棕櫚の日礼拝「これほどまでにして~イエスの受難」

10:30より、棕櫚の日礼拝 が行われました。

聖書
ルカによる福音書23章32~49節
説教題
これほどまでにして~イエスの受難
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: ルカによる福音書23章32-49節 (中心聖句は48節) 口語訳

32
さて、イエスと共に刑を受けるために、ほかにふたりの犯罪人も引かれていった。
33
されこうべと呼ばれている所に着くと、人々はそこでイエスを十字架につけ、犯罪人たちも、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。
34
そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。
35
民衆は立って見ていた。役人たちもあざ笑って言った、「彼は他人を救った。もし彼が神のキリスト、選ばれた者であるなら、自分自身を救うがよい」。
36
兵卒どももイエスをののしり、近寄ってきて酢いぶどう酒をさし出して言った、
37
「あなたがユダヤ人の王なら、自分を救いなさい」。
38
イエスの上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札がかけてあった。
39
十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。
40
もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。
41
お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。
42
そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。
43
イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。
44
時はもう昼の十二時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって、三時に及んだ。
45
そして聖所の幕がまん中から裂けた。
46
そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。
47
百卒長はこの有様を見て、神をあがめ、「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言った。
48
この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、みな胸を打ちながら帰って行った。
49
すべてイエスを知っていた者や、ガリラヤから従ってきた女たちも、遠い所に立って、これらのことを見ていた。

礼拝メッセージの要約 「これほどまでにして~イエスの受難」 加藤郁生師

「この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、みな胸を打ちながら帰って行った」

人間が必死で何かをする時、「こうまでして」という表現を使います。 「こうまでしてお金がほしかったのか」とか、「こうまでして勝ちたかったのか」というような言い方ですが、 イエス・キリストのなされた十字架の贖いはどう当てはまるでしょう。

きっと十字架を見上げてわたしたちは、「こうまでしてキリストはわたしたちを救おうとされたのか」、 「こうまでしてキリストはわたしたちを愛してくださっているのか」、そう言わなければならないでしょう。

いったい人が感動し、心動かされるのは、口先だけの言葉ではなく、真実の行動です。 キリストは本気でわたしたちを愛し、本気でわたしたちの罪のために死んでくださったのです。

「こうまでして」「これほどまでにして」わたしたちはキリストに愛されています。 そう思うといかがでしょう。 このキリストを信じ、キリストに人生をゆだね、キリストに従っていこうとはお思いになりませんでしょうか。

キリストの十字架を見上げて、当時の群衆は胸を打ちました。 とすれば聖霊によってキリストを主と信じた私たちは、 なおさら「これほどまでにして」わたしたちをお救いくださった主の愛に感動して歩みたいのです。

写真1 今日は教会学校教師の任命式も行われました
今日は教会学校教師の任命式も行われました
写真2 今年度のスタッフは(牧師夫妻を含めて)11名です
今年度のスタッフは(牧師夫妻を含めて)11名です

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
救いの完成
みことば
ヨハネによる福音書19章28~30節
出席者数
14人(生徒のみ集計)

午後より、CS中高科スプリングキャンプ が行われました。

19:00より、特別賛美夕拝 が行われました。

出席者数
19人