月別: 2010年10月


主日礼拝「信仰者がすでに与えられているもの」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
信仰者がすでに与えられているもの
聖書
テモテへの第二の手紙1章1~14節
説教者
加藤郁生師
出席者数
65人

聖書: テモテへの第二の手紙1章1-14節 (中心聖句は7節) 口語訳

1
神の御旨により、キリスト・イエスにあるいのちの約束によって立てられたキリスト・イエスの使徒パウロから、
2
愛する子テモテへ。父なる神とわたしたちの主キリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とが、あなたにあるように。
3
わたしは、日夜、祈の中で、絶えずあなたのことを思い出しては、きよい良心をもって先祖以来つかえている神に感謝している。
4
わたしは、あなたの涙をおぼえており、あなたに会って喜びで満たされたいと、切に願っている。
5
また、あなたがいだいている偽りのない信仰を思い起している。この信仰は、まずあなたの祖母ロイスとあなたの母ユニケとに宿ったものであったが、今あなたにも宿っていると、わたしは確信している。
6
こういうわけで、あなたに注意したい。わたしの按手によって内にいただいた神の賜物を、再び燃えたたせなさい。
7
というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。
8
だから、あなたは、わたしたちの主のあかしをすることや、わたしが主の囚人であることを、決して恥ずかしく思ってはならない。むしろ、神の力にささえられて、福音のために、わたしと苦しみを共にしてほしい。
9
神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み、
10
そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不死とを明らかに示されたのである。
11
わたしは、この福音のために立てられて、その宣教者、使徒、教師になった。
12
そのためにまた、わたしはこのような苦しみを受けているが、それを恥としない。なぜなら、わたしは自分の信じてきたかたを知っており、またそのかたは、わたしにゆだねられているものを、かの日に至るまで守って下さることができると、確信しているからである。
13
あなたは、キリスト・イエスに対する信仰と愛とをもって、わたしから聞いた健全な言葉を模範にしなさい。
14
そして、あなたにゆだねられている尊いものを、わたしたちの内に宿っている聖霊によって守りなさい。

礼拝メッセージの要約 「信仰者がすでに与えられているもの」 加藤郁生師

わたしたちは「もの忘れ」ということがあります。 何か大切なものを忘れて置いて来てしまった、大切な用件を忘れてしまった、 というようなことの経験がおありかと思います。

その点では、信仰も同様かもしれません。 わたしたちが信仰によって与えられた大切なものを、わたしたちはついつい忘れてしまうことがないでしょうか。 パウロはテモテに、その大切なもの思い出すように求めました。

パウロは、テモテがすでに神から与えられている賜物たる力と愛と慎みの霊を、再び燃えたたせるように促しました。 わたしたちもこの霊に燃やされ、主にお仕えしていきましょう。

  1. 力の霊

    御霊は信じる者の内にお住みくださり、わたしたちに力を与えてくださいます。 宣教の力、罪に打勝つ力、試練や困難に絶える力、神と人に仕える力、これらのものを神は惜しみなく与えてくださるのです。 この力をいただいて、勝利ある人生を歩むことができるのです。

  2. 愛の霊

    御霊は愛です。 もとよりわたしたちの側には愛はありませんが、主が御霊によってわたしたちに愛を満たしてくださるのです。 もしこのことを忘れるならば、わたしたちは自己中心のエゴのかたまりとなるでしょう。 ですから、内にいただいている霊を存分に燃やして、キリストの愛に生きる者となりましょう。

  3. 慎みの霊

    わたしたちにとって必要なのは、この慎みの霊です。 信仰があるといっても、わたしたちがこの慎みを失ったら無意味です。 自ら傲慢にならず、他者の気持ちをおもんばかって、クリスチャンであるからこそ良識を求められているのです。

    わたしたちは生きる福音の証しです。 神の霊をいただいて、慎んでわたしたちの務めを全うしましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
御声を聴く
みことば
サムエル記上3章1~18節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、青年会(クリスマス準備、交わり会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
3人


