月別: 2010年4月


お知らせ:春の特別礼拝・音楽集会

4/25(日)に「春の特別礼拝・音楽集会」が行われます。

今回のバイブルメッセージは 加藤郁生師、 音楽ゲストは Bless(ブレス) です。

25日(日) 10:30 特別礼拝、13:00 音楽集会です。詳しくは以下のチラシをご参照ください。


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バイブルメッセージ:加藤郁生 (かとう・いくお)
福岡県出身。西南学院大学文学部を卒業。会社員を経て、関西聖書神学校に入学。 卒業後、箕面希望教会などで奉仕。 2000年より渡米、2002年にウェスレー・ビブリカル神学校を修了。 同年7月より京都信愛教会主管牧師。
音楽:Bless (ブレス)
京都信愛教会員の奥野信二兄・川路栄一兄による賛美デュオ。2004年結成。 ギター、ハーモニカなどを用いて、トラディショナルな賛美やオリジナルの賛美を歌い続けている。 礼拝や聖会での会衆賛美リード、特別賛美にて活躍中。 2009年12月に初のオリジナルアルバムを作成。

ぜひ皆様もお越しください。


春の特別礼拝「幸福への招待I~重荷からの解放」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
幸福への招待I~重荷からの解放
聖書
マタイによる福音書11章28~30節
説教者
加藤郁生師
出席者数
79人

Bless(ブレス) による演奏曲は、以下の通りでした。

  1. 歌い続けよう主の愛を
  2. 主はまことのぶどうの木
  3. 私が苦しみに会う時(オリジナル)
写真1 二人の賛美の歌声が響きました
二人の賛美の歌声が響きました
写真2 オリジナルアルバムのほとんどの曲を作成した奥野信二兄
オリジナルアルバムのほとんどの曲を作成した奥野信二兄

午後より、音楽集会 が行われました。

説教題
幸福への招待II~神の愛の招き
聖書
ヨハネの第一の手紙4章10節
説教者
加藤郁生師
出席者数
60人

Bless(ブレス) による演奏曲は、以下の通りでした。

  1. 威光・尊厳・栄誉
  2. 心砕かれ新たな賛美を(オリジナル)
  3. Down By The Salley Gardens ~ 緑あふれる木陰で(オリジナル歌詞)
  4. 慈しみ深き
  5. 神共にいます(オリジナル新曲)
  6. 主の御手の内に生かされて(オリジナル)
写真1 加藤郁生師から、神さまの愛を伝えるメッセージ
加藤郁生師から、神さまの愛を伝えるメッセージ
写真2 オリジナルアルバムの録音、デザインを担った川路栄一兄
オリジナルアルバムの録音、デザインを担った川路栄一兄

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
わたしを愛(あい)するか
みことば
ヨハネによる福音書21章15~19節
出席者数
12人(生徒のみ集計)

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人


主日礼拝「クリスチャンの勝利の確信」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

説教題
クリスチャンの勝利の確信
聖書
ローマ人への手紙8章31~39節
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: ローマ人への手紙8章31-39節 (中心聖句は38-39節) 口語訳

31
それでは、これらの事について、なんと言おうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか。
32
ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか。
33
だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。
34
だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである。
35
だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。
36
「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりである。
37
しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。
38
わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、
39
高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。

礼拝メッセージの要約 「クリスチャンの勝利の確信」 加藤郁生師

クリスチャンは以下のことを確信します。

  1. 神はわたしたちの味方である

    パウロは、神がわたしたちの味方であると確信していました。 なぜなら、神はわたしたちのために、ご自身の御子をさえ惜しまないお方だからです。

    わたしたちは神がわたしたちを愛しておられるのか、味方なのかを疑いたくなる時があります。 その時は、パウロのように十字架につけられたキリストを仰げばいいのです。 そうすれば神の愛の確信が与えられます。

  2. キリストの愛からわたしたちを引き離すことはできない。

    パウロは、死も生も、その他どんな被造物もキリスト・イエスにおける神の愛から引き離すことはできないと言います。 ということは、キリストにおける神の愛は、他のいかなるものよりも強いと言えます。

    愛は全てを結ぶ完全な帯である(コロサイ3:14)と聖書は言いますが、 この神の愛の帯が神とわたしたちをしっかりと結びつけ、わたしたちに勝ち得て余りある人生の勝利を与えるのです。

「わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、 ~その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、 わたしたちを引き離すことはできないのである」

どうぞこのみ言葉を握って勝利の人生を歩みましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
見ないで信じる幸い
みことば
ヨハネによる福音書20章24~29節
出席者数
10人(生徒のみ集計)

