月別: 2010年5月


主日礼拝「キリストを愛する群れとして」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
キリストを愛する群れとして
聖書
ペテロの第一の手紙1章3~9節
説教者
加藤郁生師
出席者数
70人

聖書: ペテロの第一の手紙1章3-9節 (中心聖句は8節) 口語訳

3
ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、
4
あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。
5
あなたがたは、終りの時に啓示さるべき救にあずかるために、信仰により神の御力に守られているのである。
6
そのことを思って、今しばらくのあいだは、さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。
7
こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。
8
あなたがたは、イエス・キリストを見たことはないが、彼を愛している。現在、見てはいないけれども、信じて、言葉につくせない、輝きにみちた喜びにあふれている。
9
それは、信仰の結果なるたましいの救を得ているからである。

礼拝メッセージの要約 「キリストを愛する群れとして」 加藤郁生師

「あなたがたは、イエス・キリストを見たことはないが、彼を愛している」

上記の言葉はペテロのものですが、信仰の本質を言い当てているように思います。 キリストに救われたわたしたちは、キリストを心から愛する者として召されているのです。

ですからわたしたちは絶えず、「キリストを愛するとは何か」を問い続けていかなければなりません。

  1. キリストを愛するとは自分を価値ある者として大切にすること

    人は、自分を本当の意味で愛することができません。 むしろ自分に価値を見いだせず、苦しみます。 しかし主は、十字架の血をもってわたしたちを贖い、聖霊の住まう神の宮としてくださいました。

    ですからわたしたちは自分を大切にしなければなりません。 キリストを愛すると言いながら、自分を粗末にする者は、キリストの住まう神殿を損なっているのです。

  2. キリストを愛することは他者を愛すること

    イエス様は言いました、「わたしの兄弟であるこれらのもっとも小さい者にしたのは、すなわちわたしにしたのである」。 ですからわたしたちの隣人を愛することは、キリストを愛するということになります。

    愛するとは、愛する対象をスポイルするのではなく、生かすことですが、 神様はその知恵をわたしたちに与えて、愛のわざを全うさせてくださるのです。

  3. キリストを愛することは教会を愛すること

    これはあまり言われませんが、教会はキリストの体ですから、キリストを愛するわたしたちは当然、教会を愛します。 教会の群れも、教会の働きも、教会の建物もすべて愛すべき対象です。 キリストを愛する兄弟姉妹は、心から喜んで自分の出来ることを通して、教会を建て上げるべく愛をもっていそしむのです。

    Love wins. Love always wins.

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
キリストの宣教
みことば
マルコによる福音書1章14~15節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、壮年会(学び会)、京滋地区婦人部例会(天授ヶ岡教会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
8人


教会学校・青年会合同「初夏のレクリエーション」

5月23日(日)午後は、教会学校と青年会の合同行事として 「初夏のレクリエーション」が行われました。

もし晴れでしたら、高雄での 沢ガニ取り が予定されていたのですが、 当日はかなりの雨でしたので、 京都市青少年科学センター へ出かけました。

この施設は、京都市内在住の小~中学生は学校教育の一環として必ず一度は訪れるところなのですが、 時々展示品が入れ替わっているようで、久しぶりに訪れた生徒達も、 改めていろいろな展示品に興味を向けていました。

また、小さな子向けのプラネタリウム上映もありましたので、 そちらにも参加しました。

とても楽しいレクリエーションになりました。

写真1 この恐竜の展示は、実際に恐竜が動きます
この恐竜の展示は、実際に恐竜が動きます
写真2 体験型の展示も多くありました
体験型の展示も多くありました


青年会企画「教会に行きたくなる川柳」

青年会の「お笑い企画」第1弾として、 今年2月から「教会に行きたくなる川柳」の募集が行われていました。

これは、教会にたくさんの方が来ていただけるように、 教会の良いところ、また楽しいところを紹介する川柳です。

4月末までの締め切りまでに全部でちょうど 100作品の投稿があり、 その中から青年会が 19作品に絞り込んだ上、最終的に投票により、 以下の 4つの作品が優秀作として発表されました。

