれの感謝の献げ物を携えて主の前に出ました。

歴代志下29章では、名君ヒゼキヤが宮清めの後に、感謝の供え物をもって礼拝をしましたが、 いつの時代でも心から主に感謝と献身を表わす礼拝を献げることは尊いのです。

なぜなら、「主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶ」からです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
神を頼みとして
みことば
ダニエル書6章10~24節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、会堂大掃除(壮年会・婦人会・青年会合同) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「主を仰ぎ、お言葉を聞く信仰」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
主を仰ぎ、お言葉を聞く信仰
聖書
マタイによる福音書17章1~8節
説教者
加藤郁生師
出席者数
67人

聖書: 使徒行伝17章1-8節 (中心聖句は5節) 口語訳

1
一行は、アムピポリスとアポロニヤとをとおって、テサロニケに行った。ここにはユダヤ人の会堂があった。
2
パウロは例によって、その会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基いて彼らと論じ、
3
キリストは必ず苦難を受け、そして死人の中からよみがえるべきこと、また「わたしがあなたがたに伝えているこのイエスこそは、キリストである」とのことを、説明もし論証もした。
4
ある人たちは納得がいって、パウロとシラスにしたがった。その中には、信心深いギリシヤ人が多数あり、貴婦人たちも少なくなかった。
5
ところが、ユダヤ人たちは、それをねたんで、町をぶらついているならず者らを集めて暴動を起し、町を騒がせた。それからヤソンの家を襲い、ふたりを民衆の前にひっぱり出そうと、しきりに捜した。
6
しかし、ふたりが見つからないので、ヤソンと兄弟たち数人を、市の当局者のところに引きずって行き、叫んで言った、「天下をかき回してきたこの人たちが、ここにもはいり込んでいます。
7
その人たちをヤソンが自分の家に迎え入れました。この連中は、みなカイザルの詔勅にそむいて行動し、イエスという別の王がいるなどと言っています」。
8
これを聞いて、群衆と市の当局者は不安に感じた。

礼拝メッセージの要約 「主を仰ぎ、お言葉を聞く信仰」 加藤郁生師

マタイによる福音書の「イエスの山上の変貌」について気がつくことは、 イエス様がご変貌なさった時期が、 イエス様がこれから十字架の道を歩むことを明らかにされた直後であるということです。

残念ながらイエス様の弟子ペテロは、 イエス様を「あなたこそ神の子キリストです」と告白したにもかかわらず、 キリストの受難を受け入れようとはしませんでした。 そんな中で主は、輝くお姿に変貌されました。

  1. 出来ごとの経過

    イエス様はペテロ等を連れて高い山に登り、そこで変貌されました。 イエス様のとなりにはモーセとエリヤがおり、イエス様と語りあいました。 ペテロはそれを見て、彼らのために小屋を作ることを申し出ました。

  2. ペテロの申し出

    ペテロとてこの出来事に動転していたのでしょう。 そういう中で、小屋を作ることを一生懸命申し出ました。 しかしそれはあくまでもペテロの側の考えつくイエス様への崇め方、仕え方でした。

  3. これに聞け

    これに対して神様は、天からの声をもってペテロに答えます。

    「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」

    神様の答えは「これ(キリスト)に聞け!」でした。 ペテロは変貌のキリストにこそ、聞いて従わなければならなかったのです。

結論:仰ぎ聞くならば生きん!

わたしたちは変貌のキリストを仰ぎ、キリストに聞く者として召されています。 自分の都合や思惑ではなく、主の御声に従う信仰者とさせていただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

今日は「教会学校デー」として、全分級の合同礼拝が行われました。 また、中高生の方の証しもありました。

テーマ
生きて働かれる神
みことば
列王紀上17章1~7節
出席者数
14人(生徒のみ集計)

午後より、CS教師会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


主日礼拝「こうして教会は~ピンチはわたしたちの成長のチャンス」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
こうして教会は~ピンチはわたしたちの成長のチャンス
聖書
使徒行伝6章1~7節
説教者
加藤郁生師
出席者数
65人

聖書: 使徒行伝6章1-7節 (中心聖句は7節) 口語訳

1
そのころ、弟子の数がふえてくるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちから、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して、自分たちのやもめらが、日々の配給で、おろそかにされがちだと、苦情を申し立てた。
2
そこで、十二使徒は弟子全体を呼び集めて言った、「わたしたちが神の言をさしおいて、食卓のことに携わるのはおもしろくない。
3
そこで、兄弟たちよ、あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判のよい人たち七人を捜し出してほしい。その人たちにこの仕事をまかせ、
4
わたしたちは、もっぱら祈と御言のご用に当ることにしよう」。
5
この提案は会衆一同の賛成するところとなった。そして信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、それからピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、およびアンテオケの改宗者ニコラオを選び出して、
6
使徒たちの前に立たせた。すると、使徒たちは祈って手を彼らの上においた。
7
こうして神の言は、ますますひろまり、エルサレムにおける弟子の数が、非常にふえていき、祭司たちも多数、信仰を受けいれるようになった。

礼拝メッセージの要約 「こうして教会は~ピンチはわたしたちの成長のチャンス」 加藤郁生師

先日、ある教会の土地会堂取得のいきさつをお聞きできました。 数年前、会堂を取得しなければならないやむにやまれぬ事情ができて、それから真剣に求め与えられたそうです。 その教会にとってはピンチであることが、成長への転機となったのです。

こういったことは聖書を見ますと、珍しくありません。 例えば使徒行伝では、エルサレムの教会の著しい成長ぶりが書かれていますが、 それらのことは教会の危機的な状況から導かれていることに気がつきます。

  • 【事例1】配給のトラブル(使徒行伝6章)

    初代教会は大きくなるにつれて、 ユダヤ語(アラム語)を話すユダヤ人とギリシャ語を話すユダヤ人との間で、 やもめの配給の問題が生じました。

    教会の分裂の危機かと思われましたが、使徒達は7人の世話人を立て問題を解決しました。 しかも教会はその後、大きく成長しました。

  • 【事例2】迫害とパウロの脅威(使徒行伝9章)

    これもやはり教会の危機からでした。 エルサレムの教会は迫害によって散らされ、パウロは人々を捕えました。 しかし散らされたピリポの伝道でサマリヤの人々が救われ、パウロもあざやかに回心しました。 結果として教会の宣教は拡大し、基礎が固まり、信徒の数が増しました。

やはり神様はピンチをチャンスに変えてくださるお方なのです。 教会のピンチを、わたしたち自身のピンチを、成長への転機としてくださる主を信頼して歩んでまいりましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
心を見られる神
みことば
サムエル記上16章6~13節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、教会クリスマス委員会、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
9人