午後より、京滋地区教会役員研修会(京都聖徒教会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人


召天者合同記念礼拝「安息の内に眠るキリスト者」

10:30より、召天者合同記念礼拝 が行われました。

説教題
安息の内に眠るキリスト者
聖書
テサロニケ人への第一の手紙4章13~18節
説教者
加藤郁生師
出席者数
94人

聖書: テサロニケ人への第一の手紙4章13-18節 (中心聖句は13節) 口語訳

13
兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。
14
わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。
15
わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。
16
すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、
17
それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。
18
だから、あなたがたは、これらの言葉をもって互に慰め合いなさい。

礼拝メッセージの要約 「安息の内に眠るキリスト者」 加藤郁生師

「兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである」

今年も召天者記念礼拝を迎えましたが、召天者を覚えることは、わたしたちの信仰を吟味することでもあります。

  1. 召天者はどうしているのか?

    先に召された人々は、世間一般に考えられているような、 魂がさまよっているとか、消滅してしまっているということでは決してありません。

    聖書によりますと、彼らは安らかに「眠っている」のです。 これはわたしたちにとって大きな慰めではないでしょうか。

    しかもそれだけではありません。 彼らは終わりの時に、「目覚めよ」との声を聞いてよみがえります。 その時わたしたちは、共に主の御前に出会い、あいまみえることができます。 わたしたちは、よみがえりの希望にあずかっているのです。

  2. わたしたちは召天者を覚えてどう生きるのか?

    地上での生涯を全うして、召された人々を覚える時、 わたしたち残された者が与えられている地上での使命を自覚します。

    彼らはわたしたちに信仰のバトンを渡しました。 わたしたちはそのバトンを引き継いで、地上での信仰を全うしなければならないのです。

    同時に、わたしたちも、わたしたちの後に続く者たちに信仰のバトンを手渡したいのです。 先に召された信仰者に習って、信仰と希望と愛をもって歩みたいと思うのです。

    今日この記念の日に、召天者を覚え、自らの救いの達成のために、み国の完成のために心よりお祈りいたしましょう。 わたしたちを通して福音宣教が前進することを願って祈りましょう。

写真1 遺族の方々を初め、多くの方々が来会されました
遺族の方々を初め、多くの方々が来会されました
写真2 午後は教会墓地にて、墓前祈祷がささげられました
午後は教会墓地にて、墓前祈祷がささげられました

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
心の目を開かれて
みことば
ルカによる福音書24章13~32節
出席者数
11人(生徒のみ集計)

午後より、墓前祈祷(献花)、CS教師会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人


イースター礼拝「よみがえりの命に生きる~勝利の信仰」

10:30より、イースター礼拝 が行われました。

聖書
ローマ人への手紙6章1~14節
説教題
よみがえりの命に生きる~勝利の信仰
説教者
加藤郁生師
出席者数
77人

聖書: ローマ人への手紙6章1-14節 (中心聖句は8-9節) 口語訳

1
では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。
2
断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか。
3
それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。
4
すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。
5
もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。
6
わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。
7
それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。
8
もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。
9
キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。
10
なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。
11
このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。
12
だから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従わせることをせず、
13
また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。
14
なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。

礼拝メッセージの要約 「よみがえりの命に生きる~勝利の信仰」 加藤郁生師

「もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる」

イースターを迎えて、わたしたち信仰者にとって復活のキリストは、終わりの時の希望であることを痛感します。 キリストが眠っている者の初穂としてよみがえってくださったことにより、わたしたちの復活の道が開けました。 わたしたちは終わりの時、よみがえって、栄光の姿に帰られることを期待して生きることができます。

しかし、復活の恵みはそれだけではありません。 復活の力はわたしたちの現在の生活にも働いています。

パウロが言うように、もはやわたしたちは、救われる以前のように罪に敗北することはありません。 なぜなら、わたしたちの内なる古き人がキリストと共に葬られ、罪から解放され、 わたしたちはキリストと共に新しいよみがえりの命に生きる者とされたからです。

わたしたちは、キリストにつながって、死んで、よみがえりました。 今生きているのは、よみがえりの新しい力をいただいて生きるお互いです。 そうであるならば、よみがえりの命に生きる者にふさわしく、勝利の人生を歩む者とさせていただきましょう。

「新しいぶどう酒は、新しい皮袋に」というイエス様のお言葉がありますが、 わたしたちの人生が、キリストの新しい命にあふれた歩みでありますように。

写真1 今日は一人の姉妹の洗礼式も行われました
今日は一人の姉妹の洗礼式も行われました
写真2 午後は教会学校の昼食会がありました
午後は教会学校の昼食会がありました

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
復活による勝利
みことば
マタイによる福音書28章1~10節
出席者数
13人(生徒のみ集計)

午後より、CSイースター昼食会・進級式、壮年会(墓地清掃)、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
3人