  • アガペー賞(教会の良いところを紹介する川柳)

    1. 「星の数 はるかに勝る 神の愛」 by プロテインさん
    2. 「主の光 暗闇照らす 道しるべ」 by ゆきさん
  • ユーモア賞(教会の楽しいところを紹介する川柳)

    1. 「教会は 老若男女 和気あいあい」 by 信愛の太公望さん
    2. 「神さまは 頼りになるわ 夫より」 by からし種さん

これらの優秀作品は後日、教会前に毛筆で書かれたものが掲示される予定です。 また他の応募作品についても、作品集などの形で公表される予定です。

この青年会の企画は、「みんなで取り組める、楽しい企画だった」と、 多くの教会員の方々に好評でした。

次の青年会「お笑い企画」が楽しみです。

写真1 優秀作品の投稿者の方々が紹介されました
優秀作品の投稿者の方々が紹介されました
写真2 特製の表彰状が授与されました
特製の表彰状が授与されました


主日礼拝「聖霊の力によって歩む教会」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
聖霊の力によって歩む教会
聖書
使徒行伝1章6~11節
説教者
加藤郁生師
出席者数
59人

聖書: 使徒行伝1章6-11節 (中心聖句は8節) 口語訳

6
さて、弟子たちが一緒に集まったとき、イエスに問うて言った、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」。
7
彼らに言われた、「時期や場合は、父がご自分の権威によって定めておられるのであって、あなたがたの知る限りではない。
8
ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。
9
こう言い終ると、イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。
10
イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて
11
言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。

礼拝メッセージの要約 「聖霊の力によって歩む教会」 加藤郁生師

ペンテコステはわたしたちの力です。 わたしたちは聖霊の力によって、力強く歩みます。

  1. 聖霊はキリストの救いを確信させます。

    わたしたちが願うことは、確信に満ちた信仰生活です。 御霊はわたしたちの心に働き、キリストの十字架の贖い、復活、キリストの内住、再臨を確信させます。

    御霊によって確信を得たわたしたちは、力強く主を賛美し、 いきいきとしたクリスチャンライフを送ることができるのです。

  2. 聖霊は神の愛を注ぎます。

    パウロは、「わたしたちに賜っている聖霊によって、神の愛がわたしたちに注がれている」 と言いましたが、その通りです。

    御霊はわたしたちに神の愛を注ぎ、わたしたちを愛の人につくり変えます。 わたしたち自身ではどうにもならない肉の自我を御霊に明け渡す時、御霊は存分にわたしたちの内に愛を注入してくださるのです。 あなたも愛の人になります!

  3. 聖霊は教会に成長させます

    教会成長のカギは、わたしたちの努力ではなく、御霊の働きによります。 御霊はキリストの体に成長を与えるべく、働いてくださいます。

    ですからわたしたちとって大切なことは、御霊の働きを妨げるようなことがないように、 信仰と祈りと愛をもって一致してキリストに仕えることです。 宿り木の教会には御霊の命があふれているのです。

  4. 聖霊は宣教の力を与えます

    「ただ聖霊がくだるとき、あなたがたは力を受ける」とイエス様はお約束くださいました。 お約束は今も変わりません。 御霊はわたしたちに宣教の力を与えます。

    もはや自分の力によって宣教する必要はありません。 御霊により頼んで大いなる宣教のわざを全うしたいのです。 聖霊を求めましょう。 御霊が力強くわたしたちの内に働いてくださることを祈りましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
聖霊に満たされて
みことば
使徒行伝2章1~17節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、教会学校・青年会合同「初夏のレクリエーション」 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


主日礼拝「宣教のスピリット~それを伝えなさい」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
宣教のスピリット~それを伝えなさい
聖書
マルコによる福音書5章1~20節
説教者
加藤郁生師
出席者数
74人