秋のチャペルコンサート「火ノ川京子姉 & 加藤郁生牧師」

午後より、チャペルコンサート が行われました。

演奏者
火ノ川京子姉(ハープ)
メッセージ
加藤郁生師
出席者数
約100人(うち、教会員外の方が約40人)

教会員一同、期待して待ち望んだ 秋のチャペルコンサート が ついに開催されました。

写真1 多くの方が集われ、ハープの音色に熱心に耳を傾けられました
多くの方が集われ、ハープの音色に熱心に耳を傾けられました
写真2 ハープに関するクイズも出題され、会場が大いに沸きました
ハープに関するクイズも出題され、会場が大いに沸きました

火ノ川京子姉 の奏でる素晴らしいハープの調べに、聴衆一同、大きな喜びを与えられました。

また、「ハープにまつわる話」「これまでの歩み」「神様との出会いの話」など、 様々なお話しも添えられ、その穏やかな口調と親しみやすい話し方に、 聴衆の皆さんが熱心に耳を傾けられていたのが印象的でした。

加藤郁生牧師 からも、初めての方にもとても分かりやすい、聖書の話、信仰の話が語られました。

写真1 牧師との「ほぼ即興」のアンサンブルも行われました
牧師との「ほぼ即興」のアンサンブルも行われました
写真2 その気さくな語りかけにも、聴衆一同、大きく魅了されました
その気さくな語りかけにも、聴衆一同、大きく魅了されました


主日礼拝「みことばにより頼む確かな人生」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
みことばにより頼む確かな人生
聖書
詩篇119篇105~112節
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: 詩篇119章105-112節 (中心聖句は105節) 口語訳

105
あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。
106
わたしはあなたの正しいおきてを守ることを誓い、かつこれを実行しました。
107
わたしはいたく苦しみました。主よ、み言葉に従って、わたしを生かしてください。
108
主よ、わがさんびの供え物をうけて、あなたのおきてを教えてください。
109
わたしのいのちは常に危険にさらされています。しかし、わたしはあなたのおきてを忘れません。
110
悪しき者はわたしのためにわなを設けました。しかし、わたしはあなたのさとしから迷い出ません。
111
あなたのあかしはとこしえにわが嗣業です。まことに、そのあかしはわが心の喜びです。
112
わたしはあなたの定めを終りまで、とこしえに守ろうと心を傾けます。

礼拝メッセージの要約 「みことばにより頼む確かな人生」 加藤郁生師

「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です」

わたしたちの人生についてよく言われますことは、一寸先は闇であるということです 。確かにわたしたちの人生は何があるか分かりませんが、そのことが多くの方々に不安を与えます。

しかし聖書は、神様のみ言葉がその人の足のともしび、道の光だというのです。 わたしたちは、このみ言葉の光を必要としているのではないでしょうか。

  1. 神様の愛を教えるみ言葉

    聖書は神様が愛であることを記しています。 この世界を、宇宙を、命あるすべての者を創造された神様は、 わたしたち人間を特別に愛する対象としてくださいました。

    人間の尊厳と言いますが、それはわたしたちが神様に愛される存在であることから来ているように思います。 ですから、神の愛を知ることは大切です。 み言葉は神の愛の光をもって、わたしたちの心を照らすのです。

  2. 神様の御心を教える聖書

    わたしたちが神の愛を知り、十字架の救いをいただく時に、 わたしたちは神の御心を知り従いたいと願います。 神の御心は様々なことを通して知りますが、何といってもみ言葉がそのことを教ます。

    み言葉に親しむ人は、神と親しみ、神の御心を知る人です。 わたしたちはそのような幸いな人生を歩みたいと思うのです。

  3. 神様の力を与える聖書

    パウロは「十字架の言葉は、…救いに預かるわたしたちには、神の力である」と言いました。 み言葉の力を体験しているパウロならではの言葉でしょう。 わたしたちも、み言葉によって神の力を体験することができます。 み言葉は単なる教えではなく、生きて働く神の力なのです。

    わたしたちの人生には、苦しい時、つらい時、悲しい時がありますが、 そんな時、み言葉によって力をいただいて立ちあがろうではありませんか。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
信仰による前進
みことば
ヨシュア記1章1~9節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、秋のチャペルコンサート が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人


お知らせ「秋のチャペルコンサート」

※教会行事の事前のご案内です

今年も 10/24(日)に 秋のチャペルコンサート が行われることになりました。

今回の音楽ゲストは、ハーブ奏者の 火ノ川京子姉 です。

ハーブ奏者の方を教会にお迎えするのは初めてのことで、 教会員一同、大きな期待をもって待ち望んでいます。

バイブルメッセージは 加藤郁生師です。

どうぞお楽しみに。詳しい内容や開演時間、演奏予定曲目は以下のチラシを参照してください。


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音楽ゲスト:火ノ川京子姉 ひのかわ・きょうこ
東京生まれ。 10歳より故三村勉氏につきハープを始める。 1972年~1979年の間に4回、三村ハープアンサンブルのメンバーとして海外演奏旅行に参加する。 1978年より2年間の研修生としての勉学の後、1980年ハープ音楽院卒業。 新宿カルチャーセンター、玉川高島屋コミュニティーカレッジの講師。 1983年より町田にてハープ教室をはじめとし、各所若手の指導に当たる他、都内のレストラン、ホテルなどで演奏活動を始める。 1990年よりクリスチャンオーケストラ「ユーオーディア」に所属する。 1986年シンガポールオーケストラと共演。 1997年妹グローヴス裕子と CD「ハーププレイズ」をリリース。 現在町田市在住で日本各地の教会を中心に演奏活動を展開。
(ユーオーディア Webサイトより転記)


主日礼拝「わたしは、その罪人のかしらなのである」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
わたしは、その罪人のかしらなのである
聖書
テモテへの第一の手紙1章12~17節
説教者
加藤郁生師
出席者数
60人

聖書: テモテへの第一の手紙1章12-17節 (中心聖句は15節) 口語訳

12
わたしは、自分を強くして下さったわたしたちの主キリスト・イエスに感謝する。主はわたしを忠実な者と見て、この務に任じて下さったのである。
13
わたしは以前には、神をそしる者、迫害する者、不遜な者であった。しかしわたしは、これらの事を、信仰がなかったとき、無知なためにしたのだから、あわれみをこうむったのである。
14
その上、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスにある信仰と愛とに伴い、ますます増し加わってきた。
15
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。
16
しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し、そして、わたしが今後、彼を信じて永遠のいのちを受ける者の模範となるためである。
17
世々の支配者、不朽にして見えざる唯一の神に、世々限りなく、ほまれと栄光とがあるように、アァメン。

礼拝メッセージの要約 「わたしは、その罪人のかしらなのである」 加藤郁生師

パウロの手紙を読みますと、時として自分の気持ちを吐露するような記事にぶつかります。

「わたしは、その罪人のかしらなのである」

愛する弟子テモテに書かれた手紙の中でパウロはこのように言いますが、 この文章を書いた時、パウロの脳裏をよぎったものは何だったでしょうか。

人間は死ぬ前に罪が走馬灯のようによぎると言われていますが、 パウロの心にも自分の犯してきた罪が浮かんできたことでしょう。

中でも、パウロが救われる前に熱中した教会への迫害は、 パウロにとって決して忘れることのできないことであったことは想像に難くありません。

パウロははっきりと復活のキリストに出会い、十字架の贖いによる罪のゆるしを確信できました。 しかし自分の犯した罪を簡単忘れるような、鈍感な人間ではなかったのです。

わたしたちクリスチャンはついつい、 自分がどこから救われ今に至っているのかを忘れてしまいます。 そしてそこから、思い上がりが生じます。

わたしたちも、パウロのように、自分が罪人であったことを謙遜に自覚しつつ、 その自分を救い、神の宣教の務めに預からせてくださる主の恵みに感謝しつつ、 慎んで主に仕えるものとさせていただきたいと思うのです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
困難における救い
みことば
出エジプト記14章10~25節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、壮年会(工作、倉庫整理)、婦人会(コンサート準備、会堂掃除) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
6人