聖書: マルコによる福音書5章1-20節 (中心聖句は19節) 口語訳

1
こうして彼らは海の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた。
2
それから、イエスが舟からあがられるとすぐに、けがれた霊につかれた人が墓場から出てきて、イエスに出会った。
3
この人は墓場をすみかとしており、もはやだれも、鎖でさえも彼をつなぎとめて置けなかった。
4
彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせを砕くので、だれも彼を押えつけることができなかったからである。
5
そして、夜昼たえまなく墓場や山で叫びつづけて、石で自分のからだを傷つけていた。
6
ところが、この人がイエスを遠くから見て、走り寄って拝し、
7
大声で叫んで言った、「いと高き神の子イエスよ、あなたはわたしとなんの係わりがあるのです。神に誓ってお願いします。どうぞ、わたしを苦しめないでください」。
8
それは、イエスが、「けがれた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。
9
また彼に、「なんという名前か」と尋ねられると、「レギオンと言います。大ぜいなのですから」と答えた。
10
そして、自分たちをこの土地から追い出さないようにと、しきりに願いつづけた。
11
さて、そこの山の中腹に、豚の大群が飼ってあった。
12
霊はイエスに願って言った、「わたしどもを、豚にはいらせてください。その中へ送ってください」。
13
イエスがお許しになったので、けがれた霊どもは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れは二千匹ばかりであったが、がけから海へなだれを打って駆け下り、海の中でおぼれ死んでしまった。
14
豚を飼う者たちが逃げ出して、町や村にふれまわったので、人々は何事が起ったのかと見にきた。
15
そして、イエスのところにきて、悪霊につかれた人が着物を着て、正気になってすわっており、それがレギオンを宿していた者であるのを見て、恐れた。
16
また、それを見た人たちは、悪霊につかれた人の身に起った事と豚のこととを、彼らに話して聞かせた。
17
そこで、人々はイエスに、この地方から出て行っていただきたいと、頼みはじめた。
18
イエスが舟に乗ろうとされると、悪霊につかれていた人がお供をしたいと願い出た。
19
しかし、イエスはお許しにならないで、彼に言われた、「あなたの家族のもとに帰って、主がどんなに大きなことをしてくださったか、またどんなにあわれんでくださったか、それを知らせなさい」。
20
そこで、彼は立ち去り、そして自分にイエスがしてくださったことを、ことごとくデカポリスの地方に言いひろめ出したので、人々はみな驚き怪しんだ。

礼拝メッセージの要約 「宣教のスピリット~それを伝えなさい」 加藤郁生師

わたしたちは「ゲラサ人のいやし」を通して、宣教の本質を学ぶことができます。

  1. 惨めな男

    けがれた霊につかれたこの男は、惨めでした。 墓場に住み、鎖や足かせでつながれ、それを引きちぎり、 昼夜絶え間なく叫び続け、自分の身体を傷つけていました。

    しかし現代のわたしたちがこれを笑うことはできません。 今も、孤独の中に自分を傷つけて苦しむ魂の何と多いことか! ちなみに虐待も、自分を傷つけていることと同じでしょう)

  2. キリストの救い

    レギオンという汚れた霊の集団に、キリストは出て行くように命じました。 彼らは豚に入ることのゆるしを請い、それらの豚は海でおぼれ死んでしまいました。

    鮮やかなキリストの救いですが、同時に悪霊の気味の悪さが鮮烈です。 その中に、正気に返った男がイエスの前に立たされます。

  3. あなたの家族のもとに帰って

    正気に返った男はイエスと共に行くことを願いますが、 その答えは、家に帰ってイエスがしてくださった救いのわざとあわれみを伝えよ、とのことでした。 その男ははっきりと自分のすべき使命が与えられました。

    男が与えられた使命は、わたしたちが担っているものと同一です。 わたしたちも聖書の知識を語るのではなく、「わたしたちが与えられているもの」を伝えるのです。

    わたしたちが今得ている神の愛、十字架の救い、永遠の命を素直に伝えること。 それが宣教のスピリットなのです。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
聖霊待望の祈り
みことば
使徒行伝1章1~14節
出席者数
14人(生徒のみ集計)

午後より、教会決算総会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人